だれにも言えない  パトリック・レドモンド『復讐の子』
4102153411復讐の子
パトリック レドモンド Patrick Redmond 高山 祥子
新潮社 2005-03

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 あまりにも強い愛情は、ときとして憎しみに変わることがあるのです。パトリック・レドモンド『復讐の子』(高山祥子訳 新潮文庫)は、ある少年と少女の、愛と憎しみを描いた物語。
 第二次大戦直後のイギリス、家族をすべて失ったアンナは、遠い親戚の家に居候になっていました。兵士だった男に捨てられ、幼くして母親になった彼女は、生まれた息子ロニーともども、肩身の狭い立場で暮らしています。ことあるごとに、ひどい扱いを受けながらも、息子ロニーの成長を見ることだけが、アンナの楽しみでした。
 ロニーは周りの人間に虐げられながらも、才能を発揮し、利発な美しい少年に成長してゆきます。礼儀正しく、温和なロニーは、しかし母親を傷つける者に対しては、激しい敵意を示します。一抹の不安を覚えながらも、アンナはロニーを溺愛します。
 ふとしたことから、裕福な老婦人ミセス・ペンブルックのところで働く機会を得たアンナは、後ろ髪を引かれる思いで、ロニーと離れて暮らすことになります。
 数年後、ペンブルック家の息子チャールズと結婚することになったアンナは、ようやくロニーを引き取ることになりますが、ロニーは母親に対する強い愛情ゆえに、チャールズに対してうち解けることができません。離れて暮らしていた数年の間に、ロニーの何かが変わったことにアンナは気づきながらも、その思いをうち払うように、ロニーに愛情をそそぎます。
 かわって一方、愛情深い両親に育てられたスーザンは、最愛の父親の死により、一転して厳しい立場に置かれます。経済的な困窮に加え、神経衰弱気味の母親は、精神のバランスを崩しかけていたのです。そこに現れた富裕な弁護士アンドリュー・ビショップは、スーザン母娘に、なにくれとなく親切に接します。やがて母親と結婚したアンドリューは、スーザンの義父となります。
 しかし、優しく愛情深いと思っていたアンドリューは、その真の姿を露わにします。まだ幼いスーザンに性的虐待をはたらくようになったのです!

 「また神経衰弱になる。前より悪いだろうな。もう立ち直れない。遠くに行ってしまって、おまえはもう二度とお母さんに会えない。それはおまえのせいなんだ。だからこれは秘密にしておこう、スージー。」

 幼いながらも気丈なスーザンは、真実を話せば母親が傷つく、というアンドリューの脅迫のために、それを誰にも話すことができません。
 自分が傷つくのは耐えられたスーザンも、やがて彼女の愛する従妹ジェニファーにも手をのばそうとするアンドリューに対し、憎悪の念がふくらむのを押さえることができなくなってゆきます。
 重い秘密を背負ったロニーとスーザン、やがて出会った二人は、自分たちが同じ種類の人間であると直感し、惹かれ合います。そして復讐が開始されるのです…。
 それぞれ逆境に置かれながらも、強い意志を持つ少年と少女の孤独な戦いを描く物語です。
 前半、ロニーとスーザンがそれぞれ、経済的に貧窮し、さらには周りの偏見や無理解と戦い続けるあたりは、わりとステレオタイプなお涙頂戴物語になっています。ロニーを厄介者扱いするヴェラ、スーザンを目の敵にするアリスなど、意地悪な敵役もたくさん登場するところも典型的です。
 ただし、本書がそれらの典型的な物語と異なるところは、主人公たちが単純に性善説を信じる善人ではないところです。周りの障害に負けないという強い意志とともに、他人に対する憎悪もまた育んでしまうのが、複雑なところです。ロニーに至っては、他人を傷つけるのも持さない、ということも暗示されます。
 盲目的な愛情を捧げる人物を守るために、秘密を明かすこともできないという主人公たちの心の葛藤が、いちばんの読みどころとなっています。ロニーの義父チャールズ、スーザンの友人シャーロットなど、良き理解者になれるはずの人物がそばにいながらも、彼らは秘密を抱え込み、飽くまで孤独に戦い続けようとします。そんな重荷を背負った二人が出会ってしまったとき、物語は変転を迎えるのです。
 互いの境遇が似たものであることを感じ取り、心を通わせるようになる二人。やがてそれはある計画に結実してゆくのですが、それは思わぬ展開を招くことになります。人を愛しすぎてしまったために起こる悲劇。結末の処理には納得できないところもあるのですが、愛情と憎悪の間を揺れ動く、少年少女の心理の綾は見事です。
 邦訳のあるもう一つの作品『霊応ゲーム』(早川書房)でもそうでしたが、心に悩みを抱えた思春期の少年少女を描かせると、この作者、抜群の腕を発揮するようです。
 前半のステレオタイプなメロドラマを裏切るかのような、後半の意外な展開もサスペンス豊か。深みのあるキャラクター、細やかな心理描写、そしてページを繰らせるリーダビリティ。何より物語として土台のしっかりとした佳作です。

テーマ:ブックレビュー - ジャンル:小説・文学

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