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ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの短篇集を読む


ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『故郷から10000光年』(伊藤典夫訳 ハヤカワ文庫SF)

 ティプトリーの第一短編集です。以下、面白く読んだものについてレビューしています。

「そして目覚めると、わたしはこの肌寒い丘にいた」
 生殖不可能な異星人に、過剰な性反応をしてしまう人間を描く物語です。動物行動学で言うところの「リリーサー」に触発されたテーマなんでしょうか。

「愛しのママよ帰れ」
 初めて地球に表れたエイリアンは何と人間型の美女でした。しかしその体は、地球人よりはるかに大きいのです。そして地球人と彼らの関係が明らかになりますが…。
 地球人の起源をスラップスティックに語ったユーモア作品です。男女のフェミニズム的な視点も扱われていますね。

「ドアたちがあいさつする男」
 ドアに挨拶する不思議な男。彼は服の中に小さい女の子をたくさん飼っているというのです。男に導かれて不幸な女の子と出会った語り手は…。
 都会風のファンタジー作品です。

「故郷へ歩いた男」
 実験の爆発によって時空のかなたに吹き飛ばされた男。彼は一年に一度だけ故郷に姿を現します…。
 独創的な時間SF作品です。故郷に帰ろうとする男の執念がすさまじいですね。

「ハドソン・ベイ毛布よ永遠に」
 数十年後の自分と入れ替わることのできる「タイム・ジャンプ」。それにより若き日の体に戻った少女は、将来自分と結婚する男のもとに現れますが…。
 タイムトラベルを扱った、気の利いたファンタジー作品です。一筋縄ではいかない結末は、ティプトリーらしいというべきでしょうか。

「ビームしておくれ、ふるさとへ」
 子供のころから世界に違和感を感じ続けて育った青年は、宇宙計画に志願しますが、政府の予定で頓挫し、畑違いの前線に送られてしまいます…。
 著者の代表作ともされる作品です。主人公の心情には共感するものがありますね。




ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『愛はさだめ、さだめは死』(伊藤典夫、浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF)

 ティプトリーの第二短編集です。ユーモラスな作品もあれば、斬新なテーマの作品もあったりと、バラエティに富んだ作品集です。ちょっと難しい作品も混じっていますね。

「楽園の乳」
 異星で育ち、後に救出された少年は、エイリアンたちの美しさをたびたび語ります。その話に魅せられた男は、少年の案内でその星に向かうことになりますが…。
 認識の相対性を扱っているのでしょうか? テーマがつかみにくいながら、何やら凄みを感じさせる作品。

「エイン博士の最後の飛行」
 人間を死に至らしめる致命的なウィルスを作り出してしまったエイン博士。彼の最後の飛行にかかわる行状が語られますが…。
 ティプトリー短篇の中でも評価の高い、静かな語り口で語られる破滅テーマ作品。不思議な味わいがありますね。

「接続された女」
 近未来、不器量な少女が、あるきっかけで美少女の肉体に神経的に接続されます。広告が禁止された社会で、商品の宣伝をするために作られた美少女の肉体をコントロールしようというのです。彼女はやがて青年と恋に落ちますが…。
 本集でも一番メッセージ性が強く、訴えるところのある作品。不器量ながらも愛にあふれた少女の悲劇の物語です。語り口が饒舌で、そのためすぐには物語に入り込みにくいのですが、それを越えてしまえば夢中で読める傑作小説。

「恐竜の鼻は夜ひらく」
 ようやく成功したタイムトラベル。しかし莫大な予算がネックとなって研究が打ち切られそうになります。資金の鍵を握る権力者の希望である恐竜狩りを実現するため、過去から運んできた恐竜の死体を使って、狩りをしたように見せかける計画が実行されますが…。
 ユーモラスなタイムトラベルもの。過去から死体を持ち込むというのがパラドックスにならないのかどうか、ちょっと疑問が浮かびますね。

「男たちの知らない女」
 飛行機が墜落したにもかかわらず、やたらと冷静な母娘。彼女たちは飛来したエイリアンとともに地球を去ってしまいますが…。
 男には理解を絶した女を描く物語。全く予想もできないエイリアンの星に躊躇いなく行ってしまう女たちの考えとは…。論議を呼びそうな問題作ですね。

