FC2ブログ
優しすぎる男  ウォルター・テヴィス『地球に落ちて来た男』

地球に落ちて来た男 単行本 – 2003/11/29


 ウォルター・テヴィス『地球に落ちて来た男』(古沢 嘉通訳 扶桑社)は、ある目的のため異星から地球にやってきた宇宙人の男、彼の地球での生活をその孤独感と共に描いたSF作品です。

 1985年、アメリカの小さな町に現れた男性トマス・ジェローム・ニュートンは、見かけこそ人間でしたが、その正体は地球から遠く離れた星アンシアからやってきた異星人でした。彼はある目的のため、地球上で莫大な富を蓄えようとします。弁護士のファーンズワースの力を借りたニュートンは、会社を設立し、地球よりも進んだ母星での技術を使い、様々な新製品を作り出します。
 一方、化学者ネイサン・ブライスは、W・E・コーポレーションなる会社から発売された新型フィルムに従来の技術が使われておらず、全く新しい技術が使用されていることに気づき、その会社と発明者であるニュートンに不審の念を抱いていました…。

 異星からやってきた宇宙人の男ニュートンが地球人に化け、ある目的のために富を蓄え始める…というお話なのですが、ニュートン自身、そして彼の背後にいるアンシア人たちには、悪い意図はなく、むしろ善意を持ってやってきているのです。
 最初は侵略の意図も頭に浮かんだブライスでしたが、ニュートンのことを知るにつけ、その考えは消え、むしろ彼との間に奇妙な友情が生まれていくというのも面白いところですね。
 そもそもニュートン自身の体は非常に虚弱で、地球上では普通の人間よりも遥かに弱い耐性しか持っていません。エレベータに乗った圧力だけで、内臓にダメージを受け、骨が折れてしまうほど。さらに精神もタフではなく、同胞もいない地球での生活から、心も病んでしまいます。
 やがてアルコール中毒にもなってしまうのですが、ここにはアルコールやドラッグの依存症であったという作者テヴィスの自画像も反映されているようです。

 主人公ニュートンが宇宙人でありながら、人間よりも人間的に描かれているのが特徴です。人間のふりをしていても実際には人間ではなく、幾人かの地球人とコミュニケートをしたとしても、それは本当のコミュニケーションではない…。
 作中を通して、ニュートンの孤独感と絶望感が深まっていく様が描かれており、それは結局解消されることがないのです。

 ニュートンと近くで触れ合うことになる人物として描かれるのが、化学者のブライスと、ニュートンの家政婦となる女性ベティ=ジョーです。
 妻を亡くし、仕事にも生きがいを見いだせなくなりつつあったブライス、貧困からなげやりになっていたベティ=ジョー。人間である二人には、ニュートンとの関わり合いを通して救いがもたらされるのですが、肝心のニュートン本人にはそれが訪れません。
 後半では、彼の意図を曲解した人々によって、ニュートンには破滅的な結果がもたらされてしまうことにもなります。彼の挫折と共に、アンシア、そして地球にも滅亡の危機が訪れる可能性が示唆されますが、当の地球人たちはそれを気づきさえしないのです。

 異星人や宇宙人を描くのに、ここまでその内面を情緒豊かに描いた作品はあまりないのではないでしょうか。ニュートンの地球への落下が、ブリューゲルの「イカロスの墜落のある風景」になぞらえられるなど、作品自体の手触りにも詩的な美しさがあります。
 絶望の底にいるニュートンにかすかな「慰め」と「救い」がもたらされるラストの情景にも感動がありますね。感性豊かな幻想SF小説として、魅力的な作品かと思います。

 扶桑社版は絶版ですが、2017年に二見書房から復刊されており、こちらはまだ入手可能です。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kimyo.blog50.fc2.com/tb.php/1329-972a704f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する