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幽霊と記憶  ペネロピ・ライヴリィ『トーマス・ケンプの幽霊』

 イギリスの作家、ペネロピ・ライヴリィ(1933-)の長篇『トーマス・ケンプの幽霊』(田中明子訳 評論社)は、17世紀の魔術師の幽霊に悩まされる少年を描いたファンタジー作品です。1973年度のカーネギー賞を受賞しています。

 ジェームズ・ハリスン少年とその家族は、古くから建つ<東端荘>に越してきます。ジェームズのために屋根裏部屋は寝室に改装されていましたが、その際に工事業者の男たちは、窓枠の奥に隠されていた小さなびんを落として割ってしまいます。
 引越しの直後から、家にある紙や黒板に、古風な文体と書体で、不思議な内容が書き残されているという事件が相次ぎます。その内容によれば、文章を書いているのはトーマス・ケンプという昔の魔術師であるようなのです。トーマス・ケンプは、ジェームズに彼の弟子となり言うとおりに動くことを要求していました。
 要求を断るジェームズに対して、ケンプの幽霊は家の中の物を壊しはじめます。両親はジェームズのいたずらだと思い込み、取り合ってくれません。
 友人も半信半疑の対応をするなか、ジェームズは幽霊祓いを副業としているという建築業者バート・エリソンの話を聞き、助けを求めてバートの住まいを訪ねます…。

 ひょんなことから封印が解け、少年にまとわりつくことになった魔術師の幽霊と、それを追い払おうとする少年ジェームズを描いたファンタジー作品です。
 幽霊とはいっても、この作品に登場するトーマス・ケンプは「ポルターガイスト」に近く、姿は全く見えません。文章を書き残すほかに、家の中や周囲の物を動かしたり壊したりと、念力的な力を発揮します。
 しかし、ジェームズ以外の人間の前ではその力を見せないため、周囲の人物は彼の存在を信じてくれません。幽霊の存在を認識しているのは、犬のティムと幽霊祓いをするバートぐらいで、実際バートはジェームズに協力することになります。

 幽霊が物理的な力を行使するといっても、花びんを割るぐらいで、人の命に別状はなく、それほどの被害は出ません。なので、主人公ジェームズがケンプの幽霊を追い払おうとする過程も、どこかユーモラスでのんびりした形になっています。
 何か事態が起きるたびに、ジェームズのいたずらになってしまい、食事を抜かされたり、おこづかいを減らされてしまう…というのも楽しいですね。

 のんびりした展開のお話ではあるのですが、主人公ジェームズが幽霊と関わりあう過程で、人間が生きてきた人生や記憶、歴史といったものを認識し、成長していく…というのがメインテーマといえるでしょうか。その意味では、中盤で登場する、家に残されていた古い手記のエピソードは重要な意味を持っています。

 100年以上前にもケンプの幽霊は現れており、当時住んでいた少年とその伯母が悩まされていたというのです。その伯母が残した手記を読んだジェームズは、過去の人間たちに思いを馳せることになります。
 また、近所に住む老婦人が、手記に登場する少年が老人になった際に会ったことがあること、老人もかっては子供だったことがあること、幽霊トーマス・ケンプ自身もまた、生前は生きている一人の人間であったことなどに思い至ることになるのです。

 人間の記憶は引き継がれること、「幽霊」という形で「場所」に「記憶」されることもあること、なども隠れたテーマとして伏流しているようです。解説にも引用されていますが、クライマックス、教会の場面での文章は非常に良くそれを表しています。

 教会はもうとても暗く静かでしたが、からっぽではありません。これだけ長いあいだ、これだけたくさんの人に使われてきた場所はけっしてからっぽにはなれないからです。古い建物がすべてそうであるように、この教会堂もたくさんの人たちの思いや気持ちでみたされていました。

 表面上はコミカルな物語でありながら、その底には人間の人生や歴史的な重みを肯定するような認識が広がっており、非常に優しい視点で描かれた作品になっています。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を2019年8月に刊行しました(完売しました)。
「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」、同人誌『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』を盛林堂書房さんで通信販売中です。



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