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信じがたい出来事  ダフネ・デュ・モーリア『鳥 デュ・モーリア傑作集』

鳥―デュ・モーリア傑作集 (創元推理文庫) (日本語) 文庫 – 2000/11/17


 ダフネ・デュ・モーリア『鳥 デュ・モーリア傑作集』(務台夏子訳 創元推理文庫)は、ヒッチコック監督によって映画化された「鳥」を始め、怪奇幻想色の濃い作品が多く収録された作品集です。

「恋人」
 自動車修理所で働く「ぼく」は、ある夜、暇つぶしに訪れた映画館の受付嬢に一目惚れをしてしまいます。彼女の後をつけてバスに乗り込み、女性と仲良くなることに成功しますが、そのまま女性に連れられて辿り着いたのは、なんと墓地でした…。
 一目惚れした女性を追いかける青年のラブ・ストーリー、と思いきや不穏な展開に。怪談的な雰囲気になったかと思うと、最終的にはサイコ・スリラーに着地するという技巧的な作品です。
 相手の女性が捉えどころがなく、何を考えているのかも分かりません。青年に対しても気があるのかないのかも分からず、不可解な発言を繰り返します。さらに、墓地に連れ込まれた青年の困惑を描く部分はかなり不気味ですね。

「鳥」
 ある冬の夜、田舎に住むナット・ホッキン一家は、家の窓から侵入してきた大量の小鳥に襲われます。その件を話しても、隣人は鳥撃ちに行くと呑気な態度を取りますが、鳥たちの様子に異変を感じ取ったナットは、子どもを連れ帰り、家の窓の防備を固めます。
 ラジオを聞くと、世界中で鳥たちが人間を襲い出しているというのです。食料や備品も少なくなるなか、鳥たちは膨大な数で家を襲撃してくることになりますが…。
 突如、鳥たちが人類を襲うようになるというパニック・ホラー作品です。田舎に住む一つの家族に焦点を絞って描かれるのが効果を上げていますね。
 鳥の異変の原因については全く分かりません。ラジオでは世界的な異変の状況が放送されますが、やがてその放送も途絶えてしまうのです。
 襲ってくるのが、最初は小鳥で、次はカモメと、段々と鳥が大型になっていくというのがサスペンスを高めています。作中では姿を表さないのですが、後半、主人公のナットが猛禽類が襲ってきたら大変なことになる、と考えるシーンには戦慄を感じますね。
 白い波頭が見えると思ったら、それが鳥の大群だった…というシーンも怖いです。当座の鳥の襲撃を防ぎきったナット一家ですが、続けて防ぎきれる保証はなく、政府が出したらしき飛行機も墜落、人類は絶滅してしまうのかもしれないという雰囲気のなか迎える結末も余韻があり、破滅SF的な感触も強いです。
 先の見えない状況で、孤立無援で外敵と戦い続ける…というシチュエーションも、サスペンスホラーとしてシンプルな魅力を発揮しています。

「写真家」
 忙しい夫と離れて、子どもたちとリゾート地に滞在していたラ・マルキーズ侯爵夫人は、結婚生活にも退屈し、友人の情事に羨望の念を感じていました。現地で姉と共に写真店を営む青年ポールに惹かれた夫人は、彼との情事を始めます。
 遊び半分の気でいた夫人に対して、本気で恋をしてしまったポールは、彼女の側で暮らしたいと言い始めますが…。
 結婚生活に退屈する女性が、火遊びとして情事を始めるものの、不幸な結末を迎えることになるという作品です。
 写真家の青年はもともと夫人に惹かれているものの、実際に手を出し始めたのは夫人の側で、その意味では身勝手といえるのですが、実際、しっぺ返しを食らうことになります。
 物憂い雰囲気で展開される作品なのですが、全体にどこかフェティッシュな情念が感じられるのも特徴です。写真家の青年が撮る写真もそうですし、青年自身の足が悪いことなどもそうでしょうか。
 夫人の「夢」のような情事は、現実的な脅威によって破壊されてしまうという意味で、現実によって理想が崩される物語ともいえるでしょうか。結末での、写真家の姉のしたたかさは、その意味でも強烈な印象がありますね。

