ブラッドベリアーナ
10月はたそがれの国 ウは宇宙船のウ【新版】 スは宇宙(スペース)のス 何かが道をやってくる

 レイ・ブラッドベリ。一般にSF作家ということになっていますが、SFにとどまらない彼の作品は、ジャンルを越えて読者を魅了しています。
 ブラッドベリの魅力を語る人の大部分が、その作品の印象と、自分の若い頃の感性を結びつけて語っているようです。そういう意味では、ブラッドベリは青春の書なのかもしれません。
 ご多分にもれず、僕もブラッドベリの作品を読んだのは、高校一年生のとき。たしか阿刀田高のエッセイで、その名前を知った記憶があります。そのときに俎上にのせられていたのは、『夜』という作品。そのころ既に手に入らなかった〈異色作家短編集〉のキキメ本『壜づめの女房』に入っていた作品です。それで興味を持って、早速その本を探しにいったわけですが、近所の新刊書店に置いてあるわけもありません。
 それならば、とブラッドベリの名前がついた本を探していたときに、目に付いたのが創元推理文庫やハヤカワ文庫などの文庫本。そのころブラッドベリは軒並み現役本で、その辺の本屋にも置いてあったんですね。で、その中から選んだのが『黒いカーニバル』『十月はたそがれの国』。もともとホラーが好きだったので、怪奇味の強そうな短編集を選んだわけです。いま考えると、この二冊は僕にとってベスト・セレクションだったなあ、と思います。
 この二冊、パルプマガジンなどに発表された、ブラッドベリの初期の名作が集められています。
 周囲に理解してもらえない孤独な青年がとった究極の手段とは…残酷美にあふれる結末が印象的な『ほほえむ人々』。金持ちの兄が作った棺には奇妙な仕掛けが…ブラックな笑いに満ちた『棺』
 子供のころの悪夢がよみがえる『遊園地』。毎夜サーカスのミラーハウスを訪れるこびとの話『こびと』
 骨と肉体にまつわるグロテスクなストーリー『骨』。母親に殺意を抱く胎児を描く『小さな殺人者』
 事故のたびに集まってくる群衆の秘密、彼らは一体何者なのか?『群衆』
 病弱で部屋を出られない少年のもとに、犬が連れ帰ってきたものは、とんでもないものだった…。ノスタルジック・ホラー『使者』
 風の秘密を知った男は、風に命を狙われる…『風』
 超のつく名作揃い。特に『十月はたそがれの国』の方は、すべてが傑作といってもいいぐらいのハイレベルの作品集だと思います。
 後年の感傷過多なものと違って、本当の意味での「みずみずしさ」が溢れた作品群。まあ怪奇小説がほとんどなので「みずみずしさ」というのも、おかしな話なのですが、実際、それ以外に形容しようのない感じなのです。
 なにより怪奇小説にこんなに「情感」を盛り込めるのか、というのが一番の驚きでした。ムードのある怪奇小説、というのはそれまでにも読んだことがありましたが、それはあくまでホラーとしての雰囲気醸成のことであって、ブラッドベリの作品におけるものとは、趣を異にしていました。
 ちなみに、上に挙げた作品名から、一般に評価の高い『みずうみ』『びっくり箱』などが抜けているのに、気づいた方もいるでしょうか。そう、高校生のころは、まだストーリー展開や話の面白さだけで、本を読んでいたので、これらの作品にはぴんと来なかったわけですね。ですが、逆に言うと、そんな高校生でも、ある程度の「情感」を感じ取れるほどの魅力が、ブラッドベリにはあった、ということもできるのかもしれません。
 あとになって『みずうみ』『びっくり箱』などの作品も楽しめるようになりました。代表作『火星年代記』をはじめ『刺青の男』『太陽の黄金の林檎』『よろこびの機械』『メランコリイの妙薬』『ウは宇宙船のウ』『スは宇宙のス』『とうに夜半をすぎて』『何かが道をやってくる』なども、そのあと読みました。これらの作品集は、『黒いカーニバル』『十月はたそがれの国』に比べて、SFやホラーなどのジャンル色が薄くなっているものが多く、最初に手に取っていたら、あんまり楽しめなかったんじゃないかと思います。
 そんなわけで、ブラッドベリ熱に取り憑かれた僕は、手にはいる限りのブラッドベリの本を買い集めて、読みふけりました。邦訳をほぼ読破して、改めて思ったのは、ブラッドベリが本当に傑作を書いていたのは、初期から中期までだ、ということ。後年の作品、とくに70年代あたりからの作品は、かなり駄目になっているというのが、正直な感想です。
 ここ数年でも、何冊か短編集が出ましたが、どれも完全に感傷だけで成り立っている作品。しかもその感性さえ古びている感じは否めません。ブラッドベリの作品は、時代が下るにつれて、SF臭が消え、限りなく普通小説に近づいていくのですが、それに伴ってブラッドベリ本来の魅力も薄れていく感じがします。
 作家には、初期に傑作を書ききってしまい、後はダメになってしまうタイプと、じわじわと実力をつけながら後年になって傑作を書くタイプとがあると思うのですが、そういう分類で言うとブラッドベリは明らかに前者です。
 とはいえ、初期の作品だけでも、ブラッドベリの業績は残るでしょう。それでも作家活動をやめずに、ここまでずっと来たのは、幸か不幸かわからないところですね。
 ブラッドベリのことを書いていると、長くなりそうなので、次回も少し続けたいと思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

