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眉村卓の短篇集を読む
 昨年末惜しまれつつ亡くなった日本SF界の巨匠、眉村卓。彼の短篇集はどれも高水準で楽しめる作品集が多くなっています。「SF」のカテゴリーで発表された作品が多いのですが、今読むと、どちらかと言うと「幻想小説」や「ファンタジー」に近い作品も多く含まれています。以下、いくつかの短篇集について紹介していきたいと思います。


異郷変化 (角川文庫 緑 357-9)
眉村 卓
KADOKAWA (1976-12)

眉村卓『異郷変化』(角川文庫)
 様々な土地を舞台にして、旅情豊かに描かれる幻想小説集です。

「須磨の女」
 助教授の栗田は副業のマンガが有名になり、須磨のラジオ局にゲストとして呼ばれることになります。アナウンサーの林野ミカは彼に好意を寄せるそぶりを見せますが…。
 魅力的な若い女性の正体とは…? 幻想的でありながら妙なユーモアも感じられる作品です。

「奥飛騨の女」
 出張帰りに飛騨に寄ろうと列車の旅を続ける安倍は、車内で出会った若い女性に押し切られる形で彼女の案内を頼むことになります。マユミと名乗る女は時間が経つうちに段々と容色が衰えていくのに気付きますが…。
 人ならざる女に引き込まれそうになるという、伝統的な幽霊話の現代的なバリエーション作品です。後年にその事件を振り返るという結末の視点は、どこか侘しげで味わいがありますね。

「風花の湖西線」
 高校の同窓会に向かった古川は地元で、高校時代の憧れの女性、石原直美に似た若い女性に声をかけられます。作家としての古川のファンだと言う彼女は、一緒に歩きたいと言うのですが…。
 憧れだった女性の面影を残す女は一体何者なのか? 幽霊話かと思いきや、ちょっとしたひねりが待っています。失われた過去への思いが描かれる好篇。

「空から来た女」
 映像関係の仕事をしている溝口は、UFOは人間のテレパシーに応じてやってくるという話を聞いて、たわむれに祈ります。やがて彼の目の前にやってきた女性は宇宙からやってきたと話しますが…。
 宇宙人だという女性は本物なのか、それとも…? ユーモラスな展開ながら、結末はちょっとしんみりとさせますね。

「中之島の女」
 イラストレーターの竹原は、友人の藤崎の誘いから、深夜の中之島を訪れます。突然現れたOLの集団に二人は追いかけられますが…。
 深夜の無人の町で集団のOLに追い回されるというシュールな展開ながら、不条理な怖さのある作品です。

「銀河号の女」
 大谷は寝台急行銀河で、喪服を着て遺骨を抱いた女3人組を見かけて不審に思います。何度も見かけるうちに、3人組は大谷に話しかけてきますが…。
 ホラータッチで描かれる不気味な作品。戦争に関するテーマ意識も強く、問題作といっていい作品でしょうか。

「砂丘の女」
 鳥取営業所の様子を見に派遣された石田は、所長で同期でもある柿本から、地元を見ていくことを薦められます。砂丘を訪れた石田はそこで美しい女性と知り合いますが…。
 美しい女性の幻想とともに、都会と仕事に囚われている男の意識の変化が描かれます。

 収録作に共通するのは、様々な土地の旅情、そして人ならざる美しい女性が登場するというところ。タイトルもそれを表すように「…の女」と題されています。
 主人公は往々にして中年のサラリーマンであり、仕事やそれまでの人生に疑問を抱き初めています。そんな彼らが、慣れぬ土地で不可思議な存在に出会うことにより、ちょっとしたアイデンティティの変化を起こす…というのがコンセプトの作品集といっていいでしょうか。



通りすぎた奴 (1977年)
通りすぎた奴 (1977年)
posted with amachazl at 2020.04.03
眉村 卓
立風書房 (1977-05)

眉村卓『通りすぎた奴』(角川文庫)
 幻想的な要素の濃い作品集です。

「空しい帰還」
 栗田進は戦時中に疎開していた岡山の町を訪れますが、誰も自分を覚えていません。自宅に戻っても誰も自分を知らないと言うのですが…。
 パラレルワールドに転移してしまった男を描く物語です。主人公の不安が強烈に描かれる作品。

「窓の灯」
 ニュータウンにある「おばけマンション」を撮影に訪れた一行は、無人のはずのマンションに灯りがついていることに気が付きますが…。
 外から灯りが見えるものの、中には誰もいない、という奇怪なマンションを描いた作品です。

