FC2ブログ
知られざる幻想作品  橋本勝雄編編訳『19世紀イタリア怪奇幻想短篇集』

19世紀イタリア怪奇幻想短篇集 (光文社古典新訳文庫) 文庫 – 2021/1/13


 橋本勝雄編訳『19世紀イタリア怪奇幻想短篇集』(光文社古典新訳文庫)は、19世紀イタリアの知られざる怪奇幻想小説を集めたアンソロジーです。
 20世紀以降の作品と比べ、19世紀の怪奇幻想作品は本国イタリアでもなかなか再評価が進まなかったそうです。確かに日本ではあまり名前も聞かれない作家が集められており、その意味でも貴重なアンソロジーになっています。
 特に国や時代のカラーを出すことを狙ったわけではなく、作品の多様性を優先して選んだとのことで、バラエティ豊かなアンソロジーとなっています。

イジーノ・ウーゴ・タルケッティ「木苺のなかの魂」
 猟に出かけた若い男爵Bは、喉の渇きを癒すためそばに生えていた木苺を食べますが、その途端、自分の中に自分ではない、女性のような感覚が芽生えるのを覚えます。出会った領地の人々は、別人のような対応をする男爵に驚きますが…。
 殺された娘の霊が木苺を通して憑依するという物語。憑依といっても、自分自身の感覚はそのままで別の人間の感覚を二重写しで経験するという、実のところ憑依とは少し異なる現象が描かれます。しかも取り憑いた人格は女性のようで、普段は見向きもしない対象に対して美や魅力を感じるなど、その感覚や感性に驚く主人公の困惑を描く部分が面白いですね。

ヴィットリオ・ピーカ「ファ・ゴア・ニの幽霊」
 アルベルトは、魔術の心得のある友人パオロに対して、富と美女が欲しいとぼやいたところ、不思議な提案を受けます。願いを叶える代わりに、日本のある新郎の命を奪うことになるがそれでもいいか、と。
 願いを叶えてほしいと頼んだアルベルトは、その日本人ファ・ゴア・ニの死の瞬間を見せられます。直後に、アルベルトは亡くなった親戚から遺産を相続し、美しい娘を嫁にもらい受けます。しかし深夜になると、彼のせいで死んだファ・ゴア・ニの幽霊が彼の前に出現するようになります…。
 見知らぬ人物の命の代わりに富を手に入れた男が、殺された男の幽霊にまとわりつかれるという物語です。その幽霊が、たびたび現れて恨めしさを語るなど、恐怖感よりも、霊の人間くささが目立つ作品になっています。
 霊によれば、死んだ後に動物に生まれ変わって、恋人の女性オ・ディアキラのそばにいようとするものの、彼女は新しい恋人を作ってしまい、それに対して復讐の念を抱いているというのです。後半では、主人公よりも幽霊の男の方が存在感を増してくるという、面白いゴースト・ストーリーになっています。
 見知らぬ他人の命の代わりに富を手に入れる、というモチーフも興味深いです。おそらくこれは、当時ヨーロッパで広く知られた「マンダリン(中国の大官)を殺す」というモチーフで描かれた作品かと思います。
 邦訳があるものでは、エッサ・デ・ケイロース「大官を殺せ」(弥永史郎訳『縛り首の丘』白水Uブックス 収録)も同じモチーフの作品ですね。

レミージョ・ゼーナ「死後の告解」
 神父の「わたし」は、呼び鈴が鳴った直後に、部屋にいるはずの医者の兄クラウディオが外に立っているのを目撃し、ふと後をついていくことになります。たどり着いた建物の中では女性の遺体が寝かされていました…。
 告解を受けるために死者の女性が蘇るという奇跡譚です。どこか夢幻的な雰囲気の中で展開される作品です。

