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ボルヘスの冒険  ルイス・フェルナンド・ヴェリッシモ『ボルヘスと不死のオランウータン』

 ルイス・フェルナンド・ヴェリッシモ『ボルヘスと不死のオランウータン』(栗原百代訳 扶桑社ミステリー)は、E・A・ポーに関する学会上に居合わせた作家ボルヘスが、そこで起こった殺人事件を探偵する…という衒学的な幻想ミステリ作品です。

 幼い頃にナチスの手を逃れブラジルで伯母のもと育てられた「私」(フォーゲルシュタイン)は、翻訳と教職を仕事としていました。ブエノスアイレスでエドガー・アラン・ポーの研究者たちによる学会が行われることを知った「私」はその学会に参加することにします。
 学会でたまたま居合わせた作家のJ・L・ボルヘスに引き合わされた「私」は感激します。彼の作品に傾倒していたのです。かって、ボルヘスの名前を知らなかった「私」は、ボルヘス作品の英訳を更にポルトガル語に訳す仕事をした際に、一部を改竄してしまっていました。
 その後ボルヘスの作品を読み認識を改めた「私」は、謝罪の手紙だけでなく、自作の小説までもボルヘスに送っていましたが、返事はもらえていませんでした。実際に名を名乗ってもボルヘスは名前に思い当たるような様子もありません。
 そんな中、殺人事件が起こります。被害者はドイツ人のロートコプフ。問題行動を起こしていたロートコプフ殺害の容疑者は、天敵といえるアルゼンチン人ウルキサ、自説を否定されたアメリカ人ジョンソン、ロートコプフに乱暴な扱いを受けた日本人イイハラの三人でした。
 死体の発見者となった「私」は、ボルヘスと共に殺人事件の謎を追っていくことになりますが…。

 学会の殺人事件にたまたま居合わせた、実在の作家ボルヘスが、彼を敬愛する「私」と共に殺人の謎を追っていくという、幻想的なミステリ作品です。
 密室の謎や犯人の動機や殺害方法など、具体的な捜査も展開されるのですが、それ以上に「探偵」ボルヘスが重視するのが形而上学的な謎。「鏡」や「暗号」といったボルヘス好みのモチーフから、ラヴクラフトのクトゥルー神話、魔術師ジョン・ディー、カバラ、ヘブライ語、エジプトのイクナートンなど、まるで元の殺人事件からは関係のないような要素までもが、語られ続けます。
 あまりに浮世離れした推理に、ボルヘスの友人として登場する犯罪学者クエルボも呆れ果てます。しかし、ボルヘスに心酔する「私」は、彼の意見に同意するばかりか、その意見を助長するような態度さえ取ることになるのです。

 そもそも語り手となる「私」自身、非常に怪しい人物で、かってボルヘス作品を改竄しておきながら、後に彼の信奉者となった人物。ボルヘスに実際に会ってからは、自分のことを思い出させようといろいろ仄めかすのですが、ボルヘスは知ってか知らずか、それをスルーしてしまいます。
 いわゆる「信頼できない語り手」と言えるのですが、そのある種歪んだフィルターを通して描かれる殺人事件の顛末は、幻想的で魅力的な物語になっています。かって「私」が創作しボルヘスに送ったという数編の作品の概要が作中で語られるのですが、これらもボルヘス風の幻想小説で魅力的です。

 ボルヘス作品を読んだことがなくても、それはそれで面白く読める作品だと思いますが、ボルヘス特有のモチーフが頻出することもあり、多少読んだことのある方が、楽しく読める作品かと思います。主人公の飼い猫の名前が「アレフ」だったり、細かい設定も面白いですね。
 作者のヴェリッシモは、1936年生まれのブラジルの作家。作品の発表年は2000年です。ちなみに作品の舞台は1985年で、ボルヘスの最晩年、亡くなる前年に設定されているのも意味深ですね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を2019年8月に刊行しました(完売しました)。
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