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人間の悪  ヒュー・ウォルポール『銀の仮面』

銀の仮面 (創元推理文庫) (日本語) 文庫 – 2019/12/20


 イギリスの作家、ヒュー・ウォルポール(1884~1941)の短篇集『銀の仮面』(倉阪鬼一郎編訳 創元推理文庫)は、<奇妙な味>の代表的な作例とされる古典的短篇「銀の仮面」を始め、異色の短篇が集められた作品集です。

「銀の仮面」
 裕福ながら孤独な初老の女性ソニアは、ある日無一文の青年ヘンリーを哀れみから家に招き入れ、食事を振る舞います。度々現れ、ついには妻子まで連れてきたヘンリーに対して、ソニアは嫌悪感を感じる一方、青年の教養と審美眼、その美貌に魅了され、彼の出入りを許してしまいます。
 あるとき、ヘンリーの妻が体調を崩したのをきっかけに、彼ら家族はソニアの家に住み着いてしまうようになりますが…。
 初老の女性が、教養もある美貌の青年に援助を与えるものの、段々と青年は厚かましくなっていく…という「嫌な」お話です。青年の行為がエスカレートしていき、ついには女性の命までも奪うことになる…という流れが、洗練された筆致で描かれていくところが魅力でしょうか。
 ぬけぬけとしたブラック・ユーモアと残酷さ…。名作とされるに相応しい作品です。タイトルにもなっている「銀の仮面」も、象徴的でインパクトがありますね。

「敵」
 生業である古本屋とその店を愛する男ハーディング。彼の近所に住む大柄な男トンクスは、なぜかハーディングに友情を示し、ひっきりなしに話しかけてきます。一方トンクスに嫌悪感を抱くハーディングは、生来の気の弱さから、彼に関わり合いになりたくないという思いを伝えられずに悶々としていましたが…。
 悪い人物ではないことは分かっていながらも、相手に対して生理的な嫌悪感を抑えきれない男を描く物語です。向こう側からは一方的に好かれている、というのも奇妙な関係です。主人公が、嫌悪感を抱きながらも、時折妙な愛情の念を感じることがある、という描写も面白いところですね。
 結末の展開には妙なユーモアもあり、まさに<奇妙な味>としか呼びようがない短篇です。

「死の恐怖」
 独自の知性と教養を持ちながらも、その不遜な性格から人々に嫌われる男ロリン。滞在先のサーク島のホテルで旧知のロリン夫妻と出会った作家の「私」は、彼に嫌悪感を抱きながらも妙な同情を感じていました。ロリンは死への病的な恐怖を抱いていることを「私」に告白します。
 一度夫から離れたものの再度戻ってきたという、まだ若く美しいロリン夫人は、夫に軽蔑を抱いていると話します。やがてロリン夫人は狂っているとしか思えない言動を取るようになりますが…。
 人から嫌われる男ロリンと、彼を軽蔑しながらも夫から離れようとはしない夫人との奇妙な関係を、第三者である語り手の作家が観察する…という物語。
 恐らく夫は妻により殺されているのではないかと思われるのですが、そのあたりもぼかして描かれています。
 夫は死に対する恐怖、妻は捉えどころのない狂気を抱いているなど、単純な夫婦間の愛憎に収まらない奇妙な関係性が描かれており、迫力のある作品になっています。とにかく、夫人が怖い人物として描かれているのが印象に残りますね。

