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欺いた男  ウィリアム・ヒョーツバーグ『堕ちる天使』

堕ちる天使 (ハヤカワ文庫NV) (日本語) 文庫 – 1981/2/1


 ウィリアム・ヒョーツバーグの長篇『堕ちる天使』(佐和誠訳 ハヤカワ文庫NV)は、戦前に活躍した歌手の捜索を依頼された私立探偵が、その過程で黒魔術や悪魔崇拝に巻き込まれていくという、オカルト・ハードボイルド作品です。

 1959年、ニューヨークの私立探偵ハリー・エンジェルは、資産家らしいルイ・シフレなる男から、ある男の行方を突き止めてほしいと依頼されます。男の名はジョニー・フェイヴァリット、戦前に一世を風靡しながらも行方知れずになった歌手でした。かってジョニーのパトロンだったというシフレは、彼に貸しがあることを仄めかします。シフレによれば、ジョニーは大戦中に負傷して記憶を失い、ニューヨーク郊外の病院に入院しているというのです。
 病院に向かったエンジェルは、担当医師のファウラーから、ジョニーは戦後すぐに不審な二人組の男女によって病院を連れ出されたということを聞きます。しかしその直後、ファウラーは自殺を思わせる状況で変死してしまいます。
 かってジョニーの恋人だったという海運王イーサン・クルーズマークの娘マーガレット、愛人だったというヴードゥーの巫女イヴァンジリン、ジョニーの行方を求めて二人に接触しようとするエンジェルでしたが、それぞれの事情があり果たせません。イヴァンジリンの美しい娘イピファニーと出会ったエンジェルは、彼女に惹かれていきます。
 捜査の過程でエンジェルは、占星術師、ヴードゥー教の信者、悪魔崇拝者などに出会い、ジョニーもまた怪しげな世界に足を踏み入れていたことを知ることになりますが…。

 かっての人気歌手の捜索を依頼された私立探偵エンジェルが、その過程で占星術や黒魔術などの世界に巻き込まれていくことになるというオカルト小説です。作品全体が、私立探偵を主人公としたハードボイルドの体裁で描かれていくのが特徴で、出てくる物事や人々はオカルティックでありながら、作品の作り自体は、ほぼ最後までまっとうなハードボイルド小説になっています。

 主人公エンジェルはタフで傲慢、女好きと、いかにもハードボイルド的な私立探偵として描かれています。いささか強引な手段を使って捜査を進めるエンジェルですが、その間にも関係者が次々と殺されていってしまいます。
 これはジョニーが首を突っ込んでいたという黒魔術や悪魔崇拝の影響なのか? 次々と起こる殺人事件が誰の仕業なのか、そもそもそれが人間の仕業なのか超自然的なものの仕業なのか、というところも読みどころでしょうか。
 ヴードゥーの儀式や黒魔術、悪魔崇拝の現場など、描かれるオカルト的背景もかなりリアルで読み応えがありますね。
 捜査を進めても一向に見えてこないジョニーの行方、そしてエンジェル自身にも不確かな過去があることが徐々に判明していきます。そして依頼者であるルイ・シフレの目的とその正体とは?

 オカルト的なアイディアが、しっかりと謎解きに結びついています。超自然的な要素が使われるとはいえ、そのミステリ的な構造自体の完成度は非常に高いです。
 道具立てはオカルティックですが、結末寸前までまっとうなハードボイルド作品として進んでいた作品が、結末で反転する仕掛けには、初読の読者は驚くのではないでしょうか。それまでの怪しげで不条理な出来事の数々が、かちっとはまる結末には、ある種の爽快感がありますね。
 訳文にちょっと癖があり(原文もそうなのかもしれないですが)、多少の読みにくさはあるのですが、それを差し引いても、モダンホラーの秀作といって良い作品かと思います。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

映画版はミッキー・ロークとデニーロが出ていたのを覚えています。
【2020/11/15 16:38】 URL | マルケス #rO1fTtJQ [ 編集]

>マルケスさん
豪華キャストでしたし、CMもばんばん流れていて、大作扱いのようだったのを憶えていますね。
【2020/11/15 18:38】 URL | kazuou #- [ 編集]

茹で玉子を食べる度にシフレ様の姿が浮かんでしまいます。
最後の方は絶望しかないと分かっていてもページを捲る手が止まりませんでした。イピファニーとの逢瀬が美しく幸せな分、叩き落とされる。先日出た「ナイトメア・アリー」も一人の青年が転落していく物語で、絶望の深さが似通っていると感じました。無事に映画化されますように。
【2020/11/16 18:16】 URL | 奈良の亀母 #- [ 編集]

>奈良の亀母さん
完成度が高い作品ですよね。悲劇を予想させながらも、様式美のある作品だと思いました。
「ナイトメア・アリー」も積んでるのですが、なかなかの作品のようで楽しみです。
【2020/11/16 19:02】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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