「疲れ」
 小島はある日、ちょんまげの武士のような男に水をかけてしまいますが、男は刀で切りかかってきた直後に消えてしまいます。友人は疲れによる幻ではないかと話しますが…。
 幻覚なのか実在するのかわからない武士をめぐる物語。どこかしみじみとした味わいがありますね。

「青白い月」
 橋本健治は突然現れた見知らぬ女に温泉地まで引っ張られていってしまいます。女によれば彼と彼女は恋人であり、女の内縁の夫を殺したというのですが…。
 これもパラレルワールドらしき世界に迷い込んでしまった青年の物語。暗いトーンで結末は救いがないです。

「ブレザーコート」
 ふと入ったデパートで気に入ったブレザーコートを買った男は、それを着て大阪支社に向かいますが、支社ビルの内部には誰も人間がいないのです…。
 不条理な展開の恐怖小説的作品です。

「切断」
 ラジオ出演者の新田は、ここしばらく周りの人々がひどく遅く動くのが気になっていました。やがて時間が停止するような瞬間がたびたび訪れます。体は動かないものの、意識だけは働くのです…。
 時間が遅く感じるようになった男を描く物語。意識だけが働く…というのが面白いところですね。

「ある夜の話」
 平安時代を題材に原稿を書く必要に迫られた男は、酒場で知り合った男が平安時代に詳しいと聞き彼の家を訪れます。彼は未来人と一緒にタイムマシンに乗り、平安時代でしばらく暮らしたというのですが…。
 タイムスリップ作品。一緒に過去に行った未来人が乱暴者という設定が面白いです。

「ネズミ」
 地下室で電話のやり取りをする仕事をする男は、一人ではさばききれない仕事量に困っていました。ある日突然現れた女は彼の仕事を手伝い始めますが…。
 どことも知れない時代・場所で展開される、寓話性の強い作品です。

「通りすぎた奴」
 人々は、2万5000階まであるという巨大な建造物の中で働き、暮らしていました。人々はエレベーターで長距離を移動していましたが、ある日わざわざ階段で移動をしているという青年が現れます。青年が最上階を目指して移動するうちに、彼は聖者ではないかという噂が立ちますが…。
 巨大建造物で展開される奇妙な設定の物語です。結末は結構怖いですね。この短編集では一番インパクトのある作品でしょうか。



ワルのり旅行 (角川文庫 緑 357-5)
眉村 卓
KADOKAWA (1975-08)

眉村卓『ワルのり旅行』(角川文庫)
 主にサラリーマンや会社員生活をテーマにした作品が多いのですが、<奇妙な味>的な要素も強く、楽しく読める作品集です。

「ワルのり旅行」
 脱サラを行いそれぞれ成功した男女6人は、かって同じ会社「大阪産業」に勤める社員でした。売れっ子放送作家となった朝霧は、皆に大阪産業社員のふりをして慰安旅行に行かないかと提案します。作家の浦上は誘いにのって旅行に参加しますが…。
 脱サラしながら、あえてサラリーマンのふりをして慰安旅行を行う男女を描いた作品です。特に大事件は起こらないものの、ちょっとした悲哀を感じさせる作品になっています。

「主任地獄」
 主任の朝田は、部下の女性大内が自分への反発から仕事をまともに行わないことに業を煮やしていました。やがて新規に採用された岸久美子は向上心もあり、そちらに仕事の大部分を振ることになります。やがて朝田は大内の幻覚を見るようになりノイローゼ気味になりますが…。
 部下に板挟みになった男を描く作品。しみじみとした味わいがありますね。

「長い三日間」
 会社が週休3日になり、手持ち無沙汰になった片岡は、ある日先輩の山崎に会います。彼は休みを利用してアルバイトを行ったり学校にも行っているというのです。アルバイトを手伝わないかと誘われた片岡は、スポーツセンターを訪れてみますが…。
 非常に現代的なテーマの作品です。風刺的な意図で描かれた作品でしょうが、実際にありえそうなシチュエーションということで、今でも価値が失われていない作品かと思います。