「中国の馬」
 独立心の強い35歳の女性ミス・マクスウェルは自分の家を愛していました。中国の馬、ボウル、ジェーン・オースティンの初版本…。小物や芸術品を飾り、部屋を身ぎれいに保って暮らしやすい家を心がけていたミス・マクスウェルですが、その財政状況から家を貸さざるを得なくなります。
 美しい若い女性ミス・マーチに家を貸すことになりますが、家の状態が心配になったミス・マクスウェルは様子を見に来て、家が乱暴に扱われていることを知り憤慨します。ミス・マーチのもとに頻繁に出入りしている男性ウィリングス氏と知り合いになったミス・マクスウェルは、彼がミス・マーチへの求婚を考えていることを知り、ウィリングス氏を応援することになりますが…。
 愛する家を他人に貸すものの、その扱い方に不満を持っている女性が、家の借り主に恋する男性と友人になり…という、まるでシチュエーション・コメディーのような作品です。
 とはいえ、主人公には終始男性に対する恋愛感情が全くないところがポイントで、いかに家を取り戻すか、ということしか頭にありません。安楽な生活の可能性が提示されるものの、飽くまで家に執着してしまう、というところは、読み方によっては「異常心理小説」とも取れるのかも。

「ルビー色のグラス」
 家で預かることになった、怖がりのいとこジェーンに対して嫌悪感を抱く八歳の少年ジェレミー。彼は、愛犬のハムレットがジェーンになついていることに対して腹を立てていました。
 ある日母親が大事にしていたルビー色のグラスをジェーンが割ってしまいますが、とっさにジェレミーは自分のせいだと罪をかぶってしまいます…。
 いとこに嫌悪感と嫉妬の念を抱きながらも、その苦境に対して罪をかぶってしまう少年の男気が描かれます。最終的に自分を慰めに来てくれた愛犬の友情に救われる、という結末も味わいがありますね。

「トーランド家の長老」
 コーンウォールにある町レイフェル。この土地は互いに反目するトーランド家とトレスニン家によって仕切られていました。トーランド家の長老であるトーランド老夫人は、体が不自由で娘のジャネットに世話になっている身でしたが、その権勢は未だに健在でした。町にやってきた好人物のコンバー夫人は、トーランド家の少女と知り合いになったのをきっかけに、本家を訪れます。おしゃべりのコンバー夫人は、話せないトーランド老夫人の迷惑をかえりみずに一方的に話し始めますが…
 傍迷惑なコンバー夫人に嫌悪感を抱くトーランド老夫人ですが、言葉が出ないためはねのけることもできません。普段から虐げていた娘ジャネットがこれ幸いと自分に反抗してきたことにも、更にショックを受けることになります。
 おしゃべりで厚かましい女性によって、老婆が精神的に追い詰められていくという、ある種残酷なテーマの作品なのですが、終始ブラックなユーモアが漂っていて、読み心地は悪くありません。
 「敵」に登場するトンクスもそうなのですが、人を傷つけていることに気がつかない善意の人物、というキャラクターを描かせると、ウォルポール、非常に上手いですね。

「みずうみ」
 湖水地方で世捨て人のような暮らしをしている男フェニック。彼は知り合いのフォスターから、通りがかるついでに家に泊めてほしいとの電報を受け取ります。作家として世間的な成功を収めたフォスターに対し、フェニックは今までにことごとく自分の邪魔をしてきたと感じており、彼のことを憎んでいました。それにも関わらず、なぜかフォスターの申し出を受け入れてしまいます。家にやってきたフォスターに憎しみを抑えきれなくなったフェニックは、みずうみにフォスターを突き落としますが…。
 憎しみから友人を殺害した男が、奇怪な現象に襲われる…という、オーソドックスな怪奇小説です。ただ、その超自然的な現象が本当に起こったのか、罪の意識から来る幻覚なのかは解釈の余地があるように描かれています。

「海辺の不気味な出来事」
 海辺の保養地で、少年の「私」は邪悪な顔をした老人を見つけます。気になり後を付けた少年は、海辺のコテージにたどり付きます。家の中で見たのは老人と同じ顔をした男でした…。
 老人は死者なのか、それとも生者の分身なのか? 結末のイメージは不条理かつ強烈で、これはかなり不気味な作品ですね。