アッリーゴ・ボイト「黒のビショップ」
 その勤勉な働きにより雇い主から莫大な遺産を相続したという黒人の資産家アンクル・トム。彼の弟はジャマイカで反乱軍を率いているガル・ラックという男だといいます。
 アメリカに住む元英国貴族サー・ジョージ・アンダーセンは、トムにチェスの勝負を申し込みます。黒の側を選んだトムは、手持ちの駒のビショップに執着しているようでした。勝負は、チェスの達人であるアンダーセンの圧倒的な優位のままに進んでいきますが…。
 白人と黒人の男がチェスで争うという物語なのですが、その戦いは熾烈を極め、何やら幻視的な光景まで立ち現れるという、迫力のある作品になっています。チェスの白と黒、白人と黒人、そしてビショップの駒が重要なモチーフとして使われるなど、象徴的な要素が強い作品ともなっています。

カルロ・ドッスィ「魔術師」
 周囲の人物から「魔術師」と呼ばれる男マルティーノは、死への恐怖に取り憑かれていました。彼の技術や知識も、その恐怖を押さえつけるためのものでした…。
 死への恐怖に取り憑かれた男を描いた作品です。結末も鮮やかですね。

カミッロ・ボイト「クリスマスの夜」
 愛する双子の姉と姪を亡くした男ジョルジョは、クリスマスの夜に姉とそっくりなお針子の女を見かけ、声をかけることになりますが…。
 愛していた家族を次々と失った男が、町で見かけた女に、姉の面影を見ることになる…という物語です。一方的に姉の面影を見出すものの、実のところ、女は蓮っ葉な性格で、姉とは似ても似つきません。その差異に絶望した男が瞬間的に狂暴になるシーンは狂気を感じさせて強烈です。
 男の目には幻想が見えている、という意味での幻想小説でしょうか。結末で描かれる男の最後も、幸せだったのかそうでないのか…、読者によって見方の変わる作品かと思います。

ルイージ・カプアーナ「夢遊病の一症例」
 警察本部に勤めるヴァン・スペンゲルは、机の上に書いた覚えのない事件の報告書があるのを見つけます。家政婦によれば、彼が夜中に自分で書いていたものだというのです。そこにはまだ起こっていない事件のことが詳細に描かれていました。
 やがてロスタンテイン=グルニイ侯爵夫人と令嬢、その使用人が殺されたという事件が発覚しますが、その事件が報告書に書かれていたものとそっくりなのを知り、ヴァン・スペンゲルは驚きます…。
 夢遊病にかかった男が、未来の強盗殺人を幻視する、という幻想小説です。この作品の夢遊病はオカルト的な症状として描かれ、予知能力や狂気と結びつけて語られているのが特徴です。未来予知を参考に事件を解決するものの、主人公は狂気に陥ってしまうという結末もちょっと怖いですね。

イッポリト・ニエーヴォ「未来世紀に関する哲学的物語 西暦2222年、世界の終末前夜まで」
 魔術的な実験によって「わたし」が呼び出した未来の人間による手記。そこには三世紀にわたる世界の歴史が記されていました…。
 手記に記された未来の歴史を語るという未来小説です。未来の人間が過去の歴史を記したものを、過去の人間が未来の記録として読むという、面白い趣向となっています。作品が描かれたのと近い時代の部分は、かなり政治的な要素が濃いですが、
 後半、人造人間的な存在「オムンコロ」が登場してからはSF的な感興が強くなります。
 架空の国際政治史が描かれていく部分でも、宗教が強い力を持って登場するところは、19世紀に書かれた古典的作品ならではでしょうか。

ヴィットリオ・インブリアーニ「三匹のカタツムリ」
 宝石で出来た庭を持つ王は、そこを任せた人間が皆自分を裏切るのを嘆いていました。ドン・ペッピーノが嘘をつかない正直者との評判を聞いた王は、彼を庭番に任命します。
 いじめられていた動物たちを助けたドン・ペッピーノは、実は妖精であった彼らから不思議な力を授かります。王がドン・ペッピーノを讃えるのに腹を立てた、王の妻、弟、息子たちは、ドン・ペッピーノが王を裏切って嘘をつくことに対して、王に賭けを持ち掛けますが…。
 かなりエロティックな要素も濃い、艶笑譚的な作品です。富にも権力にも動じない男が、性の誘惑には勝てない…というところは寓話としても面白いところですね。宝石でできているという花や果実、真珠母と銀で出来たカタツムリなど、幻想的な庭の造形も魅力的です。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kimyo.blog50.fc2.com/tb.php/1266-97c396a0
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する