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殺さなかった人たち  井上悠宇『誰も死なないミステリーを君に』『誰も死なないミステリーを君に2』
 井上悠宇の長篇ミステリ二作『誰も死なないミステリーを君に』『誰も死なないミステリーを君に2』は、寿命以外の「死」を他人の顔に見ることができる少女とパートナーの少年が、死相の見えた人間を救うべく、殺人を防ごうとする物語です。


誰も死なないミステリーを君に (ハヤカワ文庫JA) 新書 – 2018/2/24


『誰も死なないミステリーを君に』(ハヤカワ文庫JA)

 遠見志緒には特殊な能力がありました。近い未来に死を迎える人間を見分けることができたのです。死が近づいた人間の顔には、黒い「死線」が見えるといいます。「死」を避けることはできないと考えていた志緒は、その能力を使えば人を助けることができると話す青年佐藤と出会い、考えを変えることになります。
 佐藤の出身校でもある秀桜高校文芸部の卒業生四人に「死線」を見た志緒は、無人島に四人を閉じ込め、彼らの「死線」を消そうと考えます。彼らの死の可能性につながるのは、かって高校で墜死を遂げたある生徒の存在でした…。

 他人の「死」を予知することのできる少女志緒が、パートナーである佐藤と共に人の死を防ごうとする、という物語です。メインとなる事件の前に、主人公二人の紹介編といった短いエピソードが挟まれ、彼らの能力や活動が描かれます。
 志緒の能力は相手の顔に死を示す「死線」を見て取ることができる、というもの。その線の度合いによって時間的な余裕も測ることもできます。ただ能力はそこまでであって、他に超自然的な能力があるわけではありません。人の死を防ぐためには、個々の人間の事情や背景を探り出し、事件を解決しなくてはならないのです。その意味で発端こそ超能力が使われるものの、その後の展開はオーソドックスなミステリのそれになっています。
面白いのは、彼らの事件の解決法です。殺人にせよ、自殺にせよ、死につながる何かを変えたり消したりすれば、その時点で「死線」が消えるのです。
 そのため、主人公二人は駆けずり回って事件を解決しながらも、場合によっては、客観的には何も起こっていないように見える、という趣向はユニークですね。
 メインとなる事件は、高校の文芸部員四人に「死線」を見つけた志緒が、彼らの死を防ぐために、無人島に四人を閉じ込める…という話です。死の直接的な原因が分からないため、彼らを監視するのと同時に、四人を直接的に殺そうと考える犯人がいた場合、その人間から隔離するという目的もあります。
 そもそも、彼らを殺そうとする「犯人」がいない可能性すらあるのです。そんな五里霧中の状況の中、「死線」を消すために主人公二人が取るべき行動とは?
 人死を扱うミステリでありながら、主人公たちの目的は「死線」の見える全ての人間の命を救うこと。それは「犯人」さえも含んでいるのです。結果として「死線」を消すため、関係者の心理や真意を探っていくことになり、そこに心理的なサスペンスが生まれていきます。
 プライドや自己保身など、人間の醜い面が現れながらも、絶対的な「悪」が登場しないのも特徴でしょうか。それは「犯人」でさえ例外ではありません。
 少々のほろ苦さはありながらも、主人公たちの「善意」の行動と、それによって結果的に事態は良い方向に向かうことになる、という後味の良い作品となっています。



誰も死なないミステリーを君に 2 (ハヤカワ文庫JA) 新書 – 2019/8/20


『誰も死なないミステリーを君に2』(ハヤカワ文庫JA)

 他人の顔に人が死ぬ予兆である「死線」を見る能力を持つ遠見志緒は、幼馴染みである獅加観(しかがみ)飛鳥にそれが現れたことに気付きます。飛鳥の義理の父親、獅加観義龍が危篤であり、多額の遺産を相続する見込みがあることを知った志緒は、遺産相続に絡んで飛鳥の死がもたらされるのではないかと考え、彼女の命を救うために、佐藤と共に飛鳥の実家を訪れることになります。
 相続についての説明の席に現れたのは、父親の獅加観義龍が正妻以外に生ませた飛鳥の異母兄弟たちでした。本来なら当主となるはずの長男綜馬は十三年前に失踪して行方不明になっていたのです。兄弟たちは皆変わった人物ばかりでした。不可解な言動を繰り返す芸術家狩野和鷹、私立探偵をしているという軽薄な斯波司狼、常時狐の面をかぶり続ける医者の宇賀神良比狐。
 さらに飛鳥には、子どものころに神隠しにあい、その際に自分を逃がしてくれた姉が行方不明になってしまったという体験がありました。最後に見た情景のなかで、姉は体を刺されていたようだったのです。姉が殺されたと考えている飛鳥は、兄弟たちの中に犯人がいると考えていました…。

 『誰も死なないミステリーを君に』の続篇です。旧家の莫大な遺産をめぐる相続人たちの争いに、過去の「神隠し」事件を絡ませた、情念のドロドロした本格ミステリ作品です。道具立てからして横溝正史風のお話だなと思って読んでいると、作中で『悪魔が来りて笛を吹く』のパロディー的な趣向があったりと、かなり意識的に横溝正史のオマージュ作品として書かれているようです。
 獅加観家の正当な相続人である長男綜馬が失踪しているため、兄弟間でその相続について揉めることになり、それが原因で飛鳥が殺されることになるのではないかと、佐藤と志緒は考えることになるのですが、どうもそれだけではないようで、小細工をした結果、殺される可能性のある「死線」が他の複数の人物にも表れてきてしまうのです。
 主人公たちが推理を披露したり、他の人物の言動を誘導したりするたびに、「死線」が出たり消えたりすることになります。
 ですが、彼らの目的は誰一人死人を出さないというものなので、全ての「死線」を消すための方法について頭を絞ることになります。遺産相続だけでなく、過去の神隠し事件もこれには関連しているようで、それらを含めて事件を解決するには、飛鳥の失踪した姉がどうなったのかについて真相を明かさなければならないようなのです。
 探偵役の佐藤は、目的(誰も死なせない)達成のためには、必ずしも真実は必要ではないと考えており、そのために人々を納得させる答えを出す(出させる)のですが、それをきっかけに、別の人物に新たな殺意を発生させてしまう、という展開も非常に面白いですね。
 猟奇的、かつサイコパス的な犯罪が描かれる作品でありながら、このシリーズのコンセプトである「誰も死なせない」という「善意」と「優しさ」が徹底されており、完全なハッピーエンドではないものの、後味のよい結末を迎えるのも好感触です。
 ちなみにこのシリーズ、主人公の「佐藤」と「志緒」で「サトシオ」シリーズなのですね…。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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