都会のロビンソン・クルーソー  クリストファー・ファウラー『白昼の闇』
4488016456白昼の闇
クリストファー・ファウラー 高橋 恭美子 豊田 成子
東京創元社 2006-06-17

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 イギリスの作家クリストファー・ファウラーの『白昼の闇』(高橋恭美子・豊田成子・山田久美子訳 東京創元社)は、都市を舞台にしたオムニバス・ホラー短編集。明確なオチのある作品よりは、どちらかというと、無気味な余韻を狙った渋い作品が並びます。
 設計コンサルタントのアンドルー・ノリスは、イギリスからアメリカへとやってきますが、飛行機の手違いからニューヨークに一泊することになります。旅慣れないノリスは、教えられたホテルに行こうとしますが、道行く人々にたずねようとしても、まともに返答をもらえません。ようやくタクシーを拾ったものの、たどり着いたのは、ホテルどころか、いかがわしいマッサージー・パーラーでした…。
 物語はこのノリスの物語を大枠とし、交互に独立した短編とノリスの物語が並行して語られるという構成。それぞれのノリスのパートで、ノリスが遭遇する出来事や思考に関連する題材が、その次の短編で語られるという趣向のようです。
 例えば、ノリスが地下駐車場に不安をかきたてられる描写がありますが、そのつぎの短編では、地下駐車場がテーマとなっています。また、ノリスがタクシーに乗った後に続く短編は、タクシーがメインテーマになっているという具合。いくつか紹介してみましょう。

 『もうまもなく』 運命の恋人と出会えた喜びにふけるアンジェラが、帰途に乗り込んだタクシー。だが運転手の男は、一方的におかしなことを話しはじめる。しかもたどり着いたのは見知らぬ場所だった…。
 いかにも一癖ありそうな運転手に不安を感じる主人公。その不安は妄想にすぎなかったと見せかけて、もう一段階落とす典型的なタクシー怪談。地味ながら手堅い作品。

 『虎の牙』 借金の返済に追われる男が、仕方なく手を染めたポルノ販売。帰った男が目にしたのは、空き巣に荒らされた家。違法販売で手に入れた金のため、警察に訴えることもできず、怒り狂った男は、たまたま空き巣が落としていった身分証から、犯人の家に向かうのですが…。
 不遇な男が、犯人に一矢むくいるが、さらに思いもかけなかった陥穽が…。犯人の家で目撃したものが、結末の惨劇を暗示します。

 『友が消えた夜』 冴えない学生の「ぼく」とケルヴィン。決まっている就職先を蹴って、突然軍隊に入ると言いだしたケルヴィンとともに「ぼく」は、とあるクラブに入ります。法外な料金をふっかけられ、「ぼく」は置き忘れた小切手帳を取りに行くことになりますが、店に戻ると、ケルヴィンの姿は消えていました。店の人間は、金を払って帰ったというのですが、持ち合わせもないケルヴィンが店を出られるはずはないのです…。
 突然消えてしまった親友。店の人間はウソをついているのか? 超自然的な味付けもある、コーネル・ウールリッチ風サスペンス・ストーリー。

 『彼女の至福のひととき』 夫や息子を亡くした後、つつましく、静かな生活を送っていた老婦人。テレビもない生活を送っている彼女には、外界のニュースはほとんど伝わりません。近所の連中から彼女が金を貯め込んでいると考えた二人組の詐欺師は、老婦人に再び戦争が始まったと思いこませ、金品を巻き上げようとするのですが…。
 純真な老婦人を騙そうとする詐欺師たちが痛い目にあう…というヘンリー・スレッサー風の作品ですが、もちろん詐欺師たちを待ち受けるのは悲惨な運命です。

 『浄化』 アメリカのホテルに滞在していたイギリス人のビジネスマン。彼はある日エレベーターでふとした押し間違いから、13階についてしまいます。このホテルには「13階」は存在しないはずなのに…。
 あり得ない「13階」を描く作品、なのですが、飽くまで現実的な解釈がなされるのが、物足りないところです。このネタで超自然的な解釈を避けると、こんなにつまらなくなるとは!

 『むなしさが募るとき』 モリッシーは、ある日発作的に男が自殺する現場に行き会います。その男の生活は順風満帆であり、自殺する理由などひとつもないというのに。同僚のマーガレットは犯罪の統計調査の結果、無意味・無動機の犯罪が増加していることを訴えます。それはささいなストレスが降り積もることで発症する、都市生活者に特有の病だと。モリッシーは、マーガレットと対立するのですが…。
 なんの変哲もない日常から突如、狂気が侵入するという、典型的なサイコ・ホラー。明確なオチを避けることで、余韻を残す佳品となっています。

 この短編集、趣向自体は非常に面白いのですが、個々の短編がかなり渋いので、読者を選ぶかもしれません。
 それぞれの短編は、超自然に終わることもあれば、現実的な解釈で終わることもあります。どちらにしても都市を舞台にしているだけあって、伝統的な悪魔やら怪物を出すのではなく、人間の狂気を扱った作品が目立つように感じます。
 一番のウィーク・ポイントは、大枠となるノリスの物語が全然面白くないところでしょうか。ノリスのパートはどれもごく短い掌編なので、話を展開する余裕がないといえば、そうなのですが、特にこれといった出来事も起こらず、ほとんど雰囲気だけの作品になっています。ただ、異邦人であるノリスの不安感というものは、よく出ていると思います。短編集全体を貫くトーンも、都会で育まれる神経症的な不安、といった面が強いので、その意味では悪くはないのかもしれません。
 そういうわけで、個々の短編にはそれなりに面白いものもあるのですが、全体を通して読むと、ちょっと散漫な印象は免れません。ハードカバーでのお値段を考えると、コストパフォーマンスには欠けるかも。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
枠物語?
確かにご紹介を読む限り、中途半端な枠物語という印象を受けますね。
強いて深読みすれば、大都会の一夜に不安を感じるノリスの精神に共鳴して都市そのものが語り始めた自己の物語‥なんて
【2006/07/27 23:07】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

まあそんな感じです
大枠部分の主人公の体験が、個々の短編内容と照応する…というアイディアはいいんですよ。問題は、そのつながりがはっきりしない、というのと、短編自体が雰囲気だけで押し切ろうという感が強いところでしょうか。
もっと面白くできるような気がするので、非常にもったいない感じがします。
【2006/07/28 06:54】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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