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まぼろしの館  ズザンネ・ゲルドム『霧の王』

霧の王 単行本 – 2012/12/11


 現代ドイツの作家ズザンネ・ゲルドムの長篇『霧の王』(遠山明子訳 東京創元社)は、謎に包まれた巨大な館に暮らす下働きの少女が、不思議な出来事に巻き込まれるというファンタジー作品です。

 館の厨房の下働きである十四歳の少女サリーは孤児でした。知る限りずっと館で暮らしてきており、外の世界を見たことがありません。館は巨大で、部屋の数がいくつあるのか、何人の人間が住んでいるのかも分からないほどでした。
 サリーの楽しみは、図書室で本を読むこと。そこで出会った本には、かって起こったとされる伝説が記されていました。
 <叡智の龍>の養子として育てられた、魔法使いの天賦の才を持つ賢い子ども<狼>。彼は養父の力の全てを受け継ぎたいと望みますが、養父は最後の秘密のみは明かしません。邪悪な意図を抱き始めた<狼>は、父を殺し、その眼を奪います。龍の眼の力によって永遠に近い生を手に入れた<狼>は、その強大な力で世界を支配し、彼は「霧の王」と呼ばれることになります。
 やがて虐げられた者たちの中から強い力を持つ魔法使い「猫の女王」が現れ、彼に決闘を申し込みます。戦いは十年と一日続き、ついに「霧の王」を負かすことに成功するものの、完全に滅ぼすことはできません。呪縛によって、王を居城に封じこめたというのです。
 ある日、サリーは、侍従たちが開く晩餐会の給仕をすることになりますが、食後のゲームの最中に、サリーの目の前で次々と人々が殺されてしまいます。しかし翌日には殺されたはずの人々が生きているのを見て、サリーは驚きます…。

 謎に満ちた巨大な館で働く孤児の少女が、不思議な運命に巻き込まれるという、長篇ファンタジー小説です。
 物語全体が館の中で展開されるのですが、この館には魔法のような道具があったり、不条理な出来事が起こったりと、現実とは思えない事象が起きていました。
 主人公のサリーは、図書室の本で、叡智の龍と「霧の王」、そして「猫の女王」の伝説を知ることになります。この館の不思議な出来事は伝説の物語と何か関係があるのだろうか? 探っていくうちに少女は恐るべき運命を知ることになります。
 サリーは身分が低いため、館内を自由に散策することも難しく、情報源としては図書室の本を読むことの他に、友人である司書ウール、話す猫の夫婦ルーアンとカルトリーナからの話を聞く程度しかできません。
 やがてふとしたきっかけから、医者コルベンと知り合いになったサリーは、彼の手伝いをするのと同時に館の秘密を探ろうとします。
 サリーの物語と併行して、本に記された伝説の物語の詳細も明かされていきます。「霧の王」と「猫の女王」の関係や、彼らにつくことになった味方や敵のこと、こちらの伝説のパートも単体で魅力的なお話になっています。

 不思議な伝説、魔法のような館…。全体に靄がかったミスティックな雰囲気で展開される物語で、その世界観は大変に魅力的な作品です。ヒロインが、何も分からないまま不条理な出来事に引き回される序盤は特に魅力がありますね。
 主人公の過去や伝説の謎についてあまり詳細に語られない部分があったり、展開が早すぎると感じる読者もいるかと思いますが、その世界観や舞台は大変に魅力的で、読み終えてみると、その物語構造もよく出来ているなと感じます。

 「世界は目に見えている通りではない」というのがテーマとなっているようで、物語に現れる人や物が本当に見えている通りのものなのか、疑いながら読んでいく過程にはサスペンスもありますね。例えば、アドルフォ・ビオイ=カサーレス『モレルの発明』、あるいは、ジャン・レー『マルペルチュイ』といった作品が好きな方は、とても気に入る作品ではないかなと思います。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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