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それぞれの人生  アイリーン・ダンロップ『まぼろしのすむ館』
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 アイリーン・ダンロップの長篇『まぼろしのすむ館』(中川千尋訳 福武書店)は、古い屋敷に起こる怪現象と屋敷に住む一族の過去をめぐって展開される、繊細なゴースト・ストーリーです。

 父を亡くし、母が仕事のために家を空けることになったため、息子のフィリップは、大叔母ジェーンの住む古い屋敷「丘の館」に預けられることになります。フィリップの母マーガレットが結婚する際、身分違いだとして反対されたことから、大叔母とは行き来がなくなっていたものの、これを機に大叔母との仲を修復したいという母の意図も働いていました
 フィリップは、父母から聞かされていた話とは異なり、大叔母ジェーンが親切で誠実な人間であることを知り、彼女に好意を持ち始めます。
 既に館に預けられていた、いとこのスーザンとも良好な関係を持ち始めたフィリップでしたが、スーザンからジェーンの悲しい過去を聞かされ、ジェーンのために何かをしたいという気持ちに駆られます。一方、フィリップとスーザンは、館の誰も住んでいない部屋からたびたび明かりが漏れるのを目撃します。
 その部屋は、ジェーンの父親で家族の上に君臨していたギルモア家の当主ウィリアムが生前使っていた部屋でした。彼は、ジェーンとその恋人だったユアンの仲を身分違いだとして引き裂いていたのです。
 怪現象の原因は館と一族の過去にあると考えたフィリップとスーザンは、一族の過去を探り始めると同時に、その過程でジェーンの悲しい過去を知ることにもなります…。

 古い館を舞台に、一族の過去を探ってゆく少年少女を描いた作品です。主人公の少年フィリップは、父母から、母の実家ギルモア家が資産家でありながら父母の結婚に反対したこと、大叔母ジェーンが薄情な人間であることなどを聞かされていたため、偏見を持ったまま館に預けられることになります。
 しかし実際のジェーンは善良な人間であり、それどころか、一族のために多大な犠牲を強いられてきたことを知ったフィリップは、彼女に同情と愛情を覚え始めます。フィリップが変わるのと同時に、フィリップといとこスーザンとの触れ合いを通して、ジェーンもまた少しづつ生きる気力を取り戻し始めます。
 フィリップとスーザンは、ジェーン自身からの話や周囲の人間からの話を総合して、ジェーンと一族の過去を再現しようとしますが、光る部屋の秘密はやはり部屋自身にあると考え、部屋を調べ始めます。その過程で、彼らは不思議な出来事に遭遇することになるのです。

 「幽霊」を含む超自然現象がいくつか発生するのですが、それが単なる趣向ではなく、物語の展開と有機的に結びついています。なぜ当主のウィリアムは晩年まで「何か」を探し続けていたのか? 婚約者のユアンがジェーンに送った手紙と指輪はどこに行ったのか? 館の部屋から洩れる光とは何なのか?
 すべての謎がかちっとはまるクライマックスには、ある種の感動がありますね。

 主人公と副主人公は、フィリップとスーザンなのですが、影の主人公とも言えるのが大叔母ジェーン・ギルモア。寡黙で自分のことはあまり話さないものの、非常に存在感を感じさせます。
 科学者になれる素養と教養を持ちながら、父親の反対で断念せざるを得ず、また婚約者とも引き裂かれてしまいます。暴君である父親を何十年も介護したうえ、最愛の兄弟も無くし、館に一人で取り残された女性。悲劇的な生涯を送ってきたにもかかわらず、誰も恨まず、過去は過去として受け入れるという、芯の強い女性として描かれています。
 しかし諦観に満ちていたジェーンの人生が、フィリップやスーザンとの生活を通して変わってゆく過程は非常にポジティブに描かれており、「過去の悲劇」をテーマにしながらも、後味のよい作品に仕上がっています。

 生意気でつむじ曲がりだった主人公の少年フィリップが、だんだんと思いやりを獲得していく過程も面白いですね。脇役を含め、登場人物の一人一人が丁寧に描写され、重みを持って描かれています。それは「暴君」ウィリアム・ギルモアさえ例外ではなく、彼にも愛情や後悔があったことが示されます。
 人には人それぞれの人生がある…、過去が悲しくとも未来を楽しくすることはできる…という肯定的なメッセージの伏流する作品で、これは子供のみならず、大人にも感銘を与える作品ではないかと思います。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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