「モンテ・ヴェリタ」
 若い頃から山を登ることに情熱を抱く「わたし」と友人のヴィクター。しかし「わたし」の仕事が忙しくなったことと、ヴィクターがウェールズ生まれの女性アンナと結婚したことから、共に山に登ることは少なくなっていました。現実的なヴィクターに比べ、どこか神秘的な雰囲気をまとったアンナに「わたし」は惹かれていました。
 しばらくぶりに再会したヴィクターは、体の調子を崩し入院していました。「わたし」は、彼から信じられないような話を聞きます。
 夫婦でモンテ・ヴェリタと呼ばれる山に登った際に、アンナは山頂の修道院らしき場所に惹かれて姿を消してしまったというのです。そこの人々は「サセルドテッサ」と呼ばれ、彼らの仲間になれば年を取らずにずっと若くいられると言われていました。
 昔から、女性がそこに向かって姿を消してしまった例が何度もあり、近くの村の人々からは忌まわしい場所とされていたのです。ヴィクターはアンナ自身に会えないまでも、メッセージだけでも伝えたいと、毎年モンテ・ヴェリタに登るつもりだと話しますが…。
 年を取らない人々が住むという、聖なる山モンテ・ヴェリタ。そこに惹かれて失踪してしまった若妻をめぐって、夫とその友人の二人の男性の行動が描かれるという、神秘的な幻想小説です。
 神秘的な情熱に憑かれて俗世間を離れてしまった女性アンナ、現実的な夫ヴィクターはその精神を理解することができません。対して、友人の「わたし」はアンナと共通するものを持ち、実際に彼女の近くにまで行くことができるものの、同じ領域に属するまでには至らないのです。
 神秘的な合一を求めながらも完成には至らないアンナ、彼女を愛し続けながらその世界には足を踏み入れることのできない夫ヴィクター、アンナに極限まで近づきながらも受け入れられない「わたし」と、三者それぞれの哀しさが描かれる作品にもなっています。
 ヴィクターの幻想を壊さないようにと頼むアンナと、それを聞いてあえて真実を告げない「わたし」の優しさが描かれる結末も哀切ですね。
 物語自体が、すでに「楽園」が崩壊した後にその経緯が語られるという構成になっています。「楽園」の崩壊後、そこにいた人々の行方もはっきりしないあたり、モンテ・ヴェリタは異界とつながっていたと考えてよいのかもしれません。
 また、後半ではアンナのいる世界も完全ではないことが明かされるなど、アンチ・ユートピア小説の趣もありますね。
 実際、後半にモンテ・ヴェリタの世界に入り込んだ「わたし」が、下の世界のこと、死にかけている親友のことまでどうでもよくなってしまうなど、その様子はどこか「洗脳」に近く、本当にこの世界が幸福なのかどうかを疑わせます。俗世間を超越するどころか、人間的な愛情も入り込む余地がないあたり、この世界が人間世界と隔絶しているようで、ある種の怖さがありますね。
 ちなみに、タイトルの「モンテ・ヴェリタ」ですが、同じ名前の実在の場所があります。20世紀前半、スイス南部のリゾート地アスコーナにある場所モンテ・ヴェリタ(Monte Verita「真実の山」の意)に、ユートピア的な場所を作ろうとした活動があったそうで、ヘルマン・ヘッセ、パウル・クレー、ジョージ・オーウェルなど、有名な作家や芸術家、思想家たちが集まったといいます。このあたり、デュ・モーリアも、作品を書く際に多少参考にしているのかもしれません。

「林檎の木」
 3ヶ月前に妻のミッジが亡くなり、夫はある種の安心感を感じていました。生前のミッジは、口うるさく、受難者のような態度で夫の生活を不快なものにしていたのです。
 庭にある古い林檎の木に不快感を感じた夫は木を切り倒そうと考えますが、庭師のウィリスから、実が出来る可能性を考えて、それまで待つべきだと言われ、そのままにしておくことになります。
 木は実をつけるまでになりますが、木に対する不快感は止まらず、食べようとした実は腐ったようになっていました。林檎の木をめぐって、夫は庭師やメイドとも軋轢を起こしてしまうことになりますが…。
 ある日突然、蘇った林檎の古木をめぐって展開される気味の悪い物語です。神経を悩ませていた口うるさい妻が亡くなった後、木は夫にまるで妻を思わせるような不快感を与えるようになります。木をめぐって人と軋轢を起こし、ついには悲劇的な結末を迎えることになってしまうのです。
 林檎の木が、死んだ妻ミッジの生まれ変わりというか、化身というか、そうした存在として描かれているように読めるのですが、その実、それが全て主人公の妄想とも取れるようになっています。林檎の木から取った薪がまったく燃えなかったり、実がまともに食べられなかったりと、主人公には不快の塊として感じられるのですが、他の人間はそうは感じていないようで、そのあたり、妄想と取ることもできますね。
 古い林檎の木が、死んだ妻の象徴であるのははっきりしていますが、それに対するような形で登場する若木の方も、夫が過去に不倫一歩手前まで行った若い女性メイの象徴であるようです。
 後半ではメイもすでに死んでいることが明かされ、どちらの木も死者の象徴であるということになるのでしょうか。
 幽霊そのものは登場しないながらも、主人公を通して、その存在が感じさせられるという、異色のゴースト・ストーリーともなっています。

