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ウェストレイクのサイコ・スリラー作品を読む
 ミステリやサスペンスの分野で多彩な作品を遺したアメリカの作家ドナルド・E・ウェストレイク(1933-2008)。多作でもあった作家だけに、多くの作品が邦訳されていますが、ホラーに近い読み味のサイコ・スリラー作品もいくつか邦訳されています。紹介していきましょう。


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ドナルド・E・ウェストレイク『憐れみはあとに』(井上 一夫訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)

 男は、何年も監禁されていた精神病院から逃げ出します。通りかかった車にヒッチハイクをさせてもらうものの、ラジオで患者逃亡のニュースを聞いて動揺した男は、運転手を殺してしまいます。車中の会話で、殺した男が俳優で、劇団の元に向かう途中だったということを耳にしていた男は、その俳優のふりをして劇団にもぐりこもうと考えます。
 一方、駆け出し俳優の青年メル・ダニエルズは、役者としてカーティア・アイル劇場を訪れますが、個人的な事情で一日遅れてその場に到着することになります。知り合ったばかりの女性シッシーが、部屋で死んでいるのを見つけたメルは驚愕しますが…。

 精神病院から逃げ出した高い知能を持つ狂人が、俳優のふりをして劇団に入り込み連続殺人を引き起こす、というサイコ・スリラー作品です。
 犯人の一人称描写はあるものの、その名前は隠されているため、劇団の誰に化けているかは分かりません。もともと変わった性格の多い役者たちだけに、誰もが怪しく見えてくる、という趣向は面白いですね。
 この犯人が、多重人格的な症状をもった患者で、異様に人の物まねが上手いという設定になっているのが特徴です。普通の人間には彼が他人のふりをしているのが分からないほどなのです。ただ、これは飽くまで病気であり、本人が一時的に正気にもどったりする際には、犯行を後悔したりするなどの描写もされています。殺人を犯した後で後悔した犯人は、わざわざ証拠となるようなものを残したりすることにもなるのです。

 探偵役としては、現地の警察署長エリック・ソンガードが登場します。本職は大学の先生で、副業として警察をやっているという変り種の人物なのですが、犯人が狂人であるため、その行動を抑えることができずに、何度も殺人を犯すのを見過ごしてしまうことになります。
 容疑者やその背景の調査など、ソンガードは地道に調査を行い、最終的には犯人を追い詰めるための方策を考えるなど、有能な人物ではあるのですが、犯人がエキセントリックかつ狂った行動を引き起こすので、警察側の捜査がものすごく地味に見えてしまうのが玉に瑕でしょうか。

 劇団側のメインの視点人物として登場するメルにしても、本当に「傍観者」的な役目に終始しており、あまり目立ちません。
 その意味で、ある種、犯人の活躍を楽しむダーク・ヒーローものみたいに読むのが、一番楽しめる読み方でしょうか。実際、作者の筆も、この犯人を断罪する…という感じではありません。犯人の主治医であったピータービー博士なる人物が登場するのですが、彼によれば犯人は才能を持つ有能な人物なのです。
 もっとも、犯人にとってはピータービー博士は悪夢のような人物で、憎悪の対象となっています。妄想の中で博士が自分を追い詰めているのではないかと思い込み、殺人に走ってしまうシーンもあるぐらいなのです。

 猟奇犯罪や精神的な病を抱える犯人など、重くなりそうなテーマではあるのですが、そこは才人ウェストレイク、非常に軽妙で、ブラック・ユーモアさえたたえた、エンターテインメント作品になっています。
 1964年発表と、早い時代に書かれた作品で、後年流行することになるサイコ・スリラーの先駆的な作品としても面白い作品ですね。




ドナルド・E・ウェストレイク『聖なる怪物』(木村二郎訳 文春文庫)

 演技の才能を持ち、アカデミー賞を受賞するまでに上り詰めた俳優ジャック・パインは、初老を迎えた今、ドラッグに溺れ、まともに演技もできない状態に陥っていました。しかしスターになったジャックは既に演技をしなくても稼げるまでの存在になっていたのです。
 雑誌のインタビュアーは、ジャックから彼の半生を聞き出そうとしますが、彼の口から語られたのは、波乱に満ちた生涯でした…。

 有名俳優が自らの半生をインタビューの形で語るという、サイコ・スリラー作品です。
 ジャックとインタビュアーとの対話が描かれる現在のパートと、ジャックが回想する過去の「フラッシュバック」パートが交互に描かれていきます。
 意識を頻繁に失ったり、話の内容が支離滅裂になったりと、現在のパートのジャックの様子はおかしく、どうもドラッグ中毒になっているようなのです。
 インタビュアーはそこからまとまった内容を引き出そうと、脱線したジャックの話を何度も本筋に戻そうとします。

