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それぞれの破局  ダフネ・デュ・モーリア『破局』

破局 (異色作家短篇集) (日本語) 単行本 – 2006/5/1


 ダフネ・デュ・モーリア『破局』(吉田誠一訳 早川書房)は、『レベッカ』で知られる作家デュ・モーリアの短篇集です。長篇がゴシック・ロマン風味が強いのに対して、短篇では心理サスペンス味、幻想味が強くなっていますね。

「アリバイ」
 ジェイムズ・フェントンは妻に内緒で、ある女性から、アトリエと称して部屋を又貸してもらいます。その女性アンナ・カウフマンは、オーストリア出身、夫に捨てられて息子と共に淋しく暮らす女性でした。
 最初は親子を行きずりの殺人の犠牲者として考えていたフェントンでしたが、画家のふりをして絵を描いているうちに、その作業が面白くなり、親子とも適度な距離でつきあうようになっていきます…。
 衝動的に殺人を犯そうと思い立ち、画家として部屋を借りる風を装った男が、そのうちに画にのめり込んでしまい、親子とも奇妙な関係ができてしまう、という物語です。
 通っているうちに、アンナは経済的だけでなく精神的にもフェントンに依存し始め、彼はそれを鬱陶しく思うようになっていきます。
 殺人を犯すつもりだというフェントンの決意がどこまで本気かも分からず、最終的に訪れる「破局」もフェントン自らの行為によるものかどうかも不明だという、何とも気色の悪いサイコ・スリラー作品になっています。
 フェントンは明らかに精神のバランスを崩している人物なのですが、相対するアンナやその息子も、違った意味で精神のバランスを崩しており、互いにどうなってしまうのか分からない、不穏な雰囲気の作品になっていますね。

「青いレンズ」
 視力を回復するための手術を受けたマーダ・ウェストは、手術後につけた仮の青いレンズで周りを見て驚きます。周囲の人間が皆、動物の顔をしているのです。
 猫や犬、牛など、動物のかぶりものをして自分をからかっているのだと思ったマーダですが、病院外の人物も動物の顔をしているのを見て、自分の目がおかしくなったことを悟ります。
 病室に現れた夫のジム、そして信頼して家にも来てもらいたいと話していたアンセル看護婦の顔もまた、ある動物の顔をしていました…。
 手術のせいか、レンズのせいか、ある日人間の顔が動物の顔に見えてしまうようになった女性を描く作品です。どうやらその人間の本質が、それを表す動物になって見えるようで、信頼していた夫や看護婦の顔を見て、主人公は裏切られたような思いに囚われてしまいます。
 結末のオチも意味深です。主人公の悲劇的な結末を暗示しているようで、気味が悪いですね。

「美少年」
 ヴェニスを訪れた古典学者の「わたし」は、カフェの給仕をしている美少年に魅了され、秘かに少年に「ガニメデ」の綽名を付けます。チップをはずんだり、仕事の斡旋を匂わせたりと、少年にいろいろと便宜を図る「わたし」でしたが、案に相違してガニメデは現代的な少年でした…。
 美少年に魅了された男が、彼に入れ込むものの、悲劇的な結末を迎えてしまうという物語なのですが、その展開の仕方が非常にブラック。理想の美を体現したと思った少年は意想外に俗っぽい性格であったり、軽蔑していたポン引きが少年の親戚であったり、少年の家族が無粋な人間たちであったりと、「わたし」の期待を裏切るような事実が次々に明らかになります。
 果ては悲劇的な結末に及ぶことになるのですが、それを従容として受け入れる「わたし」の心情が描かれる部分は、どこか〈奇妙な味〉が感じられますね。
 身も蓋もない取り方をすると「美少年をだしに詐欺にあった外国人観光客の話」なのですが、そこが妙に品格のある描かれ方をしているだけに、逆にブラック・ユーモアやシニカルさを感じ取ることもできます。

