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夢見る少女たち  ペネロピ・ファーマー〈メイクピース姉妹三部作〉
 イギリスの作家ペネロピ・ファーマーの『夏の小鳥たち』『冬の日のエマ』『ある朝、シャーロットは…』は、シャーロットとエマのメイクピース姉妹が主人公となる、ファンタジー小説の三部作です。それぞれテーマも味わいも異なっており、独自の魅力を持った作品となっています。


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ペネロピ・ファーマー『夏の小鳥たち』(山口圭三郎訳 篠崎書林)

 おじいさんのイライジァと共に『鳥の館』と呼ばれる家に住むシャーロットとエマのメイクピース姉妹。ある日、不思議な少年と出会った姉妹は、少年と一緒に学校に向かいます。しかし他の生徒や先生たちには少年の姿が見えていないようなのです。
 授業中に、少年と共に教室を抜け出したシャーロットは、彼から空の飛び方を教わります。続いて妹のエマ、そしてクラスの他の子供たちにも飛び方を教えた少年は、子供たちと一緒に空を飛んでは楽しんでいました。
 しかし、少年はどこの誰なのか、名前さえも明かそうとはしません。彼の正体に不信の念を抱いたリーダー肌の少年トッティーは、正体を明かせと彼に迫りますが…。

 突然現れた、空を飛ぶ能力を持つ不思議な少年が、子供たちにその飛行の仕方を教え、共に飛ぶようになる…というファンタスティックな物語です。
 はじめに少年と出会ったシャーロットとエマの姉妹を中心として、なるべく争いが起きないようにと飛行能力を伝授していく少年ですが、やはり、嫉妬や不信の念から争いが起こってしまいます。
 少年は何者なのか? 何の目的があって飛行能力を伝授するのか? 単純な夢物語的ファンタジーかと思って読んでいくと、意外な結末が待っています。

 少年の正体については、伏線となる描写がたびたびあるので、何となく予想はつくのですが、その目的はなかなか分かりません。真相が明かされた後に、前半を読み返してみると、また違った風にも読めてくるのが面白いところですね。

 子供たちが飛行を練習するシーンや、子供たちがそれぞれ独自の飛び方をしていると描写されるシーンなど、飛行に関する部分の描写は瑞々しく、魅力がありますね。

 少年の正体が明かされ、彼の目的が分かる結末は、考えようによってはちょっと「怖い」です。それまでの展開では、子供たちのちょっとした「争い」はあるものの、終始、陽性で描かれていた物語のトーンが突然ガクンと落ちるような節もあり、そのギャップも含めてユニークなファンタジー作品だと思います。



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ペネロピ・ファーマー『冬の日のエマ』(山口圭三郎訳 篠崎書林)

 姉のシャーロットが寄宿学校に行ってしまってからというもの、妹のエマは孤独を囲っていました。周囲から「泥水ぱちゃ子」と呼ばれ、皆から軽んじられていた少年ボビーは、エマと仲良くしたいと彼女に話しかけますが、エマはそれをはねつけてしまいます。
 そのころエマは、夜になると毎日のように空を飛ぶ夢を見ていました。その夢の中でエマはボビーらしき存在を見かけます。ボビーもまたエマと同じ飛ぶ夢を見ていることを知ったエマは、夢を通して彼と仲良くなっていきますが…。

 不思議な飛ぶ夢を共有することになった少年少女が仲良くなり、人間的にも成長してゆく…というお話です。舞台は、前作『夏の小鳥たち』たちから数年後という設定になっています。
 主人公エマは、真面目な姉シャーロット(三部作の一作目と三作目で登場します。本作には直接は登場せず)に比べ、わがままで自分勝手な性格の少女です。対してボビーは皆から馬鹿にされてはいるものの、素直で、頭の働きも良い少年として描かれています。
 最終的にはエマは成長を遂げ、包容力のある存在になるのではありますが、読者はボビーの方に感情移入して読む人が多いのではないでしょうか。

 夢の世界では、序盤からエマとボビーの他に、何か悪い存在がいることが示唆されており、実際に後半ではその存在が姿を現すことになります。おそらく、現実世界でのエマの不満や憎しみなどが夢の世界で形を取って現れており、それを克服することが、現実世界でのエマの成長とリンクしているようです。
 夢の世界は、いわば現実世界の投影のように思えるのですが、ボビーとの仲を始め、現実世界での困難がとりあえず解決した後も夢の世界は続きます。その夢の世界では、周囲の光景がだんだんと過去に遡っていき、やがては地球の始源にまで至る…という壮大な展開になっています。
 この結末の情景、物語の中では明らかに突出していて解釈が難しいのですが、その神秘主義的な色彩にはある種の魅力がありますね。

