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解けない人生  米澤穂信『追想五断章』

追想五断章 (集英社文庫) 文庫 – 2012/4/20


 米澤穂信の長篇『追想五断章』(集英社文庫)は、女性から、亡き父が残した五篇のリドル・ストーリー探索を依頼された青年を描く物語です。

 経済的な事情から大学を休学せざるを得なくなった青年、菅生芳光は、伯父である広一郎の古書店に居候兼アルバイトとして暮らしていました。店に現れた若い女性、北里可南子は、ある依頼を持ちかけます。亡くなった彼女の父親北里参吾が、叶黒白というペンネームで生前書いていたという五つの小説を探して欲しいというのです。
 その小説は結末のないリドル・ストーリーとして書かれたはずだといいます。可南子の手元には、それら五つの小説の結末だけを記した紙片が残されているというのです。
 高額の報酬を提示された芳光は、大学へ復学する足しになるかもしれないと、伯父に内緒で依頼を引き受けます。同じ店でアルバイトをする女子学生の久瀬笙子にも、報酬を渡すという条件で手伝ってもらうことになります。
 しかし、小説家ではない参吾が小説を発表したのは、同人誌の可能性が高く、捜索は難しいものとなっていました。調べていく過程で、芳光は、過去に可南子の父親が「アントワープの銃声」と呼ばれる、ある事件をめぐってスキャンダルに巻き込まれていたことを知ります…。

 父親が残した五篇のリドル・ストーリーを探す娘と、その探索を手伝うことになった青年を描く作品です。娘の手元にそれぞれのリドル・ストーリーの結末を記した紙片が残されており、それを手がかりに小説を探すという、面白い趣向になっています。
 探索を進めるうちに、可南子の父親参吾が、犯罪めいたある事件をめぐって糾弾されていたことが分かり、小説はその事件に対して彼の心情を綴ったものなのではないかという疑いが発生してくるのです。
 発見したリドル・ストーリーがそれぞれ、事件に対する一つの答えになっており、さらにそれらが揃ったときにまた違う意味を持ってくる、という技巧的な手法が使われています。
 参吾の人生が少しづつ解き明かされていくのと同時に、主人公の青年芳光の人生を描く青春小説にもなっているところが上手いですね。スキャンダルはあったものの、劇的な人生を送ったらしい参吾の人生、そうしたものとは無縁どころか、経済的にも困窮している自らや家族の境遇を省みて、鬱屈した思いを抱く芳光。しかし探索の過程を経て、ある種割り切った思いに至る、という、ほろ苦い青春小説にもなっています。
 ちなみに、作中で問題となる「アントワープの銃声」は1980年代にマスコミを騒がせた「ロス疑惑」がモデルとなっているようです。作中に登場する、リドル・ストーリーの中身も紹介しておきましょう。

「奇跡の娘」
 ルーマニアのブラショフという街で、眠ったままの娘を「奇跡の娘」として喧伝する母親がいました。しかし案内人は、娘は本当は目覚めているのではないかと疑っていました。その晩、娘の家は炎に包まれます。娘が本当は目覚めているならば、家から逃げ出してくるはずだというのですが…。

「転生の地」
 インドのジャーンスィーという街で、殺人の罪で裁かれている男がいました。その地方では、転生が信じられており、死体を傷つけたものは本人のみならず家族までが道連れに処刑されるというのです。彼が被害者の心臓を突いて殺したのか、それとも憎悪のあまり死んだ後の体を傷つけたのか?

「小碑伝来」
 中国の南宋の時代、勇猛で知られた将軍は、反乱軍の前になすすべもなく敗れます。捕らえられた将軍は、自ら首を刎ねるか、妻が捕らえられている家に火を放つか、二つに一つの選択を迫られます…。

「暗い隧道」
 ボリビアの街ポトシ。元スパイと目されている男が、金を持ってきてほしいと妻子に連絡します。通ってくるようにと言った隧道は、かって革命軍が爆弾を仕掛けた危険な場所だと言われていました。男は過去の立場から隧道に仕掛けがあったことを知り得る立場にありました。
 問題がないことを知っていてその隧道を通らせたのか、それとも妻子を殺す気だったのか…?

「雪の花」
 スウェーデンのとある街。放蕩に明け暮れる資産家の夫と、それを批難しようとしない貞淑な妻。男の誕生日に、妻は美しい雪の花を得ようと、氷河の亀裂に落ちて命を落とすことになります。妻は一体何を考えていたのか…?

 どの話も、登場人物について詳しい性格描写がなされないため、結末の選択肢に関してどちらもあり得るように書かれています。その意味で<リドル・ストーリー>として上手い作品ですね。最後の話「雪の花」に関しては、作中でも特殊な扱いとなっており、これだけは他の話とは違った雰囲気のお話になっています。
 小説に隠された謎解きはなされるものの、最終的に当事者たちが何を考えて、どうしたのか? という部分は結局謎に包まれています。そうした意味で、この作品自体が<リドル・ストーリー>的な結末を迎えている感もありますね。

 さらに言うと、主人公の芳光を始め、可南子、笙子、芳光の母親や伯父など、登場する人物たちがこの後どうなるのか、といったところも曖昧なまま終わってしまうのも著者の意図的なところなのでしょう。文芸的なミステリ作品として、秀作と言って良い作品です。

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

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男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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