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魔法の記憶  ダイアナ・ウィン・ジョーンズ『九年目の魔法』

 ダイアナ・ウィン・ジョーンズの長篇『九年目の魔法』(浅羽莢子訳 創元推理文庫)は、失われた記憶を求めて探索を続ける少女を描いたファンタジー作品です。

 大学の新学期に備えて祖母の家に滞在していた19歳のポーリィは、ふと自分の記憶に違和感を抱きます。ベッドの上にかかっている「火と毒草」という写真、そして再読していた「忘れられた時代」という短編集。
 写真はこんな風ではなかったし、本の収録作は記憶と違っている。読んだはずの話の半数が収録されていないのに、なぜか今の本に収められている短編は全部読んだ記憶があるのです。やがてポーリィは、自分の記憶が奇妙な二重性を帯びていることに気づきます。真相を探るため、ポーリィは九年前、十歳の頃の記憶を辿り直します。
 友人のニーナと一緒に遊んでいたポーリィは、ふと知らない女の人の葬式にまぎれこんでしまいます。そこから助け出してくれたのはチェロ奏者のリンさんという男の人でした。仲良くなった二人はお話を作って遊んだりと、交友を重ねます。それからも思い出す記憶の中には必ずリンさんの姿がありました。
 なぜ今までリンさんのことを忘れていたのだろう。リンさんとの記憶は本当にあったことなのだろうか? リンさんの存在を確かめるために、ポーリィは記憶を遡っていくことになります…。

少女とその憧れの男性をめぐる交友の記憶を辿ると同時に、その記憶がなぜ失われてしまったのかを探索してゆくという、ファンタジー作品です。
 ヒロインのポーリィの記憶だけでなく、リンさんに関わることに何らかの魔法が関与していることはうっすら分かるのですが、誰が何のために誰に魔法をかけているのか? その魔法とは何なのか? といったことが、物語の後半まで皆目分かりません。そのため雲の中を進むような物語展開なのですが、ヒロインをめぐるあれこれがとても魅力的なので、面白く読めてしまいます。

 ヒロインのポーリィが複雑な家庭環境の娘で、父親は愛人と暮らしており、母親は情緒不安定のため、祖母と一緒に暮らしています。特に母親は精神的に不安定で、たびたび下宿人を変えては、その男とくっついたり別れたりを繰り返しています。娘に敵意を抱いたあげく、家を追い出したりもしてしまうのです
 そんな彼女が憧れるリンさんとは、彼の前妻であるローレルの家に葬式にやってきたときに出会うのですが、離婚したにも関わらず、リンさんはローレルに弱みを握られているかのようなのです。またリンさんを敵視するモートンやその息子セブ、彼らの行動も不穏さにあふれています。
 やがて物語として創作したはずの、リンさんとポーリィの話と同じようなことが現実に起こったりと、不思議なことが相次いでいきます。

 リンさんが出先からたびたびポーリィにあてて、様々な本を送ってくるのですが、これがイーディス・ネズビット作品を始め、ファンタジーの古典的な作品なのです。単なる物語上の趣向かと思っていると、これが後半の伏線にもなっているというのが手が込んでいますね。
 バラッドや伝承がたびたび引用され、また物語のモチーフとしてそれらが使われています。そうした知識があると、読んでいて物語の輪郭がうっすら分かってくると思うのですが、そうした知識がないと、かなりもやもやした物語展開に感じられる節はあります。

 物語の構成も手が込んでいて、主人公の現在から始まり、過去の封印された記憶を遡っていき、再び現在に戻るという構成になっています。その間にも、ポーリィとリンさんが創作した物語、その物語と同じように現実に起こる出来事、別の登場人物たちが創作した物語など、様々な階層のメタフィクショナルな要素が登場して、眩暈がしてきてしまいます。

 恐ろしく複雑で、おそらく一度読んだだけでは、物語を把握しきれないほどの情報が盛り込まれています。再読、三読したときに更に評価の上がる作品ではないかと思います。
 複雑な構成や要素を別にしても、少女ポーリィの成長の軌跡と恋を描く作品としても充分に魅力的な物語になっていることも申し添えておくべきでしょうか。主人公ポーリィをはじめ、様々な人物が登場しますが、特にインパクトがあるのが幼馴染で友人のニーナ。 恐るべきバイタリティと飽きっぽさで、次々に関心を移していく様が、ポーリィの背景と同時に描写されていき、物語にユーモラスな味を添えています。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を2019年8月に刊行しました(完売しました)。
「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」、同人誌『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』を盛林堂書房さんで通信販売中です。



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