FC2ブログ
楽園の行方  アンリ・ボスコ『ズボンをはいたロバ』
zubonwohaitaroba.jpg
 フランスの作家アンリ・ボスコ(1888-1976)の長篇小説『ズボンをはいたロバ』(多田智満子訳 晶文社)は、「楽園」をテーマにした、秘教的な幻想小説です。

 ペイルーレ村に住む少年コンスタンタンは、ズボンをはいたロバが気になっていました。賢いそのロバは、山の上の土地ベル・テュイルに住み着いた変わり者の老人シプリアンの家と村との間を往復していました。シプリアンは山に住み着いてから、不毛だと思われていた土地に花や植物を生やすばかりか、動物たちを不思議な力で手懐けていました。ロバもまた、シプリアンによって不思議な行動をするようになっていたのです。
 祖父母や女中からベル・テュイルを訪れることを禁止されていたコンスタンタンですが、ロバに導かれて、シプリアンのもとを訪れることになります。それを知るのは、唯一、コンスタンタンの家の召使いである孤児の少女イヤサントだけでした…。

 山上に、花が咲き乱れ多くの動物たちが憩う「楽園」のような土地を築いた老人。それに魅了された少年と、少年を心配する少女を描いた、どこか秘教的な香りのする幻想作品です。
 序盤は、少年コンスタンタンがシプリアンの土地やシプリアン当人に関心を抱くものの、なかなかその秘密にはたどり着けず、その一方で少年と一緒に暮らす祖父母や女中たちとの生活が描かれてゆきます。素朴な家族小説といった趣なのですが、ある事件を境に、物語のトーンは悲劇的な方向に進んでいくことになります。
 とはいえ、コンスタンタンは物語全体を通じて、事件の真相について情報をほぼ知らされません。シプリアンの他、シプリアンの古い友人のシシャンブル神父、コンスタンタンの家で働くアンセルム老人、そしてイヤサントなどから、情報の断片を聞くのみで、彼が真相を知るのはずっと後のことになります。

 中盤以降、祖母の意向により、コンスタンタンは別の土地にやられてしまいます。彼が戻ってきたときには、作中での事件は既に終わってしまっていた…という面白い構造の物語になっています。
 物語全体が、少年コンスタンタンの視点から描かれる本篇と、シプリアンの手記(とそれに註をつけるシシャンブル神父の文章)、そしてそれらを読んだ未来のコンスタンタンの覚書、とから成り立っています。
 コンスタンタンが訳の分からないままに翻弄される本篇の謎解きが、それに付随するサブテキストによって明かされる、という仕組みになっています。

 大まかに言うと、この作品のテーマは「楽園の喪失」といっていいでしょうか。「楽園」を創造したシプリアンだけでなく、主人公コンスタンタンにとっても、自分の知らぬ間に「楽園」が失われていたということ。それが物語の構造によっても再現されています。
 それと同時に、彼が持っていた幼児期の「純粋さ」も失われ大人になるという、通過儀礼的なモチーフもそこには含まれているようです。
 多分に宗教的なモチーフが頻出する作品ではあって、シプリアンが作る「楽園」には動物が多く住んでいるのですが、そこには敵となる動物も存在しています。具体的にはそれが「狐」と「蛇」で、殺しを繰り返す「狐」を忌まわしく思ったシプリアンは「蛇」の存在を利用しようと考えますが、それがまた「楽園」を壊す一因ともなってしまうのです。
 結局シプリアンは何をしたかったのか? 「楽園」はなぜ崩壊したのか? イヤサントはどうなったのか? など、いろいろな点について、はっきりとした解決は示されません。少年小説的な装いとは裏腹に、その物語の解釈は意外に難解です。
 ただ、物語を読み終えた後の余韻は深く、どこか心に残る作品になっています。

 全くジャンルもテーマも違うとは思うのですが、この作品を読み終えて思い出したのは、ナサニエル・ホーソーンの短篇「デーヴィッド・スワン」(坂下昇訳『ホーソーン短篇小説集』岩波文庫 収録)でした。お話の構造がよく似ているのです。
 主人公コンスタンタンが知らぬ間に「夢」(この作品の場合「楽園」ですね)が、彼の生涯を通り過ぎてしまう…という、夢幻的ではありながら、どこか空しさを感じさせる作品ともいえそうです。主人公が「選ばれた人間」でありながら、本人はそれに気付かず、後になってそれを知るという構造は、こうした通過儀礼的なテーマを持った作品としては、とても異色に感じられます。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kimyo.blog50.fc2.com/tb.php/1168-26e4efa1
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する