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「脱出」する男  ジェイ・R・ボナンジンガ『シック』

シック (日本語) 単行本 – 1996/11/1


 ジェイ・R・ボナンジンガの長篇『シック』(山下義之訳 学習研究社)は、イメージ療法の手違いから、精神ばかりか肉体的にも殺人鬼の人格に変貌するようになってしまった女性の恐怖を描くホラー長篇小説です。

 ストリッパーの女性セーラの脳内で見つかった腫瘍の形に医者は驚きます。それはなんと四角い形をしていました。かってカウンセラーのヘンリーと共に行った心理療法で、苦しみを箱のイメージに閉じ込めた経験を思い出したセーラは、再度ヘンリーの元を訪れ、心理療法を再開します。
 その結果、腫瘍は消滅しますが、その直後からセーラは記憶を頻繁に失うようになり、彼女の周囲では猟奇的な殺人事件が多発するようになっていました。セーラの身体について友人の研究者とともに調査を始めたヘンリーは、セーらがイメージにより自らの体温を操れるようになっていることを知り驚きます。
 セーラの記憶喪失について、ヘンリーは彼女が二重人格障害に陥っているのではないかと考えますが、事実はそれ以上でした。人格ばかりか肉体までが変貌し、屈強な若い男に変身してしまうのです。<脱出芸人>と名乗る彼は、次々と殺人を繰り返します。
 一方、謎の連続殺人を追う、強硬なフランク・ムーン刑事は、セーラこそ犯人だと考え調査を進めていました…。

 腫瘍を治そうとイメージ療法を始めた女性が、殺人鬼の人格を作り出してしまい、それに乗っ取られてしまう…という物語です。この殺人鬼の人格が、精神的なものだけでなく肉体までをも乗っ取り、体自体も男のものに変貌してしまう、というのが特徴です。
 この殺人鬼の人格<脱出芸人>の造形もユニークです。脱出に命をかける芸術家肌の殺人鬼で、厳重な拘束服からも道具を使わずに脱出してしまうのです。怪力でもあり、素手で人間を絞め殺してしまいます。彼の正体が何なのか、目的が何なのかがなかなか分からないため、次に何をしでかすのか分からない怖さがありますね。

 セーラ自身もいつ変身してしまうのか分からず、戦々恐々としています。<脱出芸人>は彼女の関係者を優先的に殺しているらしく、相思相愛となったヘンリーにも危害が及ぶのではないかと考え、彼が側にいることに対して、愛情を持ちながらも心配の念が消えない、というところにもサスペンスがありますね。
 一方、セーラを追う刑事フランク・ムーンも独特の人物で、目的のためなら暴力や賄賂をものともしない強硬な人物として描かれています。
 逃げ出したセーラに対して、このムーン刑事と恋人のヘンリーがそれぞれ彼女の跡を追う、という展開も面白いです。

 作中、奇術の天才として知られるある男の伝記が挿入され、<脱出芸人>はもしかして有名な「あの男」なのではないかという疑いが発生するのも興味深いですね。
 さらに、主人公セーラがイメージ療法に使用するメインイメージが「オズの魔法使い」から来ているところも凝っています。
 ふとしたことから、イメージが頭の中に湧いてしまい、それがきっかけで<脱出芸人>に変貌してしまう…という設定も面白いところです。

 主人公と敵が肉体を共用しているため、どのようにして敵を撃退するのかが皆目つかめず、さらに殺人鬼の正体も目的も分からない、その間にも殺人が続いてしまう…という、終始サスペンスが途切れない展開で、非常に面白いホラー作品になっています。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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