自分もずっとブラッドベリはSFの人、と思ってました。そんな自分が持っているのは「十月はたそがれの国」だけなのですが買った当時夢中になって読んだ記憶があります。
そして真夏の炎天下になるとぼんやりと『熱気のうちで』を思い出してしまいます(^^;)
【2006/08/05 11:05】 URL | そら #- [ 編集]


四十を越えてから久し振りに再読してみたのですが、当時の感動はありませんでした。
摩耗するものなんです。
【2006/08/05 11:36】 URL | ハスヨス #/hWQoaK6 [ 編集]

>そらさん
いちおう、ブラッドベリはSF作家ということになってますが、SFの衣を借りた幻想小説家、というのが正直なところなんでしょうね。ブラッドベリは科学がわかってない、と非難されたことがあるとかないとか。
『十月はたそがれの国』は、やっぱり超傑作です! あと上の文章でも挙げましたが『黒いカーニバル』の収録作品も、ほとんどホラー・怪奇小説なので『十月…』が気に入った人は楽しめると思いますよ。
『熱気のうちで』もなかなかですね。たしかにブラッドベリを思うと、真夏の日々も涼しくなるかも…。
【2006/08/05 15:26】 URL | kazuou #- [ 編集]

>ハスヨスさん
やっぱり年を経ると、感傷の強いものほど白けてくるんでしょうか。ブラッドベリはとくにその傾向が強いですしね。幸いにも僕はまだそこまで白けておりませんが(笑)。
『みずうみ』みたいな作品はたしかに、いまとなっては古びているかも。むしろポー風の恐怖小説のほうが、まだ魅力を保っていますね。
【2006/08/05 15:31】 URL | kazuou #- [ 編集]

ブラッドベリ・フォオ・エバー!
これはたまらない!
コメント多そう!
先日、クリスティーナ・リッチ主演の『ギャザリング』を観て軽い既視感を覚えたのは、ブラッドベリの『群集』を連想したからでしょうか。
個人的には、一に『何かが道をやってくる』、二に『十月はたそがれの国』、三、四がなくて五に『ウは宇宙船のウ』というところ。
『火星年代記』や『華氏451度』のSF代表作は、読む前の期待が大きすぎて、こんなもんかと感じた記憶があります。
ところで、かつて日本のSF作家がブラッドベリを論じるとき、三島由紀夫の”なりそこねの抒情詩人”というブラッドベリ評に反論しようとしているのが異様でした。私なんか三島でも意識するブラッドベリというだけでうれしかったのですが‥
最近の作品は読んでいませんが、まだまだ元気そう。存在だけでありがたいですね。