 前作『夏の小鳥たち』が明るいトーンの作品だったのに比べ、こちらの『冬の日のエマ』は冬が舞台になっていることもあり、全体に多少暗いトーンの作品になっています。主人公エマに関することで言えば、姉のシャーロットの不在、祖父のイライジァが老齢になり体が衰えていること、ボビーに関しても、赤ん坊の妹が生まれたことで母親の愛情がそちらに移ってしまったと不満を持っていることなど、メインとなる二人の登場人物の精神的な背景にも少々の暗い影が見られます。
 ただ、そうした暗く寒い冬のイメージで統一された作品の中でも、夢の中、一面の雪景色の中を飛んでいく情景の美しさには特筆するものがありますね。

 夢の世界はともかく、現実世界では、主人公エマがボビーを始めとした周囲の人間を受け入れて人間的に成長する…という、かなり地味な展開のお話ではあります。ただ、妙に心に残る作品であることは確かで、ある種の人の琴線に触れる作品ではないかなと思います。



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ペネロピ・ファーマー『ある朝、シャーロットは…』(川口紘明訳 篠崎書林)

 シャーロット・メイクピースは、家族と離れ町の寄宿学校にやってきます。上級生のサラはなぜか彼女に親切にしてくれますが、サラの案内でシャーロットに割り当てられたのは、車輪のある古いベッドでした。そのベッドで眠ったシャーロットが目を覚ますと、目の前には見知らぬ幼い女の子がいました。
 女の子はシャーロットのことをクレアと呼びます。周囲の環境も人間も異なっているのを知ったシャーロットは、そこが40年前、1918年の世界であることを知ります。シャーロットは40年前に同じ寄宿学校にいた少女クレアと入れ替わっており、幼い女の子はクレアの妹エミリーだというのです。
 眠るたびに現代と1918年を行き来することになったシャーロットは、二つの時代の環境の違いに困惑することになりますが…。

 1日ごとに40年前の別の時代に目覚めてしまうことになった少女を描くファンタジー小説です。
 現代の少女シャーロットと1918年の少女クレア、互いに別の時代に移動しているようなのですが、視点はシャーロットに固定されているので、クレアが現代にやってきてどうなっているのかは間接的にしか分かりません。後に交換日記を思い付き、連絡をすることで互いの情報を知るものの、お互い別の時代の環境に困惑している様子が描かれていきます。
 シャーロットの方は、寄宿学校に入った途端に別の時代に飛ばされてしまうわけで、最初の内は、周囲の同級生や先生も取り違えてしまいます。学校の勉強も上手くできず、先生たちからは劣等生の怠け者として認識されてしまうのです。

 入れ替わっている、といっても、面白いのは容姿や肉体的な変化はないところ。鏡を見ても自分の姿に変わりはないのです。飽くまで周囲の人間の認識によってその時代の人間と思われているらしいのです。
 1918年の時代では、常に一緒にいることになるクレアの妹エミリーは、クレアとは異なるシャーロットの言動に不信感を持ちますが、それもあり、やがて入れ替わったことを打ち明けることにもなります。

 二つの時代の行き来を繰り返したことにより、シャーロットのアイデンティティーに揺らぎが生じてくる、という流れも興味深いところです。過去の時代においては、周囲は飽くまでクレアとして接してくるわけで、自分は本当にシャーロットなのか、そもそもシャーロットという人格の本質とは何なのか? といった、ある種哲学的な認識まで芽生えてくるのです。クレアの妹エミリーがことあるごとに、シャーロットとクレアの言動を比較する、というのも、そうした状況に拍車をかけていますね。

 時代の行き来という「タイム・トラベル」だけでなく、他にも不思議なことが起こります。特に過去の時代において、幽霊らしき存在が登場したり、シャーロットがその時代から更に過去の人物と入れ替わりかかったりする、というのも面白いところです。
 「タイム・トラベル」の原因や理由は最後まで明かされず、飽くまで、それにより時代を移動するヒロインの心理的な戸惑いと成長を描く作品となっています。
 日本ではそれほど知名度はないと思うのですが「時間ファンタジー」の名作の一つといってよい作品ではないでしょうか。

 この三部作、登場人物はかぶっているものの、それぞれお話は独立しているので、単独でも楽しめる作品になっています。
 『夏の小鳥たち』はシャーロットとエマ、『冬の日のエマ』はエマ単独、『ある朝、シャーロットは…』はシャーロット単独のお話になっています。
 時系列的には『夏の小鳥たち』が一番早く、その数年後が『冬の日のエマ』『冬の日のエマ』とほぼ同じ時間軸で寄宿学校に行っているシャーロットの物語が『ある朝、シャーロットは…』という関係になっているようです。

 三部作の中では、飛び抜けて『ある朝、シャーロットは…』の完成度が高いです。三作のうちどれか読んでみたいというなら、この作品をお薦めしておきたいと思います。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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