「虎」
 過去にホーマー・ブラウン青年はジャングルで虎と出会う夢を見ていました。ニューヨークに出張でやってきたホーマーは、都会で暮らすうちに精神のバランスを崩し、再び虎の夢を見るようになりますが…。
 都会で強迫観念に囚われ、精神のバランスを崩す男を描いた物語なのですが、男を脅かす脅威が「虎」のイメージで表現されるという、ユニークな作品です。この作品も「虎」が実際に現れたのか、男の妄想なのかはどちらとも取れる、というタイプの作品ですね。

「雪」
 ライダー氏の後妻アリスは、このところ敵意を持った存在に見張られているという感覚を持っていました。更に夫との仲も険悪になっていました。彼は先妻エリナーを引き合いに出してアリスを非難します。夫を愛しているにも関わらず、喧嘩を繰り返し、とうとう夫から別れを持ちかけられてしまいます。
 家の中で、アリスはささやき声を何度も聞きますが、それは亡くなった先妻のエリナーが自分を追い出すためにささやいているのではないかと考えます…。
 先妻の霊によって追い詰められる後妻を描いたゴースト・ストーリーです。かなり露骨に先妻の霊が現れる物語で、霊にも物理的な存在感が強いですね。先妻の後妻に対する憎悪(もしくは憎悪されているという後妻の思い込み、という解釈もできます)が強烈です。

「ちいさな幽霊」
 親友のチャーリー・ボンドが亡くなってから、「私」は心に大きな喪失感を抱えていました。友人のボールドウィン夫妻から誘いを受けた「私」は彼らの屋敷を訪れます。子供のたくさんいる家庭の騒がしさに鬱陶しさを感じる「私」でしたが、自分の部屋の中に時折現れる、子供の霊らしき存在に心を慰められていきます…。
 家に住み着いていた小さな子供の幽霊と心を通わせた男が、それによって親友を失った悲しみを癒やすようになる…という、優しげなゴースト・ストーリーです。親友本人の霊ではなく、別の霊との触れ合いで、喪失を乗り越え「愛」を認識する、というのも興味深いところです。

「ターンヘルム」
 両親が遠方にいるために、小さい頃から親戚をたらい回しにされ、愛情に飢えていた少年の「わたし」は、伯父二人が暮らすフェイルダイク邸に預けられることになります。陽気で優しいコンスタンス伯父に比べ、当主であるロバート伯父には近づきがたい雰囲気があり、コンスタンス伯父もロバート伯父には頭が上がらないようでした。ある日「わたし」は、ロバート伯父から、人を望みどおりの動物に変身させる能力があるというターンヘルムの話を聞くことになりますが…。
 獣に変身する力を持つという「ターンヘルム」を扱った、いわゆる人狼もの作品です。外法に手を染めているらしい伯父の邪悪さや、獣の恐ろしさもインパクトがあるのですが、主人公の孤独感とその寂寥感を回想する語り口にも味わいのある作品になっています。

「奇術師」
 小さい頃から不器用でへまを繰り返し、周りから軽んじられていた少年ハンフリー。ある日知り合った変わり者のクラリベルさんとつきあううちに、ハンフリーは少しずつ自信を持つようになります。
 クリスマスのパーティーの日に、突然現れた奇術師の助手に抜擢されたハンフリーは、いつもとは打って変わって華麗な動きを見せ始め、人々を魅了します…。
 不器用な少年が変わり者の好人物との出会いをきっかけに、人生に積極的になっていく…という物語。奇術師が行う魔法のような術も楽しく、非常に読後感のいい作品になっていますね。

 ウォルポール作品、超自然現象や幽霊が登場する作品もあれば、そうでない作品もありますが、共通するのは登場人物たちの詳細な心理描写です。少年の抱える孤独感、嫌われ者の意外な感情…、善人であれ悪人であれ、その描かれた人間心理は繊細かつ説得力のあるものです。そうした心理描写のおかげもあり、超自然を扱った怪奇幻想作品でも、その物語がリアルに感じられるようになっていますね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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