「屋上の夫婦」
 作家として独立したものの経済的に苦しい内田テツヤと妻クニコは、家賃がタダだという条件に惹かれて都心のマンションの管理人になりますが、その住宅は屋上に建てられた安っぽいものでした。入居者は派手な若者が多く、事あるごとに内田夫妻ともめごとになります。
 やがて住人たちは屋上を封鎖し、夫妻が外に出れないように閉じ込めますが…。
隣人たちとのもめ事がエスカレートする…という現代的なテーマですが、それが幻想的な展開になるというユニークな作品。結末の急展開がちゃんと作品のテーマとつながっているところに感心します。

「われら恍惚組合」
 定年65歳制になったその会社では、高齢の職員は屋上で将棋をしながらランチするのを楽しみにしていました。しかし若い社員がスポーツするのに邪魔になるということで、総務からスポーツ以外の使用を禁止されてしまいます。
要求を組合にもつっぱねられた高齢社員たちは自分たちだけで新しい組合「恍惚組合」を結成しますが…。
 高齢社員たちと若手社員たちとの世代の断絶を描いています。これも現代に通用するテーマの作品ですね。

「トドワラの女」
 S保険のCM作成のため、落ち目の俳優竹川が惨めな目に会うという企画を考えた一行は、北海道の野付半島を訪れます。CM撮影の最中に突然現れた女は、竹川のそばにまとわりつきます。本来腰の低い卑屈な性格であるはずの竹川は、女と話した後、別人のようになりますが…。
 どこかスラップスティックな雰囲気の作品が最終的には幻想小説へ。モダンな装いの妖怪譚です。

「トロキン」
 妻から頼まれた精神安定剤「トロキン」を買い忘れた男は、妻を迎えに団地の集会所を訪れますが、そこで妻たちの怪しい相談を漏れ聞いてしまいます。やがて美人として有名なK夫人の夫が錯乱し落下死してしまいますが…。
 団地の妻たちは何を隠しているのか? ブラック・ユーモアにあふれた奇妙な味の作品です。

「青い道化」
 ラジオディレクターの中谷は、DJの早瀬の態度に業を煮やしていました。高校の同級生のよしみで様々な面でサポートをしていたものの、早瀬はいい加減な行動を繰り返していたのです。早瀬が泥酔でろれつが回らなくなったとき、苦肉の策として中谷は自らがDJとして出演することになります。
 中谷は早瀬の語り口のパロディを行いますが、リスナーにそれが受けてしまい、早瀬の代りにDJをやってくれないかと依頼されますが…。
 芸能人とディレクターの立場が逆転してしまうという皮肉な運命を描いた作品ですが、思いもかけない結末が待っています。早瀬の凋落に対して、主人公の中谷が一方的に責め立てられるという展開が描かれますが、その部分を含めて不条理小説風の怖さがある作品です。



素顔の時間 (角川文庫)
素顔の時間 (角川文庫)
posted with amachazl at 2020.04.03
眉村 卓
角川書店 (1988-02)

眉村卓『素顔の時間』(角川文庫)

「点滅」
 副編集長の佐久間は、雑誌の企画として奇人として有名な刈谷という大学教授にインタビューを行います。刈谷によれば、現代人は所有欲が亢進する病気にかかっているというのですが…。
 現代文明を批判した風もある、奇妙な味の作品です。

「逢魔が時」
 フリーライター島崎は、中年に入り自分の能力が衰えていることを感じていました。パーティーの席で版画家の谷川なつえと会った島崎は、自分が子供のころ見知らぬ男からもらった不思議な円盤を彼女も所有していることに驚きますが…。
 中年の危機をSF的な奇想と結びつけた作品です。

「秋の陽炎」
 安田はある日突然、外を歩く人間たちのそばに陽炎のようなものが立っているのに気がつきます。建物の中に入るとそれは見えなくなるのです。友人はそれは「オーラ」ではないかと言うのですが…。
 不思議な現象が見えるようになった男の物語。現象の解釈がこの著者らしくユニークですね。

「枯れ葉」
 夢想家である大槻は、他人の家を見てはその生活を想像するという趣味を持っていました。空想癖が嵩じて浪費し借金取りに追われるようになった大槻は、ある日自分たちのところへ来いという誘いの手紙をもらいますが…。
 別世界へ逃避するという物語ですが、SF的な解釈が施されています。ちょっとメタな視点もありますね。

