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閉ざされた世界  小林泰三『未来からの脱出』

未来からの脱出 単行本 – 2020/8/26


 小林泰三の長篇『未来からの脱出』(KADOKAWA)は、自分たちが記憶をなくし監禁されていることに気付いた老人たちが、施設らしき場所から逃走しようとするSFサスペンス作品です。

 100歳近い老人のサブロウは、森に囲まれた老人ホームらしき施設で暮らしていましたが、ふと、自分は何者でいつ入所したのかも曖昧なことに気がつきます。同じ入居者に聞いてみても、誰もがまともな記憶を持っていません。また職員たちにはほとんど言葉が通じず、外国語のような言葉を喋る一方でした。
 不審に思ったサブロウが調べる内に、謎の「協力者」からのメッセージが見つかります。メッセージから、ここが監獄であり、逃げる必要があると考えたサブロウは、同居者の中から、それぞれ能力に優れる人員を仲間とするため、探し出すことになります。
 人間関係に長けたエリザ、深い洞察力を持つドック、機械に詳しいミッチなど、仲間を手に入れたサブロウは監視者たちの目を逃れながら、施設からの脱出計画を立ち上げることになりますが…。

 何者かによって監禁されていることに気付いた老人四人組が、謎の施設から脱出を図るというサスペンス作品です。入居者たちの記憶が消されている、もしくは封印されていることや、職員たちにほとんど意思が通じないこと、施設には様々なテクノロジーが使われていることなどから、大がかりな陰謀が企まれていると考えたサブロウたちは、知恵を絞って脱出計画を練ることになります。
 老齢ゆえの認知症なのか、人為的な記憶障害なのか、原因ははっきりしないものの、主人公たちには過去の記憶のみならず、施設や入居することになった理由なども分からないため、手探りで事実を探っていくことになります。謎の「協力者」が残したメッセージから推測したり、実際に行動範囲を広げてルールや事実を確認していく過程にはサスペンスが溢れていますね。
 主人公たちが皆、百歳近い老人だけに、移動は主に車椅子、しかもその車椅子も電動機械だけに施設の者たちの手が入っている可能性があったりと、彼らの行動も制限されているところにも緊迫感があります。

 元機械技術者の女性ミッチが機械を改造したり、異常なほどの洞察力を持つドックの論理的な推理により事態の打開を図るなど、老人とは思えない行動力を発揮する様が楽しいです。能力的には特別なものを持たないものの、人間さばきに優れる「ヒロイン」エリザ、そして好奇心と意思力に優れたサブロウと、主人公四人はそれぞれ独自の個性が与えられています。
 調査を進めていくうちに、今いる場所が「現在」ではないこと、世界の作り自体が彼らの知るものではなくなっていることなどが判明していくことになります。
そこで明かされる世界観は異様なもので、飽くまで現実的なサスペンスだと思っていた物語が、俄然SF味を強めていくことにもなります。その後も何度もひっくり返しが行われ、物語も二転三転していく流れには驚かされますね。
 さらに後半では、密室殺人が登場したり、「ロボット三原則」が登場したりと、様々な要素が入り乱れる、ジャンルミックス的な作品となっています。

 現実とは思えない事態に遭遇しても、動揺せずに理詰めで対応してしまうという、この著者特有の癖のあるキャラクター描写もあまり嫌みになっていません。不条理度の高い舞台設定とそれらのキャラクターが上手く噛み合っている感じがあるからでしょうか。
 主人公キャラたちの中でも特に異彩を放つのがドック。記憶を完全に失いつつも、飽くまで論理のみによって、ありえない事態を推測するというドックのキャラクターには強烈なインパクトがありますね。
 主人公の仄かなロマンスも登場するのですが、それをぶちこわしにしてしまう後半の展開も、いい意味での「悪趣味さ」に溢れています。著者の元々の持ち味であるアクの強さと、洗練された物語展開が結びついており、非常に楽しい作品になっています。
 本作は著者の遺作となった作品です。近作はどれも円熟味を加えたエンターテインメントが多かっただけに、早逝が惜しまれますね。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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