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血のグランド・ツアー  トム・ホランド〈ヴァンパイア奇譚〉
 トム・ホランドによる〈ヴァンパイア奇譚〉は、過去の時代の実在の人物を多数登場させ、史実を微妙にずらして描かれる歴史伝奇ホラー小説シリーズ。
 物語そのものの面白さもさることながら、登場人物たちが実際の歴史とどう関わってくるのか、といった部分も興味深いシリーズになっています。


真紅の呪縛―ヴァンパイア奇譚 (ハヤカワ文庫NV) (日本語) 文庫 – 1997/9/1


トム・ホランド『真紅の呪縛 ヴァンパイア奇譚』(松下祥子訳 ハヤカワ文庫NV)

 かって詩人バイロンの失われた回想録の写しを求めて行方不明になった母親。娘のレベッカ・カーヴィルはその回想録が、ルースヴェン卿の所有になる礼拝堂にあることを知り、そこを訪れます。そこで彼女が目にしたのは、若さと美しさを保ったままのバイロンその人でした。
 吸血鬼になり数百年を生き延びてきたというバイロンは、その人生を語り始めます。
親友のホブハウスと共にヨーロッパ大陸旅行に出たバイロンは、トルコ支配下のギリシャで奴隷の少女ヘイデと恋に落ちます。彼女はアルバニアの領主ヴァケル・パシャに囚われていました。
 ヘイデと駆け落ち同然で逃げ出したバイロンは、ヴァケル・パシャに捕まってしまいます。彼は千年以上を生きる強力な力を持つ吸血鬼だったのです。パシャによりバイロンは吸血鬼にされてしまいますが…。

 バイロンの回想録を求めていた女性が、吸血鬼となったバイロンその人に出会い、彼から直接その人生を聞かされるという物語です。主人公が実在の人物バイロンということで、史実を基にしながらも、ところどころでフィクションならではの肉付けをしている作品です。
 旅行中に吸血鬼にされてしまったバイロンが、その身につけた強大な力を使って、人々を魅了し支配していくという様が描かれていきます。直接人の血を吸う以外にも、その目の力で人間を支配したり、夢の中に入り込んで操る、ということまでも可能なのです。
 吸血鬼にされるまでのパートでは、ヴァケル・パシャが最大の敵なのですが、吸血鬼になってからはその強大な力もあって、人間はおろか他の吸血鬼も寄せ付ず、敵なしという感じになります。ですが、吸血鬼になった者の宿命的な秘密がやがて明らかになり、後半では、そのせいでバイロンは苦悩することにもなるのです。

 友人の詩人パーシー・シェリー、シェリーのパートナーであり『フランケンシュタイン』の作者メアリ・シェリー、バイロンの侍医であり、小説「吸血鬼」の作者としても知られるジョン・ポリドリといった、実在の人物も登場します。特にシェリーとポリドリに関しては、物語上重要な役割を果たすキャラクターとなっています。
 シェリーは、バイロンの精神的な友人であり、彼を吸血鬼にして仲間にしたいというバイロンの思惑などが描かれます。ポリドリに関しては、バイロンを崇拝しながらも愛憎半ばする特異なキャラとして描かれていますね。

 この作品で描かれる吸血鬼は「ヴァルドゥラカ」と呼ばれています。ゾンビのように自分の意思をろくに持たない吸血鬼から、バイロンやヴァケル・パシャのように強力な支配力を持つ吸血鬼まで、様々な吸血鬼が登場しています。
 基本的に吸血鬼は太陽の光が苦手なのですが、バイロンのように強い力を持つ者になると、問題なく昼でも行動できたりします。また血を飲まなくても数ヶ月生きられたり、再生能力があったりと、いろいろ独自の設定がなされています。

 吸血鬼となったバイロンという、貴族的なキャラクターを主人公にしているだけに、耽美的なお話になっていると想像する人もいるかと思います。実際そういう面もあるのですが、スプラッターシーンやグロテスクなシーンもあったりと、全体としてはかなり極彩色の物語となっています。
 ギリシャや東欧、後にはイタリア、イギリスなど、物語の舞台がヨーロッパの各地を移動していて、そういう意味での異国情緒が感じられるところも面白いですね。特に序盤、バイロンが吸血鬼になるまでが描かれる東欧を舞台にした部分では、エキゾチックな香りが強いです。
 バイロンの語りを聞くことになるヒロイン、レベッカは、最初と最後以外は、もっぱらバイロンの話に合いの手を挟むだけにとどまり、それほど活躍するシーンはないのですが、レベッカの行方不明の母親はどうなったのか? レベッカの祖先は誰なのか? といった謎もあり、そのあたりも面白いですね。
 伝奇ホラーとして非常に面白い作品になっています。