「番(つがい)」
 「あたし」は、湖のそばの掘っ立て小屋に住む変わり者の老人の様子をうかがっていました。彼は妻に対しては愛情深く、さらに男の子一人、女の子三人の子どもがいましたが、老人の方針らしく他人とは関わらせないようにさせていました。
 「あたし」は愛嬌のある下の女の子を「チビ」と秘かに名付けていました。老人の方針により、子どもたちは強制的に独り立ちさせられますが、不器用な男の子は母親の元に戻ってきてしまいます…。
 妻を愛する愛情深い男でありながら、独特の考え方を持つ老人。子どもたちとの関係をめぐる家族の軋轢を、第三者の視点から見つめるという物語なのですが、結末でそれらの印象が覆るという作品です。
 老人が他人と話そうとしないこと、子どもたちとも接触させないことなどから、人間嫌いの人物像を思い浮かべるのですが、それらが結末の伏線になっているのが上手いですね。
 邦題はダブルミーニングで付けられているのでしょうか。原題は The Old Man なのですが、こちらはこちらでいいタイトルです。

「裂けた時間」
 未亡人のミセス・エリスは、結婚以来の居心地の良い家に住み、寄宿学校に通う娘のスーザンを育てながら、満足のゆく生活を送っていました。ある日、料理婦のグレースに後を任せて出かけたミセス・エリスが戻ってみると、自宅の内部がいじられ、多数の人間が入り込んでいるのに驚きます。
 とっさに警察を連絡しますが、警察によると、何年も前からここはアパートであり、エリスなる人物は住んでいないというのです…。
 ある日自宅に帰ると、見知らぬ人間が複数入り込んでいるのに気付いた未亡人の奇妙な体験を描いた作品です。何人も知らない人間がおり、どうやら自宅がアパートに改装されているようなのです。出かけていた短時間でそんな改装ができるわけもなく、どうやら主人公は、別の世界か別の時間に紛れ込んでしまったのではないか、という疑いが発生してきます。
 友人の家が戦争で燃えてしまったこと、知り合いの医者が別の場所に移転したことなど、断片的な情報から、おそらく主人公は未来に来ているのではないかということが、読者には分かります。
 しかし、主人公は未来に来ているということも気付かず、終始不安な状態で時を過ごすという、不条理な味わいの作品になっています。成長した娘と出会いながらも、互いにそれと気付かない…というのも皮肉です。大人になった娘の姿が、嫌っていた義理の妹にそっくりであったり、孫息子が事態を理解していないながらも、本能的に祖母に親愛の情を示すなど、そのあたりも含めて、面白いところですね。
 未来をのぞき見ることになりながら、主人公がそれに気付かず、ただ不条理な世界に迷い込んだだけだという、ある意味非常にブラックな展開の作品です。未来の娘の生活が特に幸せだというわけでもなく、娘にとっても、死に別れた母親との再会とも認識できないなど、未来への転位が本当に偶然でしかない、というような冷徹な描き方も独特ですね。

「動機」
 ある日突然、夫のリボルバーで拳銃自殺を遂げたメアリー・ファーレン。夫のサー・ジョンとは相思相愛、子供も生まれる直前で、幸せの絶頂のはずの女性がなぜ突然命を絶ったのか? 医師は妊娠時の一時的な錯乱状態ではないかと話しますが、夫は納得できません。
 自殺の動機を知りたいと考えた夫は、私立探偵のブラックに調査を依頼することになりますが…。
 幸福だった既婚夫人が突如として命を絶ち、その動機を求めて私立探偵が女性の過去を探っていくという、いわゆる「巡礼形式」のサスペンス作品です。誰にでも優しく純真無垢な女性の過去に何があったのか? 探っていくうちに意外な真実が明らかになっていきます。
 女性の過去に何があったのかが分かるまでの過程も面白いのですが、女性の自殺の引き金を引いた直接の「動機」が判明する部分にはドキッとさせるものがありますね。さらに、それが分かった後も、女性の心中に何が訪れたのかは結局分からず謎を残す…という結末にも余韻があります。
 また、人々の欺瞞を暴き、調査を続けてきた冷徹な探偵が見せる、ちょっとした「優しさ」が描かれる部分にも味わいがありますね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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