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本と物語の国  ジョン・コナリー『キャクストン私設図書館』

キャクストン私設図書館 単行本 – 2021/5/19


 ジョン・コナリー『キャクストン私設図書館』(田内志文訳 東京創元社)は、本や物語をテーマとしたファンタジーとホラーを四篇収録した作品集です。

「キャクストン私設図書館」
 ささやかな遺産をもらい、作家を目指して仕事を引退した中年男性バージャー氏は、ある日、赤いバッグを持った女性が列車に飛び込むシーンを目撃します。しかし警察の捜査にも関わらず、遺体や血痕はおろか、事故の痕跡さえ見つかりません。
 女性の姿や行動に強烈な既視感を感じたバージャー氏は、蔵書から『アンナ・カレーニナ』を取り出し、読み直します。その結果、列車に飛び込んだ女性は『アンナ・カレーニナ』の主人公アンナではないかと思い至ります。
 再び女性が列車に飛び込もうとするのに出くわしたバージャー氏はそれを阻止し、彼女の後を追いかけますが、その先に見つけたのは、〈キャクストン私設図書館&書物保管庫〉という建物でした。管理人ギデオン氏によれば、そこは初版本や手稿本が所蔵された図書館でしたが、ある秘密を抱えていました。
 世の中の人々に広く知れ渡った本の登場人物が実体化し、それらの人物たちの住居としても使われていたのです。図書館の中の部屋には、様々な本の登場人物が暮らしており、その中にはアンナもいたのです。
 図書館に深く関わるようになったバージャー氏は、やがてギデオン氏に留守を任されるまでになりますが…。

 現実世界に実体化してしまった本の登場人物たちを匿う私設図書館を扱ったファンタジーです。
 ハムレット、ホームズ、ドラキュラ、そしてチョーサーやセルバンテスやディケンズの作品など、物語や本の登場人物が、世の中に広まり一定以上の知名度を得た結果、その人物は実体化してこの世に現れます。
 作者の死後、本が図書館に送られてくると同時に、図書館内部には物理法則を無視した部屋が新規に現れるのです。その仕組みについては、誰にも分かっていません。
 主人公バージャー氏は、『アンナ・カレーニナ』の登場人物であるアンナに惹かれると同時に、彼女の悲劇的な運命に同情するようになり、何とか彼女を救えないかと考えるようになるのです。
 物語の「悲劇」、そして読者の「不満」、それらを解消できる手段があったときに、それを行使しても許されるのか? 実体化した登場人物たちの幸福はどうなるのか?といったメタフィクショナルな問いかけが、真摯に追及されるという、面白いファンタジーとなっています。
 有名な物語の登場人物が現実に存在し始める…という、本好きには夢のような物語なのですが、そこで示される問題提起は意外にシリアスなもの。バージャー氏の「決断」をどう捉えるかは、読者次第でしょう。


「虚ろな王」
 むかしむかしの、ある異世界の彼方の王国には、敬愛される国王と王妃が住んでいました。ある日、北方から謎の霧が現れ国を飲み込んでいきます。霧に飲み込まれれば、二度と出てこられず命を失ってしまうのです。意を決した国王は部下を連れて霧に向かいます。
 ひと月後、弱々しい姿で戻ってきた国王は口がきけなくなっていました。その後、毎年のように国王は理由も話さず、霧の中に向かい戻ってくるという行為を繰り返しますが、王妃はそれに対して涙を流すことしかできません…。

 ジョン・コナリーのファンタジー長篇『失われたものたちの本』のスピンオフ短篇で、王国を飲みつくす恐ろしい霧に囚われてしまった国王と王妃を描いています。その影に、長篇で登場したある邪悪な人物が関わっていたことが分かるのですが、その邪悪さが暴かれるにも関わらず、それが是正されない…という、シニカルでブラックな物語となっています。


