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戦いの果て  マックス・ブルックス『WORLD WAR Z(ワールド・ウォー・ゼット)』

WORLD WAR Z(上) (文春文庫) Kindle版

WORLD WAR Z 下 (文春文庫) 文庫 – 2013/3/8


 マックス・ブルックスの長篇『WORLD WAR Z(ワールド・ウォー・ゼット)』(浜野アキオ訳 文春文庫)は、大量発生したゾンビと人類との戦争、その終結後に世界各地で生き残った人々の証言をまとめたドキュメント、という形式のユニークなホラー作品です。

 ウィルスによる人間のゾンビ化が発生し、瞬く間にその疾病は世界に広がってしまいます。ゾンビそのものによる被害もさることながら、政治的な思惑による核戦争すら発生し、人類は壊滅状態に追い込まれていました…。

 ウイルスによるゾンビ化現象の発端から、最終的に人類がゾンビを掃討するまでが語られる作品なのですが、面白いのはその構成です。ゾンビに対する戦争が終結した後に、世界各地で生き残った人々から、その体験をインタビューによって聞き取りまとめていったドキュメンタリーという体裁になっています。
 固定した主人公というものがなく、さまざまな国籍・職業・性別・年齢の人々の体験が語られていきます。登場する人々も、幾人かの例外を除いて基本的には一回きりです。語り手とその視点が次々に変わり、その意味では、スピーディに読むのはなかなか難しい作品かもしれません。

 「戦争」の初期から後期まで、時系列に人々の話が語られていき、そのそれぞれは断片的なものなのですが、読み通すと大きな物語が見えてくる…という仕組みになっています。本当に断片に近い、人々のリアルな証言、といったパートもあるのですが、ちょっとした長さの短篇として読めるエピソードも多く存在しています。
 中では、極寒の北方に向かった親子の誤算を描くエピソード、墜落した女性パイロットのサバイバルを描くエピソード、引きこもりの青年がマンションから脱出しようとするエピソード、盲目の男が武道の達人となりゾンビを撃退するエピソード、中国の原子力潜水艦が逃げ出し、その艦で家族ともども生活するというエピソードなどは、非常に読み応えのある部分になっています。

 全体にリアルでシニカルな視点で描かれる作品なのですが、時折ユーモア(ブラックなものですが)とファンタジーがかったエピソードが現れることもあり、特にそれが出ているのが、上記にも挙げた、日本が舞台になった二つのエピソードです。
 一つは引きこもりの青年が、ゾンビに襲われマンションから脱出しようとするエピソードで、ロープを作りベランダから脱出しようとするものの、引きこもり生活で肉体が弱っているために、何日間もかかってしまう…というお話になっています。
 もう一つは、幼いころに盲目になった男がシャベルのような武器を使い、気配だけで大量のゾンビを殲滅する、というエピソード。後にこの男をリーダー、引きこもりだった青年がサブリーダーとして、武闘派集団が結成されるというのも、ちょっとぶっとんだ設定ですね。

 疾病が中国から発生したり、イランとパキスタンが核戦争になってしまったり、ロシアが独自の動きをしたりと、政治的な動向もいろいろ描かれていて、国際政治小説的な面白さもありますね。
 世界各地のさまざまな動向が描かれるだけに、それぞれのエピソードの味わいも千差万別、いろいろなジャンルが味わえるジャンルミックス的な作品にもなっています。

 メインテーマとなるゾンビに関しては、動きはにぶく、脳を破壊すれば死ぬ、というオーソドックスな設定のようです。面白いのは、海中におちたゾンビが何年も生存し、船や潜水艦の航行時に障害になる、というところでしょうか。
 作中では、ゾンビがなぜ海中で長時間活動できるのか? というところが謎になっているようですね。
 あと、ユニークなのは「寝返り」という設定。精神的におかしくなり、生者でありながらゾンビに成りきっている、という人間たちを指しています。
 本物のゾンビと、この偽者である「寝返り」をどう見分けるのか?といったあたりが描かれる部分も面白いですね。

 本作の構想は、スタッズ・ターケルに代表されるオーラル・ヒストリー(歴史研究のために関係者から直接話を聞き取り、記録としてまとめること)から来ているそうです。そこから、架空のゾンビ戦記に関するオーラル・ヒストリー、というアイディアにまとめたのは慧眼ですね。
 ちなみに、作者のマックス・ブルックスは、映画監督・俳優のメル・ブルックスと女優アン・バンクロフトとの間の息子だそうです。

 映画化作品『ワールド・ウォーZ』は、あれはあれで面白く観たのですが、原案にJ・マイケル・ストラジンスキーが関わっているというのも初めて知りました。
そもそも原作が、ゾンビ戦争終結後の世界各地の人々へのインタビュー集、という体裁なので、そのままの映画化は難しいのではありますが。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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