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それぞれの人生  恒川光太郎『真夜中のたずねびと』

真夜中のたずねびと (日本語) 単行本 – 2020/9/16


 恒川光太郎の短篇集『真夜中のたずねびと』(新潮社)は、特殊な状況下に置かれた人間たちの独自の心理が描かれる、味わい深い作品集。全体にサイコ・スリラー味の強いのが特徴でしょうか。

 孤児になった少女が詐欺を働く老婆と暮らすことになる「ずっと昔、あなたと二人で」、殺人鬼の父親とそれに依存する母親に育てられた息子の物語「母の肖像」、弟が殺人を犯したことから一家が離散してしまうという「やがて夕暮れが夜に」、ひき逃げをした青年が贖罪のために遺族を影から援助しようと考える「さまよえる絵描きが、森へ」、成り行きから死体を埋めにきた女を手伝うことになってしまった男を描く「真夜中の秘密」を収録しています。
 特に印象に残ったのは「母の肖像」「さまよえる絵描きが、森へ」でしょうか。

 「母の肖像」は、殺人鬼の父親とそれに依存する母親の間に生まれた息子を主人公にした物語。父親に殺されそうになった母親を助けようとして警察に連絡した結果、父は逃亡、薬物使用の罪で母は逮捕されてしまいます。
大人になり一人で生計を立てていた息子のもとへ、人探し請負の女性を通して、母から会いたいという連絡を受けます…。
連続殺人鬼という父親ではなく、その妻である母親にスポットをあてた、ユニークな作品になっています。モラルに欠け怠惰な母親と、正義感の強い息子との、かみ合わない親子関係が描かれていて、興味深いですね。

 「さまよえる絵描きが、森へ」では、資産家の父親と芸能人の母親に何不自由なく育てられた男の人生が描かれます。何事かをなしたいと考えるものの、やりたい仕事を見つけることもできなかった男が出会ったのはボランティアの仕事でした。しかし借りた車を運転中に、親子をはねてしまい、そのままひき逃げをしてしまいます。轢いた家族の夫が死んだことを知った男は、その妻と娘に何らかの贖罪をしたいと考え、姿を変えては彼らの周辺に現れることになりますが…。
 贖罪をしたいという男の願いとは裏腹に、自分の芯を持ち、余計な援助を拒否する妻と娘。報われない男の気持ちは一方的に膨らんでいく…という物語です。
 この男の物語が直接語られるのではなく、知り合った別の男へメールの形で語られる…という趣向も面白いです。男が二重人格ではないのかとか、本当に生きているのかなど、真相がかすんでいくような語り口になっており、読んだ人によっていろいろな感想が上がりそうな、懐の広い作品になっています。

 明確に超自然現象が起こる「ずっと昔、あなたと二人で」のような例もあるのですが、ほかの作品ではそれほど超自然的な要素は目立たず、全体の感触としては「異常心理小説集」といった趣の作品集になっていますね。
 ただそこは恒川光太郎、登場人物の心の動きが独特で、前に見たことのあるようなシチュエーションでも、独自の味わいが生まれています。
 巻末の「真夜中の秘密」は、そういう意味でも面白いです。死体を埋めにきた女に出くわしてしまった男の物語なのですが、最初は正義感から自首を進めるものの、そのうち女に共感して、行動を共にするようになってしまうのです。
 しかもその女が本当に生きているのか死んでいるのか分からなくなる…というあたり、幻想小説味も濃厚で、異色の味わいになっていますね。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
「真夜中のたずねびと」読みました。
 この作者の話は、良い意味で予想がつかない所がいいと思います。
一筋縄ではいきませんね。

 「ずっと昔、あなたと二人で」は、非常に切なくなりました。 
「さまよえる絵描きが、森へ」は、多重人格(と思しき人)の描き方としては、
非常に良かったと思います。
多重人格とSNSは、相性が良いのかもしれませんね。

 本年も宜しくお願い致します。
【2021/01/05 22:21】 URL | bear13 #- [ 編集]

>bear13さん
恒川光太郎の作品、思いもかけない展開をするのが魅力的ですよね。「さまよえる絵描きが、森へ」や「真夜中の秘密」のストーリー展開の仕方にはびっくりします。
多重人格とSNS(広義のネット環境といってもいいでしょうか)の相性は確かにいいかもしれません。

今年もよろしくお願いしますね。
【2021/01/05 22:34】 URL | kazuou #- [ 編集]


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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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