「裂かれた地図書 -五つの断片」
 異界の地図について書かれた、いくつもの名前を持つという伝説の稀覯本「裂かれた地図書」。実物を目にした者はおらず、その存在は疑問視されていました。その本に関わった人間たちについて、五つの物語が語られていくという連作中篇になっています。
 どうやら本は異界で作られたもののようで、様々な国や時代で、その本に関わった人物たちがことごとく残酷な結末を迎えていく様が描かれています。殺されてしまう場合でも、単純にそうなるのはまだしも、魂までもが半永久的に囚われてしまう、という想像するだに恐ろしい結末を迎える人物も描かれます。
 師匠が手に入れた本に関わってしまうことになる徒弟ファン・アグテレン、オカルト書の探索を商売とする男マグス、戦争犯罪を追及される「将軍」、失踪した愛書家の行方を探すソーター、ソーターに仕事を依頼した弁護士クウェイル、の五人が、それぞれの物語の中心となりますが、物語全体のメイン主人公といっていいのは、四章目に登場するソーターでしょうか。
 かっての戦争体験でトラウマを受けたソーターは、クウェイルから仕事を回してもらっていましたが、ある日、フォーブズという男から、彼の叔父である資産家モールディングが失踪しており、その行方を探して欲しいとの依頼を受けます。モールディングの家を調べたソーターは、彼が愛書家であり、最近はオカルトに関する文献を収集していたことを知ります。
 莫大な金額の明細が残されているのを知ったソーターは、オカルト書専門の書籍商ダンウィッヂ父娘のもとを訪ねますが、モールディングが求めていたのは、この宇宙を超越した別の宇宙の地図が書かれているという、実在も疑われる伝説の本「裂かれた地図書」だというのです…。
 モールディングの捜索を続けるソーターは、ところどころで伝説の魔書の話に遭遇し、それと同時に奇怪な現象や殺人に出会い続ける、という本格ホラー作品になっています。
 このエピソードに限らず、全てのエピソードで残酷な殺人が描かれます。しかもそれらは超自然的な存在の手によるものだけに、その惨状も想像を絶しています。ソーターのエピソードでは、自身のトラウマも相まって、現実世界が歪んでいくような体験も描かれていきます。
 ラヴクラフト作品を思わせる「異次元ホラー」となっていて、似ている作品を上げると、ジョン・カーペンターの映画『マウス・オブ・マッドネス』が近いでしょうか。強烈な現実浮遊感覚と、極彩色の残酷シーンが特徴になっています。


「ホームズの活躍:キャクストン私設図書館での出来事」
 世間一般に知られることによって現実に実体化した物語の登場人物を保護するキャクストン私設図書館に、ある日、コナン・ドイルの創作キャラクターである、シャーロック・ホームズとワトソン博士が現れます。
 管理人のヘッドリー氏が驚いたことには、作者のドイルがまだ亡くなっていないにも関わらず、彼らは実体化していました。通常、作者の死に伴い、登場人物たちは現れるはずなのです。とすれば、いずれもう一組のホームズとワトスンが現れてくる可能性があるのです。
 ホームズものの執筆をやめるように勧告するため、ホームズとワトスン、ヘッドリー氏は、ドイルに会いにいくことになりますが…。

 表題作と同様の<キャクストン私設図書館>シリーズもの作品です。通常は作者の死とともに実体化するはずの登場人物なのですが、シャーロック・ホームズとワトスンはその存在感の大きさのために、作者の生前に実体化してしまいます。
 もう一組のホームズとワトスン出現を防ぐために、作者のドイル自身に会いにいくという、メタフィクショナルなファンタジーとなっています。
 ホームズはもちろんなのですが、作者のコナン・ドイル自体にも大きくスポットが当たっています。作者と登場人物、そして読者との間の関係について、いろいろ考え冴える作品にもなっているようですね。
 二重の実体化の対策として、シリーズ「復活後」のホームズ物語に、ありえない展開や非現実的な設定を散りばめた、というのには笑ってしまいます。ホームズ物語が突拍子もないエピソードに満ちているということに、ちゃんと理由付けがされているのは、上手いところですね。

 この作品集、その装いから、ファンタジー作品集だと思っている人が多いと思うのですが、収録作の半分「虚ろな王」「裂かれた地図書」は完全なホラーといってよい作品です。
 特に「裂かれた地図書」は、スプラッターかと言わんばかりの異次元残酷ホラーで、ホラーファンにも満足のいく作品になっていると思います。
 ホラーファンにもファンタジーファンにもお勧めしたい作品集なのですが、逆に、ファンタジーものとホラーものの収録作の作風の振り幅がすさまじいので、ホラーが苦手な人はちょっときついかもしれないですね。
 原著は十三篇収録の作品集だそうで、他の作品もぜひ読んでみたいところです。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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