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地獄風景  杉本苑子『夜叉神堂の男』

 杉本苑子『夜叉神堂の男』(集英社文庫)は、過去の時代を舞台にした時代小説集なのですが、そこで展開されるのは、どれもどろどろとした人間関係と、欲のままに殺しあう残酷な行為。これでもかとばかりに残酷な人間が登場するのが特徴です。

 洞窟の宝をめぐって男女数人が騙し合うという「穴の底」、体から異様な匂いをさせる女に取り付かれた男を描く「肌のかおる女」、出世のために妻を殺そうとした男が復讐されるという「最後に笑う者」、災難が起こる魔所をめぐって不倫の男女たちが不思議な現象に出会うという「鳴るが辻の怪」、占者の予言通りに死んでしまった絵師をめぐる「秋の銀河」、わがままに振舞う娘とその使用人に任ぜられた青年の悲劇を描く「鬼っ子」、篭城した兵士たちが飢え互いに人肉食を始めるという「ざくろ地獄」、清姫の子孫だという姉妹とその美しい妹娘に恋した青年の物語「くちなわ髪」、純真な娘が殺人犯として処刑されるまでを描いた「残りの霜」、殺された武将の恨みが宿った石による怪異を描いた「孕み石」、零落した姉弟が他家の財産を乗っ取ろうとする「山の上の塔婆」、親が殺した山伏の呪いで人の肉を食べずにはいられなくなった男を描く「夜叉神堂の男」の12篇を収録しています。

 明確な超自然現象が起こる作品としては、「鳴るが辻の怪」「孕み石」「夜叉神堂の男」などが挙げられます。

 「鳴るが辻の怪」は、そこから音がすることから「鳴るが辻」と呼ばれて恐れられた場所を掘ってみたところ、奇怪な仏像が埋まっていることが発覚するという物語。
 しかも不思議なことに、たまたまそこに落ち込んだ女は、入り口もないはずの仏像の中身に落ち込んでしまったというのです。内部に黄金があるという話を聞いた不倫の男女はあることを考えますが…。
 登場する仏像が非常に不気味で、悪事を企んだ男女がどうなってしまったかわからないところが怖いですね。

 「孕み石」は、かって恨みを残して死んだ武将の呪いがこもったと言われる石を盗み出して持ってきてしまった侍の家に起こる奇談。石を磨く役目をおおせつかっていた主人の七十になる乳母が突然子供を産みおとします。あっという間に成長する巨大な子供を見て、主人は石の呪いではないかと戦きますが…。
 かっての先祖の因果がめぐってくるという設定ではあるのですが、「現代」で起こっている怪異、そして謎の子供の存在がかなり不可解かつ不条理です。この作品集中でも、際立って面白い作品ですね。

 「夜叉神堂の男」は、悪人だった両親が殺した山伏の呪いにより、毎年節分の日に人の肉を食べずにはいられなくなった男をめぐる怪異談。寺に入った男が、墓を掘り返して死体を食べたり、改心して妻を迎えるものの無意識に妻を殺してしまうなど、凄惨かつ残酷な描写が目白押しです。
 男は普段は正常なため、後悔の念を抱きつづけており、真人間になろうとするものの、その異常な衝動には逆らえないのです。男の容姿が美しいという設定もあり、どこか倒錯した耽美的な要素もありますね。

 怪異がメインとなっていない作品でも、ほぼ必ず欲得ずくの不倫や犯罪、それに伴う殺人が発生し、血みどろになるという展開の作品が大部分です。それもあり、全体に怪奇幻想小説集といっていい味わいになっています。
 洞窟の中の宝をめぐって男女三人が互いに互いを騙そうとする「穴の底」、先妻を殺そうとした男が、生きて舞い戻った妻に復讐されそうになるという「最後に笑う者」などでには、ミステリ的な興趣もありますね。
 特に「最後に笑う者」では、芥川龍之介「藪の中」を意識したと思しい、複数人物からの視点が取られているのも面白いところです。

 「くちなわ髪」ではホラーとミステリのハイブリッド的な展開があり、これも面白い作品です。
 清姫の子孫といわれる姉妹に旅先で出会った青年は美しい妹娘に惹かれて結婚を申し込みます。しかし妹のせいで顔に火傷を負ってしまった姉娘も一緒に同行するというのです。やがて妹は子供を生みますが、直後から体の調子を悪くしていきます。姉によれば、一族には一世代に必ず美しい娘が生まれるが、成人後、清姫の呪いにより蛇性を発揮することになる。妹もその状態にあるのだというのですが…。
 安珍・清姫伝説をベースにした物語で、その一族の子孫の娘を描くという作品ですが、この伝説がある種のミスディレクションになっているというのもユニークなところです。

 「ざくろ地獄」も強烈なインパクトがあります。秀吉により鳥取城に篭城させられた兵たちが飢え、互いに食料として周囲の人間を狙い始める…という物語。
 境与三右衛門とその情婦である腰元イシを中心に、酸鼻を極めた物語が展開します。主人公のカップルだけがおかしくなっているのではなく、篭城しているほとんどの人間が極限まで飢えているため、主人公たちの行動もそれほど異常に見えない、というのがすごいですね。怪我をした姫の傷口に家臣が衝動的に吸い付いて血を吸ってしまう…という描写は強烈です。



テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
図書館が再開して嬉しい!
図書館は入口で図書券のチェックと消毒を行い、雑誌などの閲覧も出来ず滞在も30分以内で検索機器も使用禁止。それでも沢山の書籍に囲まれて幸せです。欧米の怪談とは一味違う、じっとりとした話ばかりで有名なアンソロジーピースもありますね。「夜叉神堂の男」は食人の衝動に駆られる時以外は見目麗しい善人なのが残酷です。覚悟して躯を提供してくれた浪人が心に残ります。凄惨な話なのに後味は悪くないというか。
【2020/06/03 12:34】 URL | 奈良の亀母 #- [ 編集]

>奈良の亀母さん
図書館、まだ不自由な点はあるものの、徐々に開館してきているようですね。
「夜叉神堂の男」、残酷でどろどろした話が多いですが、読み心地がそれほど凄惨ではないのは時代小説ということもあるのでしょうか。
【2020/06/05 19:31】 URL | kazuou #- [ 編集]


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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を2019年8月に刊行しました(完売しました)。
「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」、同人誌『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』を盛林堂書房さんで通信販売中です。



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