 ジャックが語る過去のパートでは、老女優に目をかけてもらったり、ゲイの大物脚本家の囲われ者になったり、宗教家に感化されたりと、波瀾万丈の半生が描かれます。
 しかしジャックは、役者としての実力は持ちながらも、それだけでは成功に至りません。有力者と肉体関係を持ったりと、いろいろ汚い行為もしながら、それを利用してキャリアを積み上げていくことになります。
 正直、主人公ジャックはまともな人物ではなく、こんな人物でもスターになってしまう…という点では、映画産業をブラックに皮肉った作品といってもいいのでしょうか。

 「インタビュー」自体が始めから怪しく、ジャックが何かの犯罪(恐らく殺人)を犯しているのではないか?というのは何となく分かるようにはなっています。その意味では、驚きはあまりありません。
 ジャックが語る半生は、インタビュアーが引いてしまうような虚飾やスキャンダルに満ちているのですが、それらの内容の奥底に、更にジャックが自分自身に隠しているような秘密が隠されているのです。
 ジャックの人生の選択にそうした隠れた動機が存在しているがために、今の状態に至ったのだという結末には非常に説得力がありますね。
 そうしたジャックの人生に最も影響を与えているのが、彼の「親友」バディー・パル。幼なじみの彼は、ジャックが俳優になってからも度々姿を現します。金をせびったり、妻を寝取られてさえ、ジャックはバディーを許し彼に尽くします。そこには本当に友情だけがあるのか?といった部分も読みどころです。

 いわゆる「信頼できない語り手」でありジャックを主人公にしながらも、作品全体は周到に組み立てられており、技巧的といっていい作品になっています。結末を読んだ後に再度読み直すと、いろいろ気づきのある作品ではないでしょうか。
 邦訳が好評だった『鉤』や『斧』と似た作品を、ということで過去作(1989年作です)から紹介されたものらしいのですが、『鉤』や『斧』とはかなり趣が違います。あちらの二作よりも、技巧的な心理サスペンス面が強くなっていて、ウェストレイクの小説作法を愉しむ作品といってもいいかもしれません。




ドナルド・E・ウェストレイク『斧』(木村二郎訳 文春文庫)

 数年前に務めていた製紙会社からリストラを受けて以来、再就職先を探していたバーク・デヴォアは、経済的にも困窮していました。たまに受ける面接も上手くいかず、バークは長年従事した製紙業界に勤めたいと考えます。業界紙で、業績の良いアーカディア社のことを知ったバークは、その会社の現場責任者ファロンに羨望の念を抱きます。もしファロンがいなくなれば、代わりの人員として自分が就職することができるのではないか?  バークはある計画を考えます。ファロンを殺してその地位を手に入れる。そして、その前段階として、再就職のライバルとなる、同じ業界人を始末しようというのです。架空の製紙会社の広告を作ったバークは、集まった履歴書の中から自分のライバルになるであろう同業者6人を選び出し、彼らを殺すことにしますが…。

 再就職をするためにライバルを次々殺していく男を描いた、とんでもない設定のサイコ・スリラー作品です。まだ職に応募していないどころか、その職が空いてもいない段階で、ライバル抹殺計画を立てるという用意周到な主人公が描かれます。
 その一方、殺人自体はいきあたりばったりで、運よく何度も成功するものの、その過程はかなり危なっかしいものになっているというところが、なんともブラック・ユーモアにあふれています。

 冷酷に殺人を繰り返す主人公なのですが、精神異常者というわけではなく、家族や妻のことを考える「常識人」として描かれています。
 殺人をするたびに後悔したり、たまたまターゲットと話して同情してしまったがために、精神的に動揺するなど、そんなにタフな人物でないところがユニークですね。
 殺人の手段が本当に行き当たりばったりで、車でターゲットの家の前に行き、本人が出てきたら確認して銃で撃った後に逃げる…というもの。この雑な殺人方法が上手くいってしまうところも妙なユーモアがあふれています。

