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残酷な世界  ジョン・コナリー『失われたものたちの本』

失われたものたちの本 (創元推理文庫) 文庫 – 2021/3/11


 ジョン・コナリーの長篇『失われたものたちの本』(田内志文訳 創元推理文庫)は、別世界に迷い込んだ少年が、元の世界に戻るため、その世界の王と彼が持つ本を探すために旅に出るという、ダーク・ファンタジー小説です。

 最愛の母親を病で亡くした12歳の少年デイヴィッドは、父親の再婚相手ローズの一族が所有する館に住むことになり、ロンドンから郊外へ引っ越します。父親とローズの間には弟のジョージーが生まれます。
 継母や異母弟に愛情を抱くことができず、父親との間も上手くいかなくなっていたデイヴィッドは、館の部屋に残されていた本を読んで過ごすことが多くなっていました。本はローズの伯父であるジョナサン・タルヴィーが残したものでした。彼は家で引き取っていた少女アンナと共に、子どもの頃に失踪してしまったというのです。
 やがてデイヴィッドは発作を起こすようになり、本の囁き、そして死んだはずの母親の声を聞くようになります。また夢の中では、奇怪な「ねじくれ男」が彼に話しかけてくるのです。
 折しもドイツとの戦争中、館の庭に爆撃機が墜落し、その最中にデイヴィッドは母親の声に導かれて、庭の隙間から異世界へと入り込んでしまいます。その世界で木こりと出会ったデイヴィッドは、狼たちと、そのリーダーである人狼リロイの襲撃から助けてもらうことになります。
 木こりが言うには、世界を治めてきた王の力が弱まり、いろいろな怪物たちが跋扈し始めているというのです。王に会い、彼が持つという「失われたものたちの本」を読めば、元の世界に帰れる可能性があるという話を聞いたデイヴィッドは、木こりと共に旅に出ることになります。
 一方、デイヴィッドを監視する「ねじくれ男」は、彼を利用する邪悪な計画を企んでいました…。

 現実世界で、母の死や継母との折り合いの悪さから居心地の悪さを覚えていた少年が、死んだはずの母親の声に導かれ、異世界へ入り込むというファンタジー作品です。旅に出たデイヴィッドの冒険が、エピソード単位で描かれていきます。
 異世界で出会う人物たちや事件は、どうやら有名な童話やお話に基づいているようなのですが、それらの物語は変にねじれているようなのです。邪悪な赤ずきんは、狼との間に子どもを作り、それが人狼を産みだしてしまいます。また性格の悪い白雪姫と、彼女を毒殺しようとする小人たちなど、登場する人物たちは皆邪悪な影響を受けているように見えます。それらが世界を支配する王の力の衰えによるものなのか、異世界に入り込んだデイヴィッドの影響なのかは分かりませんが、エピソードはどれも死と残酷さに彩られています。

 異世界の住人たちが死んだり殺されたり、またデイヴィッドの仲間となる人物たちも、残酷な形で殺されてしまいます。敵となる怪物たちも残酷かつ強大なので、デイヴィッドも毎回生きるか死ぬかというレベルでの戦闘に参加することになり、そのハラハラドキドキ感は強烈です。
 中でも、ハルピュイアが飛び回る橋周辺での狼たちとの戦闘を描くエピソード、動物と人間とを継ぎ合わすマッドサイエンティストの女狩人に囚われてしまうエピソード、多数の人間を殺戮する巨大な怪物から騎士と共に村を防衛するエピソードなどは、アクションもたっぷりで非常に面白いエピソードになっていますね。

 異世界そのものが本や物語をモチーフにしているのはもちろん、主人公デイヴィッドの人生そのもの、そして物語の構造自体も、本や物語を思わせるメタフィクショナルな趣向に満ちています。
 最愛の母の死、父との軋轢、継母や異母弟への憎しみなど、主人公デイヴィッドが現実の世界に嫌悪感と違和感を抱くものの、別世界での冒険を通して、それを克服していく、という成長物語になっています。その意味では正統派のファンタジーではあるのですが、異色なのは、この別世界が非常に邪悪でグロテスクに描かれているところです。死に彩られた世界であり、身勝手な欲望や残酷な行為は日常茶飯事なのです。後半では別世界の成り立ちや構造も明かされることになりますが、それさえもが、歪んだ欲望や願いの上に生まれていることが分かります。
 加えて、現実世界でも、戦争による死、そして家族や彼らに対する愛情さえもが「無常」であることが描かれます。そうした「無常感」が底流していながらも、現実と空想の折り合いが描かれる部分には真摯さがありますね。
 毒性も強く、切れば血の出るような、現実感にあふれたファンタジーですが、力強いメッセージを持ったファンタジー作品となっています。

 文庫版ボーナスの掌篇「シンデレラ(Aバージョン)」は、性格の悪いシンデレラを描いたパロディー風フェアリー・テイル。
 父親に甘やかされた美しい娘シンデレラは、傲慢な性格に育ってしまいます。父親は再婚しますが、気立ての良い義母も義姉たちも、シンデレラは小馬鹿にしていました。
妖精を勘違いさせて、舞踏会に出かけたシンデレラは上手く王子と結婚するものの、嫌気の差した王子から離縁されてしまいます…。
 徹底的に性格の悪いシンデレラが描かれるという、原話を逆転させた童話作品です。美しければいいわけではない、というテーマなのでしょうか。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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