「断層」
 ふとしたきっかけで異星人を傷つけてしまい裁判にかけられた男。彼はエイリアンたちに謎の改造手術を施されます。それは主観的な時間のずれを増幅するものでした。男はやがて周りの人間よりも遅い時間を生きるようになりますが…。
 ユニークな時間もの作品です。知覚のスピードが圧倒的に遅い種族が描かれます。人間にとっての知覚とは何か? という面白いテーマを扱っています。




ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『老いたる霊長類の星への賛歌』(伊藤典夫、友枝康子訳 ハヤカワ文庫SF)

ティプトリーの第三短編集です。

「汝が半数染色体の心」
 ずっと鎖国体制を続けていた惑星エスザアを調査に訪れた学者たちは、その惑星の住民エスザアンが、奥地に住む民族フレニの虐殺をもくろんでいることを知ります。若いパックスはフレニの若い娘と恋仲になり、彼らを助けるため、事実を故国に報告するべきだと考えますが…。
 外見が人間そっくりだとしても、生殖がない限り人間とはいえない、というテーゼの作品。エスザアの住人の異様な繁殖方法が印象的ですね。

「煙は永遠にたちのぼって」
 人間が生前に強い思いを抱いた場所に意志が残るという理論が発表されますが…。
 既に本人が死に絶えた後でも、その意志だけが永遠に繰り返し現れる、という悪夢的な作品です。

「ヒューストン、ヒューストン、聞こえるか?」
 ロケットで宇宙を航行中の三人の男は、時間流に巻き込まれ、三百年後の未来にやってきてしまいます。ようやく連絡のとれた連中は女性ばかりでした。彼らの話によれば、疫病により男の子供が生まれなくなり、現在では女性しかいないというのです。しかも人口を増やすためにはクローンしか方法がなく、そのヴァラエティは一万ちょっと。
 薬の効果によって獣性を露わにした男たちに対して、女たちは彼らを地球に行かせるわけにはいかないと言いますが…。
 一見、フェミニズム的な要素の強い作品ですが、男性の愚かさを描きながらも、反対に女性を礼賛するわけでもないという、微妙なバランスの作品になっていますね。

「ネズミに残酷なことのできない心理学者」
 動物に愛情を持ち、残酷なことのできない心理学者が、上司から通告され、ネズミたちを始末しようと深夜研究所に向かいます。そこで出会ったのは〈ネズミの王〉でした。彼との接触によって心理学者は変容をとげることになりますが…。
 何やらスティーヴン・キングを思わせるようなモダンホラー風作品です。




ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた』(浅倉久志訳 ハヤカワ文庫FT)

 幻想的な要素の強い短編集です。3篇からなりますが、すべてユカタン半島のキンタナ・ローという土地を舞台にしています。
 劇的な出来事というのはほとんど起こらず、静謐な雰囲気の中、幻想的な出来事が起こるといったような作品ばかりです。それゆえ筋の起伏には欠けますが、作品全体の雰囲気は素晴らしいです。

 神話的な味わいの時間テーマ作品「水上スキーで永遠をめざした若者」、ごみや無生物のかたまりが人間の姿になって人を襲う「デッド・リーフ」も面白いですが、一番印象に残るのは「リリオスの浜に流れついたもの」でしょうか。
 アメリカからの旅人が、ある夜浜辺を散策しているとボートにしばりつけられた若い美女を見つけ、助け出します。しかし改めて見てみると、その人物は男でした。よく見ると男にも女にも見える不思議な人物、いつの間にかその人物を見失った旅人は、それは幻だったのかと自問します…。
 謎の人物の正体を明かさないところがポイントでしょうか。本来、両性具有的である海の化身であるという解釈がされますが、結局のところ真実は明かされません。

 収録作全ての作品に共通しているのは、何らかの形で、海が人間に不思議な現象を起こす、というところ。非常に不思議な味わいの作品集で、ティプトリーのSF作品とは全く異なった読み心地です。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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