人生に成功する法 R・L・スティーヴンスン&L・オズボーン『難破船』
4150017719難破船
ロバート・ルイス・スティーヴンスン ロイド・オズボーン 駒月 雅子
早川書房 2005-06-09

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 スティーヴンスンが、義理の息子L・オズボーンと合作した海洋冒険小説『難破船』(駒月雅子訳 ハヤカワ・ミステリ)。謳い文句の「大人版『宝島』」という表現は、血湧き肉躍る冒険小説を想像させますが、実際はちょっと趣が違います。たしかに波瀾万丈ではあるのですが、冒険小説というよりは、なんといったらいいか、経済小説、ビジネス小説とでもいったらいいのでしょうか、そんな感じを受けるのです。
 アメリカの大物実業家の息子として生まれたラウドン・ドッドは、芸術家志望で、理想家肌の青年でした。父の要望により商業学校に入れられますが、学校に馴染めないラウドンは、パリに芸術修行に行かせてくれと懇願します。父親は、それを許す代わりにある条件を出します。手持ちの資金を学校の模擬市場で二倍にできたら、パリ行きを許可するというのです。ラウドンはうまく成功し、ようやくパリ行きの許可を得ます。
 ラウドンはパリで彫刻家としての勉強を始めますが、そこで同じく芸術家志望の青年ジム・ピンカートンと知り合い友人になります。
 そんな折り、ラウドンのもとに、父親が破産し亡くなったことを知らせる手紙が届きます。ピンカートンはアメリカで一緒に商売を始めようとラウドンに提案しますが、芸術に未練のあるラウドンはパリに留まりたいと、断ります
 父親の支援がなくなった途端に、手のひらを返したように冷たくなったパリに絶望したラウドンは、再び彼を誘うピンカートンの手紙に応じ、アメリカに戻ることになります。
 二人は様々な商売に手を出し、かなりの富を手に入れます。とりあえず順調な日々を過ごす二人でしたが、ある日、南洋ミッドウェイ沖で難破した船フライング・スカッド号の競売が行われることを知ったピンカートンは、この船を手に入れようと考えます。無事な積荷を売れば、かなりの金になると踏んだのです。
 わずかな額で落札できると考えていた二人ですが、思わぬ競争相手が現れます。その男は、評判の芳しからぬ弁護士ベレアズでした。何者かの依頼を受けているらしいベレアズは、どんどんと船の値段をつり上げていきます。相場をはるかに超えた値段をつけ続けるベレアズの態度から、二人はふと思い当たります。

 「中国の船」と彼は書いた。そのあとに罫線からはみ出た震える字で、でかでかとこう書いた。「阿片だ!」

 結局、船に麻薬が隠されていると考えた二人は、莫大な額で船を落札します。その直後、ベレアズの雇い主がディクスンという男であることを知った二人は、ディクスンを訪ね詳細を聞き出そうとしますが、彼はすでに行方をくらましていました。

