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日常の亀裂  ケイト・アトキンソン『世界が終わるわけではなく』

世界が終わるわけではなく (海外文学セレクション) 単行本 – 2012/11/29


 ケイト・アトキンソンの短篇集『世界が終わるわけではなく』(青木純子訳 東京創元社)は、奇妙な味でちょっぴり不条理、幻想的な作品集です。

 不穏な状況の中デパートに買い物に来た二人の女性のお喋りが展開される「シャーリーンとトゥルーディのお買い物」、魚に憧れる母子家庭の少年の幻想を描く「魚のトンネル」、テロメアの研究者の女性が不老不死の力を持つ女性に出会うという「テロメア」、夫の不倫で離婚した妻と二人の子どもとのかみ合わない生活を語った「不協和音」、孤児として育った男が妻子を得ると同時に父親とその家庭について思いを馳せるという「大いなる無駄」、父親に会いにヨーロッパに出かけた少年とそのナニーの女性との不思議な旅程を語る「予期せぬ旅」、たびたび記憶が失われる男が自分の分身に出会う「ドッペルゲンガー」、拾った雄猫が巨大になりまるで人間のようになるという「猫の愛人」、幼くして父母を失った男の人生の出来事が様々に語られる「忘れ形見」、事故で死んだ女性が死後も残された家族を見守ることになるという「時空の亀裂」、子ども二人と離れて一人暮らすことになった母親の心理を描いた「結婚記念品」、疫病で部屋に閉じ込められることになった二人の女性の会話を描く「プレジャーランド」の12篇を収録しています。

 大きく二つの系統の作品が収められています。一つは、超自然や不思議な現象が起こる異色短篇風の作品。もう一つは、登場人物の人生を語った純文学風の作品です。ただどちらの系統の作品にも特色があります。
 異色短篇風の作品では、不思議な出来事や現象が起こるものの、明確なオチをつけず、不意に物語が閉じられてしまったり、不条理な空気のまま終わる作品が多くなっています。また純文学風の作品でも、風変わりな出来事やエキセントリックな人物が登場したりと、その味わいは<奇妙な味>に近いのです。
 全体に、異色短篇と純文学の中間のような味わいで、個々の作品の違いは、それが異色短篇寄りなのか、純文学寄りなのか、といったところにある感じでしょうか。

 短篇集自体に、登場人物が再登場するという面白い趣向が使われています。ある短篇に登場した人物が、またある短篇に登場するのです。もちろん再登場する際には、以前とは異なった立ち位置になっています。脇役だった人物が、他の短篇では主役となって現れたり、その逆もあります。また、終始主役級としては現れないものの、様々な短篇で脇役として登場したり、言及されたりする人物もいたりと、その現れ方は多様ですね。
 解説にもありますが、「変身」や「変容」がテーマになっているようで、短篇のそれぞれで登場人物たちの変身願望、それに類する人生のやり直し願望などが描かれるのも面白いです。物語の最初に引用されるのが、まさにオウィディウス『変身譚』で、このあたり作者も意識的なようです。
 超自然的な「変身」が語られる「テロメア」「ドッペルゲンガー」「猫の愛人」「時空の亀裂」のような作品だけでなく、「魚のトンネル」のように超自然が描かれない純文学風作品でも、そうした要素は描かれていますね。
いわゆるポップカルチャーへの言及が多いのも特徴で、ゲームやドラマなどの言及や引用も多いです。日本のゲームも登場しています。いちばん言及が多いのは、「バフィー 」シリーズで、これは作者がファンなのか、やたらと出てきます。

 個々のお話として特に面白かったのは「テロメア」「時空の亀裂」などでしょうか。

「テロメア」は不思議な味わいの作品。テロメアを研究する女子学生がヨーロッパめぐりをすることにします。現地の恋人と共にパーティに参加した彼女は、そこで大物プロデューサーのゴールドマン夫妻に出会います。ゴールドマン夫人は、若作りの女性で奇妙なケープをつけていました。夫人は、数世紀も生きているという摩訶不思議な話を始めますが…。
不老不死を扱った幻想作品なのですが、それらの超自然的な要素が登場するまでは普通小説風の展開なので、後半からの落差に驚かされます。結末も唐突で、この展開には驚く人もいるのではないでしょうか。

「時空の亀裂」はこんな物語。車の事故に遭った主婦のマリアンヌ。気が付くと宙に浮き、自分の体を上から見つめていました。自分が死んだことを認識したマリアンヌは自宅に戻り、夫と息子の生活を見守ることになりますが…。
死者となった女性が死後も家族を見守り続けるという物語なのですが、どうも展開が異様で印象に残る作品です。死者になった女性の自意識の描写も普通でないのですが(死者なので当然と言えば当然ですが)、結末で起こる出来事が唐突かつ不条理でびっくりします。
 「時空の亀裂」というタイトルからも、時間や空間といったSF的な出来事が起こったのではないかとも想像はできるのですが、詳しい説明はされないので、そのあたりもはっきりとは分かりません。いわゆるゴースト・ストーリーなのですが、こんな変なゴースト・ストーリーはそうそうないんじゃないでしょうか。

 異色短篇風の作品だけでなく、純文学風のタイプの作品にも魅力があります。「大いなる無駄」「忘れ形見」では、大人になった主人公が、得られなかった子ども時代の幸福について考えるのですが、そのあたりの心境を語る描写には味わいがありますね。

 全体に幻想的な作品集といえるのですが、作者がいわゆるジャンル小説の書き手ではないこともあり、展開が全く読めない、不思議な手触りの作品となっています。変わった作品を読みたい方にはお勧めしておきたいと思います。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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