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時間のすきま  ヒルダ・ルイス『とぶ船』

 イギリスの作家ヒルダ・ルイス(1896-1974)の『とぶ船』(石井桃子訳 岩波少年文庫)は、魔法の船を手に入れた子どもたちが、様々な国や時代を訪れるという冒険ファンタジー小説です。

 ラディクリフ村に住むピーター・グラント少年は、母親の病気のため、一人で歯医者を訪れることになりますが、その帰路、ふと見たことのない骨董店を見つけます。その店で魅力的な小さな船を見つけたピーターは、店主である不思議な眼帯の老人から、料金として「いまもっている金ぜんぶと-それから、もうすこし」を提示されますが、それを支払い、船を手に入れます。
 その船は、大きさも自由自在、願った国や過去の時代に運んでくれる魔法の船でした。きょうだいのシーラ、ハンフリ、サンディと供にピーターは、様々な国や時代を訪れることになりますが…。

 魔法の船に乗って、冒険を繰り広げる子どもたちを描いたファンタジー作品です。最初は船の能力がどれほどのものかが分からず、現代の別の国や場所を訪れていた子どもたちですが、やがて船に時間を移動する力があることがわかってからは、もっぱら過去の時代を冒険するのがメインとなっていきます。
 魔法の力で、その時代の言葉がわかるようになること、その時代に合った服装や姿に変身すること、などが可能になっているのですが、子どもたち自体に何か特殊な能力が身につくわけではありません。

 冒険心に富んだ子どもたちが、有名な時代や場所に行こうと軽い気持ちでタイム・トラベルするエピソードが多いのですが、その時代の身分制度や常識などを理解しないまま過去に行ってしまうため、いろいろな軋轢を引き起こし危機に陥る、ということが多くなっています。
 それは、時代を超えずに現代での場所のみの移動の場合も同じで、エジプトの町に降り立ち無銭飲食で捕まってしまったり、ピラミッド内で迷ってしまい、たまたま出くわした考古学者に助けてもらったりと、危なっかしい行動にひやひやさせられてしまいます。

 現代のパートでもそのような感じなので、過去の時代では更にその危なっかしさが加速しています。子供たちは、古代エジプトやウィリアム征服王の時代、ロビン・フッドのいる時代を訪れることになりますが、現地で囚われそうになったり、処刑されそうになってしまうようなことも。
 怖い物知らずの子どもたちの行動が、歴史を変えるほどの結果を引き起こすこともあります。どうやら、子どもたちが過去で行う行動自体が歴史に組み込まれている…というタイプの歴史改編が行われているようで、そのあたり、タイム・トラベルものとしての魅力もありますね。

 古代エジプトの王子を助けるエピソードでは、それ以前に現代エジプトの考古学者と出会うシーンで、壁画に空飛ぶ船の絵が描かれていたことが示され、それが魔法の船だということを確信した子どもたちが、それに触発されて過去を訪れるという、タイム・パラドックス的な面白さがあります。
 また、きょうだいの一人ハンフリが、模型の列車をタイム・トラベル中の船から落としてしまい、それが原因で中世で魔女狩りが起こってしまうというエピソードも面白いですね。こちらのお話に関しては、渦中の人物が過去にいられなくなり、現代に連れてきてしまう、という展開にもなります。

 ウィリアム征服王の時代を訪れるエピソードでは、領主の娘マチルダに命を助けてもらい、感謝した子どもたちが、時を置いて現代に彼女を連れて戻り、しばらくの間、楽しい日々と過ごすというお話につながっていきます。
 過去の時代で孤独を囲っていたマチルダが、子どもたちとの友情と楽しい記憶を手に入れながらも、自ら過去の時代でその身分のままに過ごす生活に戻らなければならないことを決意するシーンには切なさがありますね。

 途中のエピソードでは、来歴の不明だった魔法の船の秘密も明らかになり、そして子供たちと船との別れもいずれ来ることが示唆されます。実際にその別れそのものを描くエピソードも最後に用意されています。船を売ってくれた謎の眼帯の店主の正体、そして船との別れ。
 それはまた「子どもでなくなること」「大人になること」を意味してもいるのです。子どもたちがどのような大人になったのか、彼らの「願い」は叶ったのか、などを含めて語られるエピローグも大変魅力的です。

 主人公は船の所有者となるピーターなのですが、他のきょうだいのうち、次男のハンフリにも活躍の機会がままあります。これは作者ルイスが、実の息子である同名のハンフリのために書いたという作品成立の理由もあるのでしょうか。

 子どもたちの破天荒な冒険行、過去の時代と現代とのギャップ、魔法の船の魅力、ゆるやかにつながった時間旅行…。様々な読みどころのある作品です。やがて明かされる北欧神話とのつながりも実に魅力的。優しい語り口の石井桃子の訳文も魅力の一つで、清新な味わいに満ちた作品といえますね。

 この作品、イーディス・ネズビットのタイム・トラベルもの作品『魔よけ物語』の影響が濃いということです。確かに影響は感じますが、作者ルイスが歴史小説家ということもあり、北欧神話や歴史などのつながりから、神話的な感触が強い独自の味わいの作品になっているように思います

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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