死よりも残酷な  ジョナサン・キャロル『パニックの手』
4488547095パニックの手
ジョナサン・キャロル 浅羽 莢子
東京創元社 2006-05-27

by G-Tools

 ジョナサン・キャロルの作品においては、主人公が現実の残酷さを突きつけられる…というパターンがよく見られます。その点で、エンタテインメントにしては、非常な不快感を覚える作品も、ままあります。この短編集『パニックの手』(浅羽莢子訳 創元推理文庫)は、そのあたりの味付けが控え目なので、キャロルの長編が合わなかった人にも勧められます。

 『フィドルヘッド氏』 親友のレナからプレゼントされた、美しい金のイヤリング。しかしある日、宝石店で同じ品物を見つけた「わたし」は驚きます。レナ自身が作ったと言っていたはずなのに。店員から、デザイナーは男性であると聞かされた「わたし」は不審の念を抱きます。レナの秘密とはいったい?
 いわゆる「架空の友達」テーマの作品です。結末の処理に、キャロルらしい意地悪さが感じられます。

 『おやおや町』 子供たちも成人し、満ち足りた生活を送っているスコット夫妻は、新しく雇った家政婦ビーニィに驚かされます。恐ろしく有能で、話術も巧みな彼女に夫妻は惹かれてゆきます。彼女が掃除のたびに捨てるかどうか聞きにくる品物によって、スコットは過去を思い出す機会を得るようになります。しかし彼女が思い出させるのは楽しい過去ばかりではなかったのです…。
 常人離れした家政婦ビーニィの「いい」話なのかと思っていたら、とんでもない展開に。超自然的な要素を前面に押し出した形なのですが、結末はあまりにも残酷。スコットは知りたくなかった現実のすべてを突きつけられ、もてあそばれます。まさに天国と地獄、その落差が非常に印象的な作品。

 『友の最良の人間』 ペットの犬フレンドを事故から助けようとして、イーガンは片足を失ってしまいます。入院中に出会った少女ヤゼンカはフレンドの言葉がわかると話し、イーガンと友人になります。ヤゼンカはフレンドから聞いたという内容を話して聞かせますが、それらはことごとく実現してゆきます。ヤゼンカが死の直前に伝えた恐るべき内容とは…。
 犬との友情で結ばれた青年のさわやかな物語が、だんだんと非日常的な雰囲気につつまれていきます。恐るべき事態を暗示する印象的なラストもなかなか。〈破滅SF〉のヴァリエーションです。

 『細部の悲しさ』 お気に入りのカフェでくつろぐ主婦の「わたし」は、ある日不思議な老人に出会います。彼は突然「わたし」の家族が映っている写真を見せます。その中の一枚には、9年後の息子の姿が映っていると言うのですが…。
 神を思わせる老人の不可解な行動。老人が「わたし」に求めるものとは? 神の解釈がユニークで興味深いです。

 『ジェーン・フォンダの部屋』 地獄に来たポールは、その綺麗な作りに驚きを覚えます。ポールが「決断」したのは「ジェーン・フォンダの部屋」。その部屋が持つ意味とは?
 キャロルには珍しいオーソドックスなアイディア・ストーリー。地獄や悪魔のモダンな解釈が楽しいです。

 『ぼくのズーンデル』 オーストリアの伯爵が、狼男を見分けるために作り出したという交配種の犬「ズーンデル」。狼男と接触すると犬の目は黄色になると伝えられているのです。貴重なその犬を買った友人から頼まれて、「ぼく」は犬を預かることになります。散歩の途中、たまたま美しい女にぶつかった犬の目が変色するのを見て「ぼく」は驚くのですが…。
 これもキャロルには珍しいオーソドックスなホラー作品。狼男といっても、怪物そのものではなく、人間の悪意や殺意という解釈をしているところが目新しいです。

 『パニックの手』 美しい恋人を手に入れ順風満帆な「ぼく」は、ある日電車の中で、驚くほど美しい母娘と出会います。やたらと饒舌で妖艶な母親に比べ、娘はどもりの癖があり引っ込み思案な様子でした。母親は、娘の目の前で突然「ぼく」を誘惑し始めます。立ち去ろうとする「ぼく」を娘は必死で引き留めるのですが…。
 何気ない日常から始まり、全く予測のつかない展開が素晴らしい作品。得体の知れない母娘の謎が、結末まで読者を引っぱります。恋人を真摯に愛していると自認する「ぼく」を嘲笑うかのような結末は、実に皮肉が効いています。
この記事に対するコメント

kazuouさんトラックバック有り難うございます!
こちらからもトラバさせていただきました。
「パニックの手」今読み進めてますが、どのお話も面白い!心から楽しんで読んでます。
まだ全部読み切れてないけど、「おやおや町」は途中からいきなりスケールが大きくなってビックリしました。タイトルからは全く想像が付かないよ…(^.^;)
【2006/06/08 22:01】 URL | そら #- [ 編集]

禁小説中
おや、早いですね。買いこんでますがまだ読んでません。マコーマックを読んだので、精神のリハビリのために1週間小説から遠ざかることにしているんです。
読んで記事を書いたらTBさせていただきますね。
【2006/06/08 22:52】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

