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信念と魔法  メアリー・スチュアート『狼森ののろい』
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 メアリー・スチュアートの長篇小説『狼森ののろい』(深町真理子訳 佑学社 1980年発表)は、中世ドイツに迷い込んだ現代の兄妹が、妖術師から狼男の呪いをかけられた男を救うために奔走するという、ファンタジー作品です。

 両親とともに、ドイツ南西部「黒い森」のそばへ休暇旅行にやってきたジョンとマーガレットのベクビー兄妹は、泣きながら走り去る男を目撃します。兄妹は何か分からない思いに急き立てられて、眠り込んでしまった両親を置いたまま、男の走っていったあとを追いかけることにします。
 道の先には小屋があり、中には走り去った男の服が脱ぎ散らかされていました。仮装の衣装だと思い込んだ兄妹でしたが、直後に巨大な狼に襲われます。何とか狼を追い払った兄妹が、両親の車の元に戻ると、そこには両親の姿はありません。
 森の小屋に戻った兄妹は、自分たちが追いかけていた男マーディアンに出会い、彼から話を聞きます。ここは14世紀のドイツであり、彼マーディアンは領主オットー公の重臣で幼馴染の親友、しかし国の乗っ取りを企む妖術師アルメリックにより、夜には狼に変身する呪いをかけられてしまったといいます。
 宮廷にいられなくなったマーディアンに代わりに、魔法でマーディアンの姿に化けたアルメリックは領主と公子の殺害を計画しているというのです。友情の証として鋳造した護符のメダルを見せて直訴すれば公爵は話を聞いてくれるはず、そう考えたマーディアンは、兄妹に公爵の宮廷に潜入してほしいと頼み込みます。ジョンとマーガレットはマーディアンの境遇に同情し、彼を助けようとしますが…。

 中世ドイツ世界に迷い込んだイギリス人の兄妹が、狼男の呪いをかけられた男を救うために奔走するという、ファンタジー作品です。
 一見、中世にタイムスリップしたように見えるのですが、単純なタイムスリップではないところが独特です。森の中で兄妹が移動する場所によっては、中世だったり、また現代だったりするのです。潜入しようとする城が、見る場所によってはしっかり建っているように見えたり、廃城に見えたりするのも面白いですね。
 また、言葉やその時代の作法についても、中世の空間にいるジョンとマーガレットにとっては、自然と頭に入っていたり、兄妹が話す言葉が、現地の人々にはドイツ語に聞こえたりするのです。このあたり、作中では「魔法」が働いていると説明されています。

 マーディアンは狼化すると理性をほとんど失ってしまうため、彼自身が宮廷に入ることはできず、城への案内をした後は、もっぱらジョンとマーガレットが活躍することになります。
 興味深いのは、中世の宮廷がリアルな形で描かれていること。食事の作法が粗雑だったり、貴族たちの行動も乱暴、下々に対しては顔と名前の区別もついていないため、部外者が侵入してもすぐには発覚しないなど、美化された形になっていないのが面白いところです。ただ、それゆえに兄妹が危機に陥りそうになる場面もあったりと、ハラハラドキドキ感がありますね。

 人を信じること、信念がテーマになった作品で、「狼男」マーディアンがジョンとマーガレットの兄妹を信じること、兄妹がマーディアンを信じること、そしてマーディアンが親友である公爵を信じること、など、要所要所で人を信じることがポイントになっています。
 妖術師アルメリックがマーディアンの姿に化けているということもその裏返しで、クライマックス、公爵が誰を信じるのかという場面では、その信念が物語を解決に導くことにもなるのです。

 中世を舞台にしたファンタジーであり、魔法や超自然現象も存在はするものの、それがメインではありません。歪められた人間たちの信頼関係が回復されるという物語で、それらは現代にも通じる普遍的な心理として描かれています。ユニークなファンタジー作品といえるのではないでしょうか。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を2019年8月に刊行しました(完売しました)。
「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」、同人誌『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』を盛林堂書房さんで通信販売中です。



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