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英雄たち  W・デ・ラ・メア『魔女の箒』

世界幻想文学大系〈10〉魔女の箒 (1975年) - – 古書, 1975/1/1


 W・デ・ラ・メア『魔女の箒 世界幻想文学大系10』(脇明子訳 国書刊行会)は、幻想的な短篇3篇と長篇童話「三匹の高貴な猿」を収録した、デ・ラ・メア作品集です。

 妹と暮らす若い農夫が妖精たちに悩まされるという「オランダ・チーズ」、老嬢と長年仲良く暮らしてきた愛猫との不穏な関係を語った「魔女の箒」、片腕が不自由で感受性豊かな少年の人生の転機を描いた「訪れ」、王族の血を引く三匹の猿の冒険を語った長篇童話「三匹の高貴な猿」を収録しています。
 本の大部分を占める童話「三匹の高貴な猿」が一番の傑作でしょうか。

 ムンザ・ムルガーの森のはずれに住んでいた木の実ザル、ムッタ・マトゥッタのもとに、変わったサルが現れます。彼はティッシュナーの谷の君主アッサシモンの弟であり、王族であるムッラ・ムルガー、シーレムでした。
 シーレムはムッタ・マトゥッタと恋に落ち、二人の間には、サム、シンブル、ノッドという息子が三人生まれます。五匹は幸せに暮らしていましたが、十三年後のある日、シーレムは故郷であるティッシュナーに帰ると言い出します。戻ってくると言い残して出かけたシーレムでしたが、一行に帰ってこず、悲しみからかムッタ・マトゥッタは亡くなってしまいます。亡くなる前に、ノッドは母親から魔法の石を譲り受けます。兄弟だけで暮らしていた息子たちでしたが、ノッドのミスから家が焼け落ちてしまいます。彼らは、父親の後を追い、ティッシュナーの谷を目指して旅に出ることになりますが…。

 王族の血を引くサルの三人兄弟が、故郷に帰った父親を追って旅に出るという物語です。その旅程は困難に満ちていて、他の動物に襲われたり食べられそうになるのはもちろん、超自然的な魔物に襲われたりもします。主人公は末っ子のノッドなのですが、序盤では自分のミスから家を火事で失ってしまったり、悪い動物に騙され荷物を奪われてしまったりと、あまり活躍しません。中盤からは、何度も兄たちから引き離されることにもなり、知恵や力を身に着け成長していくことにもなります。
 主人公の兄弟たちは特殊なサルで、二本足で歩いたり、衣服を着たりと、人間のようなサルとして描かれています。他の動物たちも、主人公たちほどではないにしても、意思の疎通が出来たり、文明的な生活をしていたりもするのです。動物たちだけが存在するファンタジー世界であれば、それで問題がないのですが、複雑なのは、この作品では人間が登場するところ。作中のエピソードで、罠にかかったノッドが人間と共に暮らすシーンがあるのですが、このくだりを見ると、頭の良い主人公ノッドもまた、人間に比べるとやはり「動物」であることが示されます。

 物語には登場しませんが、外部の人間世界がちゃんと存在することが示唆されており、そのあたりを考え合わせると、この作品における人間と動物の立ち位置、動物の中でも例外に属する主人公たちの存在などが、かなり複雑であることが分かりますね。
 また面白いのは、言語の設定。物語に登場する人物や事物が、サル独自の表現で表されるのです。例えば「ムルガー」はサルのことですし、王族のサルは「ムッラ・ムルガー」、人間のことは「ウームガー」と呼ばれています。
 いろいろなサルに通じる共通語的なものの他に、サルの種族ごとにも言語が分かれているようで、実際に他の種族のサルに出会った主人公たちが意思の疎通ができない、というシーンも見られます。
 旅の途中で出会う動物たちも、通常の名前ではなく、サルたち独自の言葉で表されるので、その動物が実在するものなのか、架空のものなのかも分かりません。豹が「ローゼス」だったり、鼻が長いということで、おそらく象だと思われる「エフェラントウ」とか、登場するのがよく知られている動物だったとしても、独自の名前のおかげで、異世界感が強く感じられるのが特徴でしょうか。
 主人公たちがサルということもあって、動物たちのなかでも、サル(ムルガー)たちは、多くの種類が登場すると共に、かなり独自の描かれ方をしています。
 中でも異彩を放っているのが「ミニマル」という種族。ノッドたちと同じ森のサルの一種とされていますが、地下に住み、サルを食べるという人(サル)食いザルなのです。彼らにつかまり食べられそうになるという部分は、かなり怖いですね。
 明確に超自然的な存在として現れるのが、影の女王「インマナーラ」。人間アンディ・バトルと暮らしていたノッドのもとに現れ、バトルを殺そうとする彼女を倒そうと、ノッドは魔法の石を使い、策略を立てることになります。

 サムやシンブル、二人の兄弟たちと離れるシーンが多いこともありますが、三兄弟のうちメインで活躍するのは末っ子のノッドです。サムはともかく、シンブルは途中で病んでしまったりと、ほとんど活躍の機会がなくなっていますね。
 主人公たちの旅の目的であるティッシュナーの谷に到着するのは、本当に最後の最後で、そこが思っていたとおりの「楽園」であるのかどうかは描かれずに終わるのも独特ですね。老いた父親がそこに向かったこと、母親が亡くなる際にティッシュナーの呼び声を聞いていることからも、この国が、どこか「死」の象徴を帯びているのは確かだと思います。
 ところどころで象徴的な要素があったりと、デ・ラ・メア独自の神秘的色彩が濃いのは確かですが、この物語自体は、波乱万丈、躍動感にあふれたファンタジーになっています。純粋に冒険物語としても面白い作品だと思います。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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