 「やられた」ジムが言った。「彼は高飛びした。もし間違いなら、ピンカートンの名前を返上するよ。彼は僕らを出し抜いてミッドウェイ島に向かったんだ」

 ピンカートンは、難破船回収のための船ノラ・クリナ号を手配し、船長として手練れの船乗りネアズを雇い入れます。取引の関係上、同行できないピンカートンを残し、ラウドンはノラ・クリナ号でミッドウェイ島に向かうのですが…。
 ラウドンはディクスンよりも早く難破船にたどり着けるのでしょうか? そして難破船に隠された秘密とは? そこで彼らは思いもかけない犯罪の事実を知ることになるのです…。
 なかなか面白そうだ…、と思われるでしょうが、実はここまでのあらすじだけで、本の半分近くが過ぎています。そう言うと、面白くなるまで時間がかかるの?と疑問を抱かれる方もいるでしょうが、どうしてどうして、物語は前半から読者の興味をつかんで離しません。
 では難破船回収に出かけるまでに、どんな話が展開しているのかというと、ラウドンとピンカートンが人生において成功しようと試行錯誤する過程がじっくりと描かれます。最初は芸術家として、つぎには実業家として。その細部の描写が非常に面白いのです。
 この作品、冒険小説とはいえ、その冒険は海洋や宝探しのそれに限られません。言うならばラウドンとピンカートンの人生そのものが冒険なのです。二人がいかに人生を切り開いていくか、という人間ドラマこそが主眼であって、難破船回収のエピソードもその人生の冒険の一つとして捉えるのが正解でしょう。
 そしてそれらの冒険も、理想や夢といった抽象的なものよりは、金や株式、商売といった極めて現実的な手段を持って描かれるのが特徴です。序盤でのラウドンの商業学校のパートにしてから、すでに極めて現実的な経済活動です。ウォール街の実際の市場と連動しているという、仮想市場でラウドンは模擬的な取引を学ばされます。先物取引、株式取引、その成功の度合いによって、学校内での地位も次々にうつりかわるのです。結局、そういう世界に馴染めないラウドンはパリに向かうことになるのですが。
 飽くまで芸術にこだわる理想家肌のラウドンに対し、ピンカートンは芸術も成功の一手段としてしか考えていない現実的な男です。それゆえ、自身の芸術的な才能がないことを知った彼は、あっさりと芸術をあきらめ、別の方面での成功を模索します。そしてピンカートンのエネルギッシュな性格に引きずられて、世間知らずだったラウドンも世知を身につけてゆことになるのです。
 後半、ピンカートンと離れ、難破船探索に出かけたラウドンは、次々と困難に出会い、鍛えられてゆきます。その困難は、自然の驚異とか海賊とか、そういう現実的な困難でないところが興味深いところです。ここでも困難は、あくまで負債やら詐欺やら、経済的な困難なのです。その点で最後まで、われわれが〈冒険小説〉として思い浮かべるようなスペクタクルはほとんど出てこないといっていいでしょう。上で経済小説、ビジネス小説といったのは、その意味です。
 小説巧者のスティーヴンスンらしく、物語としての語り口は非常によくできています。主人公ラウドンとピンカートンは言うまでもなく、他の人物も巧みな描かれ方をしています。最初は下劣な悪徳弁護士として登場するベレアズさえも、後半に至っては、等身大の悩みを持った普通の人物として描かれます。そしてこの物語の核となる犯罪の犯人もまた、単なる悪役にはとどまらない深みを持った人物として描かれるのです。
 謳い文句のように『宝島』のような冒険小説を期待すると裏切られますが、これはこれで実にユニークな物語です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

久しぶりに伺いました。最近仕事が忙しくてゆっくり読書する時間もないのですが、池袋のリブロなんかを覗くと、新しいSFの短編集がけっこう出ていてつい手に取ってしまいます。とくに国書刊行会が熱いようですね。「未来の文学」シリーズとか、スタニスワフ・レム・コレクションとか……装幀も美しいので思わずレジに運びそうになるのですが、「ちゃんと読むかなあ」と自制が働き、結局棚に戻してしまう日々です。ジーン・ウルフなども読んだことがないので、面白そうだとは思うのですが踏み切れません。お薦めのものがあったら、ぜひ本文で紹介してください。記事に直接関係ない内容で失礼しました。
【2006/06/13 04:07】 URL | ほうじょう #- [ 編集]

>ほうじょうさん
ご無沙汰しております。
そうですね。〈未来の文学〉なんか非常にマニアックです。個人的にはニューウェーブは苦手で、1950年代ぐらいのオーソドックスなアイディア・ストーリーが一番好みなんですが。〈未来の文学〉次回配本は、浅倉久志編のアンソロジーだそうで、その点楽しみです。
ジーン・ウルフはかなり読者を選ぶ作家だと思いました。面白いけど難しい! 読者の読解力を高く見積もりすぎなんじゃない?というぐらいの作家なので、紹介も非常に難しいんですよ。機会があったら、挑戦してみます。
【2006/06/13 08:24】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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