はかなさと強さと  イサベル・アジェンデ『精霊たちの家』
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精霊たちの家
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 チリの作家、イサベル・アジェンデの作品は、どれもファンタスティックな設定や風変わりなキャラクターを持っています。それにもかかわらず、飽くまで現実に立脚したリアリティに裏打ちされているのが強み。
 物語自体は空想的でありながら、現実の歴史や政治的な要素が強いのも特徴的です。処女作である『精霊たちの家』(木村栄一訳 国書刊行会)は、そんなアジェンデの特徴がよく表れた作品といえるでしょう。
 デル・バージェ家の娘であり、緑色の髪をした絶世の美女ローサと婚約したエステーバン・トゥルエバは、彼女にふさわしい財産を手に入れるために、鉱山で採掘にいそしんでいました。
 一方、ローサの妹クラーラは、精霊たちと話をしたり、予言をしたりする不思議な能力を持っていました。ある日クラーラは、自分の家に死人が出るだろうと予言します。そして、その予言は実現してしまうのですが、死者とは、なんとローサでした! ローサの遺体の解剖を目撃したクラーラは、ショックを受けます。

 沈黙の世界に入りこんだ彼女は、わたし、結婚するわ、と言うまで、それから九年間ひとことも口をきかなかった。

 ローサの死に絶望したトゥルエバは、農場の経営に熱中し、かなりの富を手に入れます。しかし、経済的な成功とは対照的に、彼の個人的な生活は放蕩無頼をきわめる一方でした。母親との死に際の約束から、結婚を決意したトゥルエバは、再びデル・バージェ家を訪れ、そこで美しく成長したクラーラと再会します。
 九年ぶりに口を開いたクラーラは、トゥルエバと結婚し、夫婦は宏壮な館で結婚生活を始めます。クラーラに惚れ込んだトゥルエバの放蕩も控えめになり、子供が生まれるにいたって、二人の生活は幸せなものになるかと思われました。
 しかし、彼女とその子供たちには数奇な運命が待ちかまえていたのです…。
 不思議な能力を持つクラーラと、その娘や孫たちの時代までを描く大河小説。デル・バージェ家、およびトゥルエバ家の人間を描くとともに、変わりゆくチリ社会そのものをも描こうとする、壮大なスケールの物語です。
 登場人物たちは、みなアジェンデ自身の家族をモデルにしたということなのですが、どのキャラクターも非常に魅力的です。そして、デル・バージェ家、およびトゥルエバ家の人間が、これまたどれも風変わりな人間なのが興味を惹きます。
 自己中心的で傲慢なトゥルエバ、恋に生きるクラーラの娘ブランカ、極端なまでの愛他主義者であるクラーラの息子ハイメ、放埒な生活から一転して宗教的な情熱に取り憑かれるハイメの双子の弟ニコラスなど、どの人物もオリジナリティあふれるキャラクターになっています。
 そして、その中でも、ひときわ輝いているのがクラーラです。神秘的な能力を持ち、すべてを見通すかのような落ちついた眼差し。屋敷や家族を見守り続ける、慈母のごとき彼女のキャラクターは、ひときわ物語を彩り深いものにしています。
 作者が女性だから、というわけでもないのでしょうが、基本的には女性のキャラクターに対して、筆が多く割かれています。クラーラ、その娘ブランカ、孫娘アルバの三人が中心になって物語が語られていきます。
 ストーリーの方も、変わったキャラクターに負けず劣らず、奇想天外なエピソードがつぎつぎとあらわれ、全く飽きさせません。ことに前半のクラーラの結婚前のエピソードや、美女ローサにまつわるエピソードなどは、ファンタスティックな出来事が目白押しで楽しめます。
 物語の前半が、非常にファンタスティックな色調が強いのに対して、後半に至ると、物語は現実的・政治的な要素を強めていきます。舞台となるチリ社会が騒然となってくるのに従い、登場人物たちもその社会に積極的にかかわるようになってくるのです。
 議員となったトゥルエバ、医者になったハイメ、政治活動家の青年に恋してしまったアルバなど、彼らはいやおうなく社会の動乱に巻き込まれてしまいます。
 アルバに至っては、政治的な活動にかかわったために投獄され、拷問までされてしまいます。そのあたりの現実的な描写はかなり精細で、ショッキングです。
 これに限らず、性描写や残酷描写などが、ぼかされずに、はっきりと描かれるのが目立ちます。それだけでなく、作品中には、貧しい農民の実態、差別される女性、残虐な軍隊など、現実の矛盾をかなりどぎつく描いた部分も散見されます。しかしそうした現実世界の不条理を告発するのがこの作品の主眼ではありません。あくまで物語のなかに、空想的な部分と現実的な部分が矛盾なく同居しているところが、この作品の驚くべきところだといえるでしょう。
 あと目に付くのは、作品の語りの部分。物語冒頭にクラーラがノートに文章をしたためている、ということが示されます。これは後世の人間がクラーラの手記を読んでいるという構成なのか、と思いきや、途中にいきなり老人となったトゥルエバと思しい男の一人称が突然はさまれたりします。
 結末で、その語りの秘密も明らかになります。語られてきた物語そのものが、ある登場人物の人生を支えてきたものであることが明かされるのです。そして、冒頭へとループする最後の文章を読んだとき、あなたは感銘を受けずにはいられないはず。
 人生の美しさと残酷さ、はかなさと強さとが同居した、驚異的な傑作です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
マジックリアリズムって言うんだっけ?
アジェンデは「エバ・ルーナ」を読んで以来、ファンなのです。
この作品が書かれた背景などは「パウラ」に詳しく描かれています。
「パウラ」はアジェンデの半生をつづったものですが、リアルでありながら物語のようにドラマチックです。
南米の小説を読むと独特の風土を感じますよね。
【2006/07/24 22:35】 URL | くろにゃんこ #Rr/PoIDc [ 編集]

南米の作品
僕も最初に読んだアジェンデは『エバ・ルーナ』です。あの作品もけっこう政治的な要素が強くなっていたような気がしますが、それにもかかわらず、面白く読み終えました。
『精霊たちの家』は、処女作だけあって、ちょっと硬いところが目に付きますが、読み進める内にやめられなくなりましたね。
南米の小説、いわゆる「マジック・リアリズム」系の小説はけっこう好きです。日常風景の中に突然奇妙な出来事が起こる…というものですね。それだけをとるなら、モダンホラーなんかもそうなんですが「マジック・リアリズム」の場合、その奇妙な出来事が平然と起こっているところに特色があるように思います。その点『精霊たちの家』もところどころに現れるファンタスティックな出来事が非常に魅力的でした。
『パウラ』は未読ですが、いずれ読みたいと思っております。
【2006/07/25 19:21】 URL | kazuou #- [ 編集]


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精霊たちの家 イサベル・アジェンデ

私がラテンアメリカ文学と出会ったのは、19歳のときでした。ある図書館の片隅からフェンテス「アウラ」を借り出しました。しかし、読むのには早すぎたのでしょう、そのころはピンときませんでした。何しろそのころは、栗本薫やキングにどっぷりはまっていた時期で、ミーハ くろにゃんこの読書日記【2006/07/24 22:27】

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kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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