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モーム短篇を読む  『モーム短篇集1・2』『女ごころ』
 どの作品を取っても完成度の高い、イギリスの作家ウィリアム・サマセット・モーム(1874-1965)。以下、いくつかの短い作品を紹介していきたいと思います。


雨・赤毛: モーム短篇集(I) (新潮文庫) 文庫 – 1959/9/29


モーム『雨・赤毛 モーム短篇集1』(中野好夫訳 新潮文庫)

 短篇3編を収録しています。

「雨」
 狂信的な宣教師は、立ち寄った小島で、雨のためそこに留まることになります。乗組員が連れてきたいかがわしい女に対して、宣教師は改悛をするように強要します。女は一変して悔い改めたように見えますが、ある日、宣教師はのどをかききった姿で発見されます…。
 独善的で狂信的な宣教師は、その頑固さ、思いこみの強さゆえに、あざむかれたときの衝撃に耐えることはできなかった…という物語です。

「赤毛」
 白人のほとんどいない島で暮らすスウェーデン人は、久方ぶりにあった白人の船長に若き日の恋物語を語り始めます…。
 ロマンティックな恋が皮肉な結末を迎える作品です。かっての思い人の変わり果てた姿を妻に教えるのを思いとどまる主人公はロマンティストなのか、それとも愛も憎しみも枯れ果てただけなのか?
 自らのロマンティックな理想主義を娘に対して投影するものの、それは彼を幸福にはしない…という作品です。

「ホノルル」
 語り手が出会った小男の船長は、陽気で楽天的な男でした。美しい現地人の娘を伴って現れた船長は、自分が陥った超自然的な危機について語り始めます…。
 愛する男のために自らの身体をなげうって顧みない娘が、あっさりと他の男と逃げ出してしまう…というのも何とも皮肉です。
 深いテーマがあるというわけではないのですが、読者の興味を惹く非常に面白いストーリーの作品です。



太平洋 (新潮文庫 モ 5-9 モーム短編集 2) 文庫 – 1960/10/1


モーム『太平洋 モーム短篇集2』(河野一郎訳 新潮文庫)

 太平洋に対する讃歌「太平洋」、傲慢ながら土人に対して寛容な上司に複雑な思いを抱く男の物語「マッキントッシ」、婚約者を置いて南洋に出かけ帰らない男を心配した親友が、現地で思いがけない友の姿を見るという「エドワード・バーナードの転落」、現地の娘に惚れ込んで結婚したイギリス人が娘に振り回されて破滅する「淵」を収録しています。
 なかでも「エドワード・バーナードの転落」「淵」が面白いですね。

「エドワード・バーナードの転落」
 親の破産により財産を失ったエドワードは、婚約者イザベルを置いてタヒチで一旗揚げようと出かけます。何年経っても帰らないエドワードを心配し、親友ベイトマンは様子を見に出かけますが、そこで見たのは思いもかけず生き生きとしたエドワードでした。しかも彼は、札付きの悪党として有名なアーノルド・ジャクスンとつきあっているというのです…。
 タヒチに来ることによって故国の伝統や道徳から自由になり、初めて人生の喜びを知るエドワード、アメリカ的な価値観に凝り固まっているベイトマンとイザベルには、その考えが理解できません。彼らの存在は、エドワードのような価値観を理解できないアメリカ人を諷刺するものになっています。
 最後のイザベルのセリフ「かわいそうな、エドワード」は、それを如実に表すものになっています。あざとすぎるともとれる構図の作品ですが、それゆえに、作者の狙いがわかりやすくなっているといえるでしょうか。

「淵」
 教養もあり重要な地位にもあったローソンは、現地の娘エセルに惚れ込み結婚してしまいます。一時は故郷のスコットランドに妻子を連れ帰りますが、ホームシックにかかったエセルは勝手に帰郷してしまいます。
 妻子を追いかけてきたローソンは徐々に酒浸りになり、エセルも夫をばかにするようになっていきますが…。
 南洋で自由かつのびのびと生きるエセルと、故国の価値観にとらわれるローソンとが対比されています。故郷では、淵で自由に泳げたエセルも、スコットランドの淵で泳ぐことはできません。さっさと故郷に帰ってしまったエセルに対して、ローソンの方はエセルを捨てて帰ることはできないのです。
 イギリス人として立派に育てようとした子供も、そして妻も、自分がはめようとした鋳型にはまったく入りません。妻のしたたかさに対し、ローソンの躊躇と執着は際だっていますね。自分の生まれ育った価値観からは逃げられない…というテーマで描かれた作品でしょうか。



女ごころ (新潮文庫) 文庫 – 1960/7/1


モーム「女ごころ」(龍口直太郎訳 新潮文庫)

 未亡人メアリイは、幼い頃から彼女を慕っていた官吏エドガーに結婚を申し込まれます。返事を保留したメアリイは、パーティーの席上、放蕩者との評判のロウリイに口説かれるますが、はねつけます。その夜ロマンティックな気分になったメアリイは、亡命者の若者を家に入れて慰めますが、絶望した青年はピストル自殺してしまいます。パニックに陥ったメアリイはとっさにロウリイに助けを求め、二人は青年の死体をうまく捨てることに成功します。メアリイはエドガーに隠し事はできないと、全てを話すことにしますが…。
 未亡人の「女ごころ」の変遷を細やかにたどった作品です。
 遊び人で軽薄だと思われたロウリイが、危機に際して冷静さと深い度量を持つことが示されます。対して、誠実で堅物のエドガーは、メアリイの行為を許すことができないのです。事実を知った後のエドガーの心の内を察するメアリイの心の動きの描写は素晴らしいですね。
 思い出の中の少女の面影を追っていたエドガーに対して、等身大の大人のメアリイを愛してくれるロウリイ、という対比が示されています。いささかメロドラマチックでありますが、結末は皮肉に富んでおり、面白い作品です。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
モーム好きです
モーム作品はどれも面白いですね。
気の利いたオチがある作品が多く、ストーリーもひねりがあり、いま読んでも古くないですね。
個人的には「マッキントッシュ」が大好きです。
「剃刀の刃」の新訳出ないかな~。
【2021/04/04 11:01】 URL | 木曽のあばら屋 #GHYvW2h6 [ 編集]

>木曽のあばら屋さん
モーム作品は、どれも物語として面白いですよね。
近年も、ちょこちょこと新訳の作品も出たりしているのですが、まとまった選集などが欲しいところですね。
【2021/04/04 11:35】 URL | kazuou #- [ 編集]


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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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