「皇女」
 ヨーロッパにある小国ロンダ公国は、風光明媚で純真な人々の住む土地として知られ、観光地としてもてはやされていました。ロンダの泉の水には人間の若さを保つ成分が含まれているとされ、その製法を知るのは公国の代々の大公とその後継者のみでした。大公とその妹の皇女は、その若さと美しさから、国民に愛されていました。
 しかし、美を破壊することに喜びを覚えるジャーナリストのマーコイと利益を求め続ける実業家グランドス、二人の男は、国民の嫉妬を掻き立て扇動することによって、ロンダに革命を起こしてしまいます…。
 二人の男の手引きにより、永遠の若さを保つ泉の水をめぐって嫉妬と羨望から革命が起こり、公国が滅んでしまうという物語です。既に革命が起こってしまった後にその歴史を振り返る、という体裁のお話になっています。
 皇族である大公や皇女は純真な人物で、扇動された民衆の反乱のなすがままになってしまいます。革命家の二人の男が悪質なのはもちろんなのですが、扇動される民衆たちも、嫉妬の念をかきたてられ利欲のままに動くという意味で、愚かな人間たちとして描かれています。
 皇女が、大公によって意に染まぬ扱いをされているというデマを信じた民衆が、皇女を救うという建前で革命を起こしておきながら、革命後は、彼女だけが知る永遠の若さの秘密を聞き出そうと拷問などを繰り返す、というのも救いがないですね。
 民衆や人々の愚かさを描いた寓話、といった作品でしょうか。マスコミによってデマを吹き込まれ扇動される民衆という、現実でも起こり得る可能性がある題材を扱っているだけに、ブラックでありながらも、リアリティのある物語といえます。

「荒れ野」
 話すことができず、知的にも問題のある少年ベンは、体罰を受けるなど両親からもろくな扱いをされていませんでした。親と共に荒れ野の家に移住したベンは、ある日荒れ野に現れた物乞いのような家族の一団を見かけ、食物を彼らに渡します。
 家族たちに惹かれたベンは、家を出て彼らについていくことにしますが…。
 両親から愛と理解を得られない少年が、別の家族に愛情を感じ取り、彼らについていくことにしますが、結局は捨てられてしまうという物語です。
 ベンがついていく家族たちについてはほとんど説明がされません。ジプシーのような存在なのですが、彼らのリーダーが力尽くで入れ替わるなど、動物的というか野性味あふれる存在として描かれていますね。
 庇護を求めた集団もまた、力で支配されてしまう団体で、しかも経済的には弱者であり、そこでも少年は愛を得ることができないのです。
 客観的にはかなりシビアで救いのない物語なのですが、どこか夢幻的な雰囲気で描かれるのも興味深いところです。主人公ベンが言葉を話せないこと、庇護を求める集団の人間たちが外国人らしく、言葉も通じないというのも合わせて、言葉によらないコミュニケーション・愛情を感じ取る…というあたりも、重要なテーマになっているようです。
 言葉を話せないということが、結末の伏線にもなっており、主人公の運命の悲劇性を際立たせています。

「あおがい」
 四十を過ぎた女性の「わたし」は、相手に尽くす性質であると自負していました。しかし、相手のことを考えて行動するものの、その結果はだいたいにおいて不幸な結末に終わるのです。「わたし」はその理由について悩みますが…。
 子供のころは両親、長じては夫、愛人の議員など、その時々の相手に尽くすことになりますが、いつも不幸な結末に終わってしまうという女性の独白で構成された作品です。
 主人公の「わたし」は、自分の利益のために他人に告げ口まがいのことを吹き込んで、相手を不幸に追い込んでしまうのですが、それが悪いことだと思っていません。夫も愛人もみな女性の悪質さに気付き離れていくのですが、なぜ人が自分から離れていくのかが最後まで分からない、という様子が皮肉たっぷりに描かれています。
 自分の性格が原因で、相手に不幸を呼んでいることに気付かないという、まさに「信頼できない語り手」であるところがポイントですね。
 タイトルの「あおがい」(原題は The Limpet でカサガイの意味)、英語の慣用表現では「しつこくしがみ付く人」の意味合いがあるそうで、相手のことを思っていると言いながら、相手に依存しようとする主人公の女性像とかけて付けられたタイトルと言えるでしょうか。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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