>そらさん
トラックバックちゃんと行きましたか? 反映されないんで失敗したかと思いました。
キャロルが面白いと思ったのは、この短編集が初めてですよ。意地悪なのは相変わらずなんだけど、それよりもジャンルのフォーマットにわりと忠実な感じで作られてるのに好感を持ちました。
『おやおや町』は、ものすごい展開ですよねえ。誰がこんな展開思い浮かべられるかっていう感じです。読み終わっても、タイトルの意味が相変わらずわからないんですけど。
【2006/06/08 23:32】 URL | kazuou #- [ 編集]

>迷跡さん
マコーマックは余韻を引きずりますよね。それぞれの短編を長編にしてもいいぐらい、密度の濃い作品集だと思います。
あとキャロル、感想楽しみにしております。
【2006/06/08 23:34】 URL | kazuou #- [ 編集]

再コメント
本日読了。記事をアップしましたのでTBさせていただきます。
kazuouさんが奇妙度不足から紹介していない”普通の小説”もなかなかいいですね。そこに共通するテーマはどうしようもない孤独感でしょうか。
「秋物コレクション」なんかは唯一優しい作品に仕上がっていますが、その題名が最大の皮肉になっているような‥。なさけない男を描いてもおしゃれになってしまうところがスタージョンと違うキャロルらしさなんでしょうね。
【2006/06/18 16:37】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

おしゃれ?
読了されましたか。この作品集はいままで読んだキャロルの作品の中で、唯一面白かったといえるものでした。これなら『黒いカクテル』も期待できそうな感じです。
『秋物コレクション』これも、まあ悪くはない作品だと思います。ただ迷跡さんの言われている「おしゃれになってしまうところ」が僕としては、気障ったらしく感じてしまうのも否定できないんですよね。
【2006/06/18 17:32】 URL | kazuou #- [ 編集]

TB貼らせてもらいました
短編、好きです。それに”奇妙な味”や”マイナー”が着いているなんて、私の個人的な好みにぴったりの趣向です。
また、寄らせてもらいます。私の所にも奇妙でマイナーな本が結構あると自負してますので、お時間があれば是非訪問下さい。

竹蔵
【2006/10/14 07:26】 URL | 竹蔵 #MOT3XoKg [ 編集]

>竹蔵さん
コメント&トラックバックありがとうございます。
ブログ拝見しました。いろんなジャンルの本をお読みで羨ましいですね。僕は読書傾向が偏っているもので、参考にさせていただきます。
また機会がありましたら、お寄りください。
【2006/10/14 09:09】 URL | kazuou #- [ 編集]


kazuouさん、コメントありがとうございます。
マイナーだけど面白い翻訳作品の紹介を、いろいろ読ませていただきました。
あ、これ読みたいなーと思うものもたくさんあり、これから楽しみです。
この「パニックの手」では、私は「フィドルヘッド氏」と「ジェーン・フォンダの部屋」が好きですね。
子供の頃、やはりフィドルヘッド氏のような心の友人がいて、思い出しました。
あと、好きな女優の出ている映画でも、毎日毎日何度も何度も観るなんて、やはりそれは「地獄」なんでしょうね。
【2006/10/14 20:10】 URL | mamy #- [ 編集]

>mamyさん
「フィドルヘッド氏」は、たしかに魅力的な人物ですね。
「ジェーン・フォンダの部屋」も、さりげなく皮肉が効いていて、好きな作品です。どんなに好きなことでも、永遠に繰り返されれば地獄になってしまう…。ふと人生の心理の一端を感じさせるファンタジーでした。
また機会がありましたら、ぜひお立ち寄りください。
【2006/10/14 22:12】 URL | kazuou #- [ 編集]


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パニックの手

本日のお買い物。★パニックの手(ジョナサン・キャロル/創元推理文庫)★隠し部屋を査察して(エリック・マコーマック/創元推理文庫)…もう当分本は買わないって言ってたんじ セレスタイト【2006/06/08 21:55】

ラストの2行

『パニックの手』(ジョナサン・キャロル/浅羽莢子訳2006創元推理文庫)読了。うん、短編もなかなかいける、キャロルは。ベストは表題作でもある「パニックの手」ウィーンからミュンヘンに向かう夜行特急で瓜二つの美人の母娘に話しかけられる。いい設定だ。... 迷跡日録【2006/06/18 16:24】

[読書][創元推理F]『パニックの手』ジョナサン・キャロル/浅羽莢子訳(創元推理文庫)★★★☆☆

 恥ずかしながらジョナサン・キャロル初読書。意外とポップでライトな文章なので驚いた。もっとハードな幻想体質の作品なのかと思ってました。すごく読みやすい。モダンホラーやサスペンスを読むような感じですいすい読めます。それはもちろん、そういうとっつきやすさか たむ読書&映画日記【2006/08/10 13:55】

「パニックの手」 ジョナサン・キャロル著 創元推理文庫

またすごい作家を発掘してしまった。渋谷のブックファーストに寄って、飛行機の中で気軽に読めるものを探していた。1、2時間で読めるもの、しかも途中でやめてしまってもかまわないものといえば、短編小説である。そう、面白くなかったら、いつでも読むのをやめられるのだ Nobody knows【2006/10/14 00:41】

パニックの手

パニックの手 (創元推理文庫) ジョナサン・キャロル著 浅羽 莢子訳 税込価格 竹蔵雑記【2006/10/14 07:18】

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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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