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現実と妄想  パトリック・マグラア『グロテスク』

グロテスク (日本語) 単行本 – 1992/2/1


 パトリック・マグラアの長篇『グロテスク』(宮脇孝雄訳 河出書房新社)は、植物人間となった老人の、事実と妄想が混濁した意識の中で、新しい執事に対しての疑念が渦巻くようになる…というサスペンス長篇です。

 イギリスの田舎町の古い屋敷に住む古生物学者サー・ヒューゴー・コールは、脳の発作で植物人間となってしまいます。その原因になったのは、新しくやってきた執事フレッジでした。サー・ヒューゴーに憎しみを抱くフレッジは、殺人を犯し、その罪を他人に着せるばかりか、サー・ヒューゴーの妻ハリエットを誘惑し、屋敷の主人になる野望さえ抱いていました…。

 あらすじを述べると上記のようなお話になるのですが、その実、それが本当なのかどうかは分からないようになっています。語り手のサー・ヒューゴーが、元々の偏狭な性格に加え、植物状態になってしまった状態での混濁した思考と相まって、事実と妄想がごっちゃになっており、「信頼できない語り手」となっているからです。
 彼が敵視する執事フレッジが、殺人を犯したり、妻を誘惑したりしているとサー・ヒューゴーは考えているのですが、それが全て妄想である可能性も高くなっています。
 何しろ、自分が見ていない場面も見てきたかのように描写したり、「そうに違いない」と考えたことが、いつの間にか事実にすり替わってしまっていたりするのです。
 ただ、サー・ヒューゴーの歪んだ意識で語られる物語の中でも、作中で起きる殺人事件やその顛末など、明らかに事実である部分もあり、実際に起こったこととサー・ヒューゴーの妄想である部分が明確に分けられず、読者を困惑させる作りになっています。

 発作の起きる前から、サー・ヒューゴーは偏狭で傲慢、不快な人物として描かれており、彼の目から見る他の人間も戯画化して描かれています。思い込みも強く、他の人間の何気ない仕草に勝手な意味を読み取っていたりもするのです。
 発作後に至っては、それがさらに昂進しており、彼の目から描写される世界はあまりにも不自然。その世界は、まさに「グロテスク」と呼ぶべきレベルにまでなっています。

 ヒラリーとクレオ、サー・ヒューゴーの二人の娘のうち、妹娘のクレオは、ヒューゴーの血を色濃く受け継いでいるようで、超自然的な力を感じ取ったり、ヒステリックな行動を起こしたりするのも面白いところ。家族の中でも、ヒューゴーはこの娘に特別な親愛感を抱いており、発作後も、彼女だけが、自分が完全な植物状態ではなく、意識が明確にあると信じている、と考えているのです。
 対して、妻のハリエットに対しては、元々の冷えた仲とも相まって、フレッジとの不倫(サー・ヒューゴーの妄想の可能性が高いのですが)を疑うなど、軽蔑の対象になってしまっています。長女のヒラリーもハリエット似ということで、妻と同類と見なされているようですね。

 作中で発生する殺人事件の犯人はフレッジである、というのが、語り手サー・ヒューゴーの認識なのですが、この可能性はおそらく低く、作中で実際に捕縛される人物を含め、いく人かの容疑者が考えられるなど、ミステリ的な趣向も凝らされています。
 ただ、犯人を特定するほどの明確な証拠は示されないため、犯人は誰であるかの解釈も、読者によって変わってくることになるかと思います。

 デフォルメたっぷりに描写される登場人物たち、唖然とするような死体の処理、歪んだ視点から描かれる世界観など、徹頭徹尾、ブラックな作品となっています。語り手が非常に嫌な性格の人物なので、読んでいて不快になる部分もあるのですが、その部分も含めて作者の技巧を楽しむ作品といえるでしょうか。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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