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あたしは誰?  ダイアナ・ウィン・ジョーンズ『わたしが幽霊だった時』

 ダイアナ・ウィン・ジョーンズの長篇小説『わたしが幽霊だった時』(浅羽莢子訳 創元推理文庫)は、記憶を失い幽霊となったヒロインが、自分は誰なのかを探ってゆくというファンタジー作品です。

 「あたし」が気がつくと、頭がぼやけていて、自分が誰なのか、なぜここにいるのかも思い出せないようになっていました。しかも自分の体も全く見えず、他の人間からも認識されていないようなのです。自分が幽霊となってしまったことを知った「あたし」は、自分が誰なのかを探ろうとします。
 学校を経営するメルフォード夫妻とその娘である姉妹たちの行動を観察した「あたし」は、自分が姉妹たちの一人であることを確信します。その場に姿のない次女サリーこそが自分であると考えた「あたし」は、長女のカート、三女のイモジェン、四女のフェネラらの姉妹に、自分の存在を知らせようとしますが果たせません。姉妹たちは、娘たちを放置している両親に自分たちの存在を認めてもらうための計画を立てていました。
 また、今は止めていたものの、かって小屋に人形を配置して、独自に生み出した異教の女神モニガンの崇拝を行っていたのです。やがて「あたし」が幽霊となった原因にも、モニガンが何らかの形で関わっていることが分かりますが…。

 冒頭から、主人公の「あたし」が記憶を失い幽霊となっていることがわかりますが、それ以外には何もわからず、読者も雲をつかむような状態で物語を読み進めることになります。自分が誰なのか? という疑問と同時に、なぜ自分は幽霊のような状態になっているのか?という部分も併せて探っていくところが面白いですね。
 語り手は、自分が姉妹の一人サリーであると当たりをつけることになりますが、読み進むに従って、彼女が本当にサリーであるのかどうかも疑わしくなっていきます。

 中盤までずっと「あたし」が、姉妹と両親の家族について観察してゆく過程が描かれていきます。混乱に満ちた一人称記述も相まって、少々読みにくく、冗長に感じられる部分もないではないのですが、謎の女神モニガンの存在が明らかになるあたりから、俄然物語が動き出します。冗長に思えた前半部分も、後半の展開において重要な意味を持ってくるあたり、著者の筆が冴えていますね。

 姉妹たちが、本当に皆「変人」で強烈な性格の持ち主なのが特徴です。皮肉や悪口の応酬で仲が悪いと思いきや、肝心なところでは協力したりと、その愛憎半ばする姉妹愛も読みどころになっています。
 男子生徒の中で目立つのが、悪魔的な魅力を持つジュリアン・アディマン。姉妹の何人かも、彼に魅力を覚えるのですが、彼が原因となって事態は悪化することにもなります。本作品において、四姉妹に次ぐ重要なキャラクターといえるでしょうか。

 幽霊の描写も面白いです。ドアをすり抜けたりする一方、物理的に物を動かすのはほぼ不可能に近かったりします。そんな状態で、別の人間に自分の存在を知らせようとする主人公の努力が描かれます。
 基本的に他の人間に主人公の存在は見えないのですが、一部の人間には気配のようなものが感じられたり、幽霊として存在を認識できる人間もいるようなのが面白いところですね。

 自分が誰だか分からない、という題材からも推測できるように、アイデンティティーの問題が重要なテーマとなっています。中心となる姉妹たちがみなエキセントリックで、個性豊かな人物たちなのですが、そんな彼女たちも忙しい両親に構ってもらえず、食事の世話さえ疎かになっている始末。
 それゆえ、そんな状況を両親に気付いてもらうために計画を練るのですが、それも上手くゆきません。姉妹の中で一番の「常識人」であるサリーは、特に姉妹たちに対する無意識のコンプレックスに苛まれているようで、そこから生まれた行為がまた事態を大きくすることにもなってしまうのです。

 物語の構造がけっこう複雑で、なかなか本筋が捉えにくいのですが、メインテーマは、四姉妹それぞれが自分の人生を取り戻す話、といっていいのでしょうか。両親から期待された道に進む娘もあれば、その選択を捨てる娘もある。
 輝かしいと思われた将来を捨てることが本人にとって幸福な場合もある…ということが描かれるあたり、非常に懐が広く、ポジティブな物語といえますね。

 メインはファンタジー小説といっていいのですが、ミステリとSFの風味も混ぜ合わせたような感じになっています。女神モニガンに関する部分はホラー味もあるなど、さまざまな要素のあるジャンルミックス的な作品といっていいでしょうか。
 途中から語り手が時間移動していることもわかるなど、構造はかなり複雑で、一読しただけでは話の全貌が捉えにくい話ではありますね。再読したときに、より面白さのわかる作品ではないでしょうか。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を2019年8月に刊行しました(完売しました)。
「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」、同人誌『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』を盛林堂書房さんで通信販売中です。



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