FC2ブログ
ある悲劇  マーティン・シェンク『小さな暗い場所』

小さな暗い場所 (扶桑社ミステリー) (日本語) 文庫 – 1999/8/1


 マーティン・シェンクの長篇『小さな暗い場所』(近藤純夫訳 扶桑社ミステリー)は、経済的に追い詰められた家族が思いついたある出来事が、町全体に惨劇をもたらしてしまうというホラー作品です。

 カンザスの小さな町ウィッシュボーン、かってはフットボールの名選手と学校の女王としてそれぞれ輝いていたピーターとサンドラのワイリー夫妻。二人の間に子供が出来てしまったことから、彼らは結婚し農場で生計を立てることになります。
 息子のウィルと娘のアンドロメダ、子供には恵まれたものの、生活は一向に楽にならず、とうとう農場を抵当に取られて追い出されてしまいます。
 サンドラは、テレビで知ったという、ベイビー・カーロッタ事件のことをピーターに話します。子供が古井戸に落ちたというその事件では、子供に同情した人々から大量の義援金が集まったというのです。
 同じ事をすれば、自分たちにもお金が集まるのではないか。サンドラは、息子のウィルならば落とし穴に落ちても耐えられると考え、夫にその計画を勧めます。逡巡するものの、ピーターも結局その計画に賛同し、ウィルを上手く誘導して落とし穴に落とそうとしますが、誤って娘のアンドロメダが落ち込んでしまいます。
 幼い頃から暗闇を極端に恐れていたアンドロメダは、肉体的のみならず、精神的にも追い詰められてしまいます。
 通報を受けた町の人間たちは、子供を救出しようと手を尽くしますが、なかなか上手くいきません。やがてテレビ局の報道によって、その救出作業は全国に放映されることになりますが…。

 ストーリーが大きく二つに分かれている作品です。
 前半は上記の通り、大金をせしめようと考えた夫婦が間違って幼い娘を穴に落としてしまい、その救出作業が描かれていきます。かっては美男美女カップルとして羨望の念を抱かれていた夫婦が、経済的にどん底に陥り、やがて子供をだしにするような下劣な真似をするまでに追い詰められていくという転落ぶりがブラックな筆致で描かれると同時に、多数の人々が関わる救出計画が上手くいくのか、というパニック小説的な面白さもありますね。
 家族が住む農場の地下に異様なところがあること、穴に落ち込んだアンドロメダが何らかの超自然的な影響を受けている節がある、という思わせぶりな描写があるものの、前半はあくまでクライム・サスペンス風に物語が進みます。

 後半はうって変わって、超自然味が前面に出てくるのが特徴です。町を離れていたアンドロメダが成長し美女となって帰郷する(結局救出作業は成功するのです)のですが、彼女が町に惨劇を引き起こす…という、モダンホラー風味のお話になっています。
 この後半が圧巻で、前半とは打って変わって、超自然的な現象、不自然な事故、大量の死人が発生するのみならず、クライマックスでは町が壊滅するほどのカタストロフが訪れることになります。
 妖艶な美女となったアンドロメダが、その超自然的な力を使って、人々を狂わせていくという、「魔性の女」テーマ的な味わいも強いのですが、彼女がなぜそうした行為を働くのか?という理由が明かされる結末には、強烈なインパクトがありますね。

 前半と後半の物語のトーンが全く異なっており、読んでいて驚かされてしまうのですが、前半の内容が後半の物語の長い伏線ともなっており、その意味で後半の爆発力が凄い作品になっています。
 前半では、子供が犠牲となる詐欺計画が描かれるのみならず、破綻寸前の夫婦仲や経済的な苦境など、苦い現実がネチネチと描かれるため、不快感が強いパートになっており、そこで読むのを止めてしまう読者もいそうです。
 ただ、後半になってからの展開が非常に魅力的なホラーになっているので、後半に入るまでは読み続けてほしい作品ですね。
 作者のマーティン・シェンク、邦訳はおそらくこれ一作きりで、日本での知名度もあまりないと思うのですが、これはモダンホラーの隠れた名作の一つといっていいかと思います。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kimyo.blog50.fc2.com/tb.php/1194-44845e5a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する