渇きの女王―ヴァンパイア奇譚 (ハヤカワ文庫NV) (日本語) 文庫 – 1997/11/1


トム・ホランド『渇きの女王 ヴァンパイア奇譚』(奥村章子訳 ハヤカワ文庫NV)。

 血液学を研究する医師エリオットは、吸血鬼伝説が囁かれるインド国境の土地カーリークシュートラで、英国軍人ムアフィールド率いる部隊と行動を共にすることになります。そこで恐るべき体験をしたエリオットは、命からがらイギリスに帰国することになります。ロンドンで診療所を開いたエリオットは、親友の一人アーサー・ルースヴェンが血を抜かれた状態で死んでいたことを知ります。またもう一人の友人ジョージ・モーバリーが失踪し、その夫人から彼の行方について調べてほしいと相談を持ちかけられます。
 友人たちが、共にインドに関わる仕事をしていたということから、インドにその原因があるのではないかとエリオットは推測します。調査をするうちに浮かび上がってきたのは、異国からやってきたという美貌のある女性の存在でした…。

 吸血鬼になったバイロンを主人公にした『真紅の呪縛』の続編ですが、19世紀、ヴィクトリア朝ロンドンを舞台にした、独立した吸血鬼作品になっています。
 前作同様、実在の有名人たちがたくさん登場するのが特徴です。ブラム・ストーカー、オスカー・ワイルド、前作からは引き続きバイロン、ポリドリなど。とくにブラム・ストーカーは、主人公エリオットの助手的な立場の人物として、メインで活躍するキャラクターとなっています。『ドラキュラ』と『シャーロック・ホームズ』のオマージュ的な
構成になっているのも面白いところです。主人公エリオットがホームズ、ブラム・ストーカーがワトソン的な役として割り当てられていますね。
 ホームズばりにエリオットが他人の身分を推測するシーンがあったり、実際にエリオットが『シャーロック・ホームズ』の小説を読むシーンなどもあります。
 また『ドラキュラ』に関しては、小説の形式が『ドラキュラ』風の書簡や手記で構成されているとことや、吸血鬼と戦うエリオットの物語自体が『ドラキュラ』の物語をなぞっていること、さらに言うなら登場人物の名前も『ドラキュラ』の登場人物をもじっているなど、かなり意識的にオマージュとして作られているようです。
 『ドラキュラ』『ホームズ』といった文学的パロディ要素が強い作品ではありながら、物語はオリジナルとして非常に面白いです。プロローグとして語られる、ロシア兵と現地の吸血鬼たちとの戦い、ロンドンでの吸血鬼たちとの戦いなど、前作よりアクション要素も強くなっています。

 主人公エリオットや助手となるブラム・ストーカーが、友人やその家族を襲う吸血鬼を倒そうといろいろ調査を進めますが、その黒幕には強大な存在がいることが明らかになっていきます。
 さらに前作から登場するバイロンの目的、そして彼を陥れようと画策するポリドリなど、敵方の陣営も一枚岩ではありません。敵だと思っていた人物がそうでなかったり、味方だと思っていた人物から裏切られたりと、その展開も波乱万丈。正義の側だと思っていた主人公エリオットの「堕落」も描かれるなど、単純な勧善懲悪には終わらない物語には魅力がありますね。
 主人公エリオットが血液を専門とする医師だけに、吸血鬼を科学的に探求するシーンもあります。そのあたり、伝奇的な物語のカラーと合わせても面白い趣向になっています。そして「医師」という主人公の職業が、結末での伏線にもなっているのも面白いところです。

 前作とはいちおう独立しているので、こちらの作品から読んでも楽しめる作品にはなっています。ただ前作を読んでいると、わりと序盤から登場するバイロンが、主人公の味方なのか敵なのか最後の方になるまでわからなかったり、暗躍するポリドリが何を企んでいるのかなど、続編ならではのサスペンスもありますね。
 前作も含め、実在の人物を利用したホラー小説で、ここまで面白く、完成度が高い作品はそうそうないのではないでしょうか。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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