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運命と神秘  コーネル・ウールリッチ『今夜の私は危険よ ウールリッチ幻想小説集』

今夜の私は危険よ―ウールリッチ幻想小説集 (ハヤカワ・ミステリ 1422) (日本語) 新書 – 1983/11/1


 コーネル・ウールリッチ『今夜の私は危険よ ウールリッチ幻想小説集』(C・G・ウォー、M・H・グリーンバーグ編 高橋豊訳 ハヤカワ・ミステリ)は、サスペンスの巨匠ウールリッチの怪奇幻想小説を集めた作品集です。

「魅せられた死」
 ある夜、警察署の前に現れた若い女性アン・ブリッジズ。彼女は大富豪ジョン・T・ブリッジズの姪であり、相続人でした。叔父のジョンは、メイドのエレンを通じて知った千里眼の持ち主トンプキンズから死を予告されて、パニック状態になっているというのです。しかもその予告の日は数日後に迫っていました。事件に犯罪性を見て取ったマックマヌス警部は、部下に命じて周辺を調査させることにします。さらに、部下の一人でまだ若いトム・シェーンを、ブリッジズとアンの警備につけることにしますが…。
 その言葉がことごとく実現するという千里眼の男から、死の予言を受けた富豪とその姪を守るために、刑事たちが奔走するという、幻想的なサスペンス作品です。
 調査の結果、周辺にいくつかの犯罪らしきものや事件などが見つかるものの、「死の運命」自体はそれらとは別個に動いており、止めることができないのです。
 長篇『夜は千の目を持つ』の原型となった作品で、基本的なストーリーはだいたい同じなのですが、短い分、スピーディであるのと、長篇よりも幻想小説的な要素が強くなっていますね。
 長篇ではかなり強調されていた、ヒロインと刑事とのロマンス的な部分がほとんどないことや、派遣された各刑事がさまざまな方面から事件を調査するパートが短いことなど、全体に長篇に比べ説明的な部分が少ないので、事件の神秘性が強まっており、その分、幻想小説的な香りが強くなっています。
 予言者トンプキンズに関しても、その人間性に対してあまり描写がされないため、得体の知れなさが強くなっていますね。避けられない「死の予告」が訪れる怪奇幻想小説といってもよい作品で、個人的にはホラー映画『ファイナル・デスティネーション』を思い出したりもしました。

「今夜の私は危険よ」
 ある夜、ファッションデザイナーのマルドナード夫人のもとを訪れた悪魔のような男。彼は赤と黒で出来た得体の知れない布を持ち込み、彼女にそれでドレスを作るように言ったというのです。布に触った途端に、極端な殺意を覚えるのを感じた秘書は、恐怖感から辞職を決意します。
 布に魅了されてしまったマルドナードはドレスを作り、それに<今夜の私は危険よ>と名付けます。その後、そのドレスを着た女性はことごとく、殺人も躊躇わない残酷な人間に変貌していくことになりますが…。
 それを着ると、残酷で邪悪な正確に変貌してしまうという悪魔のドレスを扱った怪奇サスペンス作品です。恋人を思う愛情深いファッションモデルや、夫を愛する貞淑な主婦など、正常であった女性がそのドレスによって変貌し、密告、陰謀、果ては殺人までを躊躇いなく実行することになります。
 短いエピソードが連なった連作中篇となっていて、ドレスを着た女性たちが、悲劇的な運命に見舞われる様が描かれていきます。
 それぞれのエピソードを貫く背景として、最初のドレスの犠牲者となるモデルの女性ミミの愛人である犯罪者ベルデンと、彼に弟を殺され復讐に燃えるFBIの職員フィッシャーの追跡劇が描かれています。ドレスのせいでベルデンにしてやられてしまうフィッシャーが、彼を捕えて復讐を成就できるのか…というところも読みどころですね。
 ドレスのもとを渡しているのは、明らかに「悪魔」なのですが、彼は序盤に現れるだけで、あくまで、ドレスをめぐって人間同士の争いが描かれていくところが特徴です。犯罪組織や犯罪者との争いも派手に描かれており、楽しめる作品となっています。