 殺人を繰り返し、目的に近づくごとに自信を高めていくバークですが、その一方、妻とは精神的に距離ができてしまったり、息子が不祥事を起こしたりと、トラブルが多発します。バークは家族を守り、仕事を手に入れることができるのか?
 冷酷な殺人を繰り返す主人公なのですが、読んでいるうちに彼を応援したくなってきてしまう、不思議な読み味があります。結末を読むまで、主人公が成功するのか失敗するのかも全く予想がつきません。
 リストラや不景気、貧困など、テーマとしては重いものが扱われているのですが、その読み味はユーモア(ブラックではありますが)たっぷりの楽しい作品になっています。その実、現実社会を風刺的に描いていて、社会的な問題意識も盛り込まれているという問題作です。




ドナルド・E・ウェストレイク『鉤』(木村二郎訳 文春文庫)

 実力はありながら、運に恵まれない中堅作家ウェイン・プレンティス。ウェインは、出版社に本を出してもらえなくなったことから、講師にでもなろうかと考えていた矢先に、数十年ぶりに旧友である作家ブライス・プロクターと再会します。
 スランプに陥っていたブライスは、ウェインの話を聞き、ある提案を持ちかけます。それはウェインの小説をブライスの名前で出す代わりに、報酬として儲けを山分けにするというものでした。
 しかし、それには条件が一つありました。ブライスの離婚調停中の妻ルーシーを殺してほしいというのです。もしウェインの小説を出版できたとしても、金に執着のあるルーシーが生きている限り、儲けの大部分はルーシーの手に渡ってしまうというのです。
 55万ドルという多額の報酬に心が動いたウェインは、申し出を承諾しますが、ルーシーを殺す前に、彼女が殺されるに値する人間かどうか確かめたいと話します…。

 自分の小説をベストセラー作家の名前で出す代わりに、多額の報酬を持ちかけられた中堅作家が委託殺人を強要されて実行してしまう…という作品です。
 殺人をめぐって、二人の作家に軋轢が生まれていくというお話かと思いきや、思いもかけない方向に物語が進んでいくのに驚きます。
 二人の作家ウェインとブライスは互いに敬意を抱いており、契約に関しても約束をしっかり守るので、争いや脅迫などは起こりません。互いに多少の打算を含みながらも、「友情」のようなものさえ発生してくるあたり、面白いところですね。

 殺人を依頼した側とされた側、普通に考えて殺人を実行した側が精神を病みそうに考えてしまうのですが、本作品では、実際に手を下していない側のブライスが精神を病んでしまうという独特の展開になっています。
 殺人を割り切って実行したウェインは、この事件をきっかけに交友範囲を広げ、新たな仕事を手に入れるなど、人生が上向きになっていきます。逆にブライスは精神的に不安定になってしまい、スランプどころか日常生活さえ困難になっていきます。
 ルーシー殺人事件に関して調査を続ける刑事が訪問を繰り返すこともあり、彼の精神はさらに変調を来していきます。人生が上向きになり始めたウェインは、この流れを断ち切るまいと、妻のスーザンと共に不安定なブライスのサポートに乗り出すことにもなるのです。

 二人の対照的な作家の心理が重厚に描かれていく作品で、その異様な心理サスペンスが読みどころでしょうか。普段は堅実な常識人であるウェインが、殺人の話を素直に聞いて承諾してしまったり、実際に殺人を犯す場面でも突然の暴力行為に及ぶなど、思いもかけない人間の狂気が描かれます。
 一方、ブライスが精神を病むのは、殺人に実際に手を下さなかったゆえの、犯行の記憶の不在、ということになっています。それが遠因となり精神を狂わせたブライスは、たまたま出会った自分のファンを殺しそうになるなど、ウェインとは違った形での狂気が描かれます。
 この主人公二人以外の登場人物も、突然の異常性を見せるのも特徴で、始めから「悪女」として描かれるルーシーはもちろん、ウェインの妻スーザンや、ブライスの元妻エレンなども、自分たちの生活を守るためとして、殺人を許容するシーンが描かれるなど、「一般人」の仄かな狂気も描かれていきます。

 主人公が作家だけに、小説を書いたり、プロットを考えたりするシーンも多数登場します。このあたり、著者のウェストレイクの小説作法の一端が見えるようで興味深いですね。殺人の主犯である二人の作家が争うわけでもなく、警察の捜査も緊密なものではないので、このあたりに関しては、主人公たちが追い詰められるほどのサスペンスは発生しません。あくまで、事件を経た二人の作家のそれぞれ独自の心の動きが描かれていくのを楽しむ作品で、その意味では、かなり文学的な要素も強い作品というべきでしょうか。
 かといって著者はコミカルな作品も得意とするウェストレイク。ブラックなユーモアが全篇に満ちていて、エンターテインメントとしても秀逸な作品になっています。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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