【2006/08/05 23:59】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

なるほど
そういえば、迷跡さんは『何かが道をやってくる』お好きでしたね。僕もわりと好きですが、似たようなテーマで言うとスタージョンの『夢見る宝石』の方が好きかも。
そうそう、三島がブラッドベリを批判するのは、それが三島がブラッドベリと同じく本質的にセンチメンタルだからだ、とか言ってた人もいたような…。たしかに批判するにせよ、意識せざるを得ないというのは、やっぱり共通点を感じるからなんでしょうね。
『華氏451度』は凡作だと思いますが、『火星年代記』は、やっぱり傑作だと思います。『火星年代記』は再映画化の計画があるとかないとか。
いやいや、近作はどれもぬるくて失望すること、しきりです。それでもブラッドベリにしか書けないような作品も、いまだあるのが、救いと言えば救いなのですけどね。
【2006/08/06 00:25】 URL | kazuou #- [ 編集]


こんにちは!10代の頃に熱中して読み、私にとってもブラッドベリは「青春の書」です。当時創元文庫で出ていたものは全て何度も読み返した記憶がありますが、なにしろ四半世紀以上も前なので、内容をほとんど覚えてないのが残念で・・(汗)
「みずうみ」「ウは宇宙船のウ」などは萩尾望都のマンガでも読んだことがあります。あの独特の哀愁と抒情に満ちた世界は忘れられません。
とりあえず『黒いカーニバル』と『十月はたそがれの国』を無性に読み返したくなってしまいました。
【2006/08/06 13:57】 URL | 猫のゆりかご #QG0IHlXE [ 編集]

青春のブラッドベリ?
猫のゆりかごさん、こんにちは。
やっぱりブラッドベリは、感性の豊かな(?)若いころに読んだ方が、感動が大きいですよね。ブラッドベリは大人になって読み返すと、感動が摩滅していて、がっかりした、とか言う人が多いので、僕も怖くて再読できなかったりします。
内容を忘れかけているのは僕も同じなのですが、十数年前にテレビ放送していた『レイ・ブラッドベリ・シアター』というオムニバスシリーズがありまして、それを欠かさず見ていたので、主要作はとりあえず映像的に記憶に焼き付けられてしまいました。映像化作品については、次回以降で触れてみたいと思っております。
そうそう、萩尾望都の漫画家作品を読んでブラッドベリを読むようになったという方もけっこういるみたいですね。僕も後になって読んでみましたが、ブラッドベリへの愛情が感じられる、よい作品だったと記憶しています。
【2006/08/06 14:50】 URL | kazuou #- [ 編集]


「塵よりよみがえり」を読んだときにあまりにも愕然としたので「十月はたそがれの国」を読み返したのですが、やはり全盛期のブラッドベリは素晴らしかったですね。
私のベストはなんといっても「万華鏡」です(笑)。流星群を万華鏡に見立てるあのセンス。科学が判って無くったって十分ですよ。
【2006/08/07 11:24】 URL | Takeman #- [ 編集]

ですよね
『万華鏡』は、イメージの美しさでは、ブラッドベリの名作の中でも屈指の作品ですよね。
全盛期のブラッドベリがすばらしかっただけに、近作が出るたびにがっかりしてしまいます。近作のぬるい短編集を読んでいて、おおっ!と身を乗り出す作品があるかと思ったら、それは発表年がずいぶん古いものだったりして、露骨に温度差が感じられたりします。
『塵よりよみがえり』も買ってあるのですが、ネットの感想などを見るにつけ、あまりに評判が悪いので、いまだ読めずにいます。(でも、『塵よりよみがえり』で、初めてブラッドベリを読んだ人の感想は、けっこうよかったようなのが不思議です。)
【2006/08/07 12:28】 URL | kazuou #- [ 編集]


お久し振りです。
本筋とは外れますが、創元/ハヤカワともに、文庫の装丁が様変わりしているのに驚きました。
【2006/08/16 01:26】 URL | yu'e #- [ 編集]

けっこう前から…
創元・ハヤカワ、どっちもこのカバーになってから、随分経つような気がしますが。少なくとも15年ぐらい前からは、すでに新カバーになってますね。創元の『10月はたそがれの国』の旧版はジョゼフ・ムニャイニでしたっけ? あのイラストはよかったですけど、ハヤカワは今のカバーの方が素敵ですね。
【2006/08/16 08:50】 URL | kazuou #- [ 編集]


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怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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