「コブラの接吻」
 インドから新妻を連れ帰った義父が、家族に引き合わせようと、山荘に娘のメアリー夫妻と息子ヴィンを呼び寄せます。しかし新妻ベーダに会ったメアリーの夫の「わたし」は嫌悪感を抱きます。異様な言動や蛇を思わせる彼女の動きに不気味なものを感じる「わたし」でしたが、その直後に義父が身体をどす黒く変色させて急死してしまいます…。
 インドからやってきたという魔性の新妻を描く怪奇小説です。彼女が殺人を行ったのはほぼ間違いないものの、その手段がなかなか分かりません。怪奇・猟奇ムードたっぷりなものの、殺人手段はあくまで現実的な形で実行されていきます。
 その手段がユニークであるのと、魔性の女ベーダの気色悪さにはインパクトがありますね。

「ジェーン・ブラウンの体」
 飛行機の墜落事故で人里離れた場所に取り残されたパイロットのオショーネシーは、近くに屋敷を見つけて助けを求めます。現れた娘ノーヴァの美しさに魅了されたオショーネシーは、彼女の世間知らずさに驚きます。
 父親であるというドクター・デンホルトに閉じ込められ注射をされているということを聞いたオショーネシーは、ノーヴァを連れて駆け落ちをしてしまいます。デンホルトは、彼のもとを離れてノーヴァは生きられないと話しますが、オショーネシーは聞く耳を持ちません。
 幸せな新婚生活を始めたオショーネシーとノーヴァでしたが、やがてノーヴァの体に異変が起き始めます…。
 美しい容姿を持ちながらも、その精神的な年齢は低く、世間一般の知識に欠けている娘ノーヴァ。彼女が受けていた治療とはいったい何だったのか? その秘密が明かされたとき、悲劇的な結末が訪れるという怪奇ロマンス作品です。
 ノーヴァの体の秘密と同時に、彼女の失われた過去に関わる人物たちが現れ、さらに悲劇的な結末に流れ込むことになります。そんな中でも、恋人たちの愛は変わらない…という純愛が描かれる部分も魅力的ですね。

「だれかの衣裳-だれかの人生」
 ギャンブル狂の伯爵夫人は、それが災いして破産の一歩手前まで追い込まれていました。千里眼師に相談したところ、人生の全てを変えなければならないとアドバイスを受けます。ある夜、夫人は、カジノの帰りに岩山のてっぺんから身投げする女を目撃します。
 女の脱いだ衣服を身につけた伯爵夫人は、死んだ女ポールに成り切り、彼女の人生を代わりに生きることになりますが…。
 ギャンブル狂の伯爵夫人が他人の衣服を身につけることによって、その女の人生を代わりに生きることになるという、幻想的な作品です。しかしその女ポールもまた夫と愛しあってはいるものの、経済的な苦境から意に染まない職業に手を染めており、そのことが原因で身投げをしていたのです。
 やがて代わりの人生もまた、悲劇的な結末を迎えることになってしまいます。
戯曲形式で描かれているのもユニークな作品ですね。人物名が「伯爵夫人」と書かれていたのが、途中から「ルーレット狂」と変わるところなども、シニカルで気が効いています。
 悲劇的な状況に追い込まれた元伯爵夫人が迎える結末が序盤に「ループ」する趣向なども含めて、全体に象徴的・幻想的な作品になっています。

 解説は、F・M・ネヴィンズJrとB・N・マルツバーグによるもので、どちらも読み応えがあります。ネヴィンズJrの方は、ウールリッチの人生と作品を簡便にまとめたもので、マルツバーグの方は、ウールリッチの作家論といった感じの文章になっています。
 マルツバーグの解説では、ウールリッチの怪奇作品は、彼にとっての異色作品というわけではなく、本質的に「神秘」や「妄想」を主調とする彼の作品にあっては、他の作品を含めて、それらがみな同質の作品ではないか、という意見が述べられていました。なるほどと頷ける意見ではありますね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
著作リストが凄い量に。
怪奇系の短編も読み応えありそうです。白亜書房のコーネル・ウールリッチ傑作短編集は渋く格調高い装丁と著作リスト、有名作家の寄稿があり大好きです。
【2020/11/22 12:27】 URL | 奈良の亀母 #- [ 編集]


ウールリッチ、怪奇幻想系の作品も傑作が多いですね。白亜書房の選集は今はプレミアがついてしまっていますが、内容・造本ともに上質な傑作集だと思います。
【2020/11/23 14:20】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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