「素顔の時間」
 その世界では「基本時間」の後に「延伸時間」という時間が存在していました。「延伸時間」に入ると人々は超能力が使え、例え死んでも「基本時間」に入れば生き返れるのです。「延伸時間」の最中、吉川は、婚約者が死にかかっているという連絡を受けますが…。
 夢のように何でもできる「時間」が存在するというユニークな設定の作品です。ただ、そこでは人々のモラルや抑制が欠けており、やりたい放題になるというのが面白いところですね。

「減速期」
 電車内で、楠田は高校時代につきあっていたクラスメート大島杏子にそっくりな女子高生に出会います。またかっての恋人や同僚などにそっくりな人間、そして自分自身の若い頃に似た青年にも出会います…。
 過去に自分に関わりのあった人間に、当時の姿そっくりな姿で出会う…という「分身」テーマのバリエーションのような作品です。この現象の解釈がタイトル名になっているのですが、この著者らしい、しみじみとしたものになっています。

「少し高い椅子」
 離婚したばかりの中年男性秋山が自宅に帰ると、見覚えのない女性が赤ん坊と共に部屋にいました。別の世界に入り込んだのではないかと考えた秋山は、恐る恐る出社しますが、彼の地位は以前とは違っていました…。
 パラレルワールドに入り込んだ男を描く作品です。別世界をすぐに否定するのではなく、自然に溶け込むように行動する…というのは、まさに小市民的。眉村卓らしい物語展開ですね。全体的にポジティブな物語なのですが、最後にちょっと不安な要素を入れてくるのも面白いです。



かなたへの旅 (1979年) (集英社文庫)
眉村 卓
集英社 (1979-10)

眉村卓『かなたへの旅』(集英社文庫)
 怪奇幻想色の濃い作品集です。

「夜風の記憶」
 港野は大阪で旧友の東川と飲みに行くことになります。学生時代にアルバイトをしていたアルサロをふと思い出した港野は、店を見つけ入店しますが、その店の店員たちはどうやら過去の人間たちのようなのです…。
 過去に入り込んだ男の物語。かっての自分の若さを悔やみながらも、それを受け入れる…という作品です。

「S半島・海の家」
 人気の旅行スポットであるS半島の海の家にやってきた水原夫妻は、その宿では奇怪な現象が続くのに驚かされます。しかも、そこにいると二人ともどんどん年を取っていくように見えるのです…。
 怪奇現象の起こる宿をスラップスティックに描いた作品です。これは楽しいですね。

「檻からの脱出」
 平林は泊まる宿がなく困っていたところ、ようやく浦島というホテルを確保しますが、そこは連れ込みホテルでした。部屋から出ようとするとドアが閉まっており出ることができません。
 電話もつながらず困った平林は窓から脱出することにします。外の世界にはなぜか人が全くおらず、女が一人だけしかいないのですが…。
 ホテルの内側から別世界につながってしまうという怪奇小説。これは魅力がある作品ですね。

「乾いた旅」
 旅行中の北川は、共同経営者だった稲本の失踪について思い出していました。彼は事業が大変な時に突然失踪してしまったのです。やがてバス乗り場で出会った若い女は、別世界に行きたくはないかと話しかけてきますが…。
 仕事や日常生活に疲れた者たちが逃避する別世界を描いた作品です。主人公はその世界に行くことを決断するのかどうか…というのが読みどころですね。

「潮の匂い」
 妻が息子の受験勉強で忙しいため、手持ち無沙汰になった松井は自転車で外に出かけます。工場地区を抜けた先に夜店を見つけた松井はそこで一休みしますが、品物の値段が異様に安いことに驚きます。そこはどうやら別の世界のようなのですが…。
 パラレルワールドらしき世界に入り込んでしまった男の物語です。物の値段が異様に安いものの技術はあまり発展しておらず、貧富の差も激しいらしき世界であるにも関わらず、主人公は希望を感じてその世界に入り込んでいく…というポジティブな作品です。この著者としては珍しい味わいの作品でしょうか。



新・異世界分岐点
新・異世界分岐点
posted with amachazl at 2020.04.03
眉村 卓
出版芸術社 (2006-09-01)

眉村卓『新・異世界分岐点』(出版芸術社)
 不思議な世界に迷い込んだ人間たちを描く幻想小説集です。

「血ィ、お呉れ」
 会社の薦めで社宅に入居した夫妻でしたが、そこは古い長屋のような家でした。ある夜、彼らは道で少年のような姿形の怪しい存在に出会いますが…。
 戦後間もない、テレビもない時代に若夫婦が出会った不思議な存在について語られる物語。タイトルにもある「血ィ、お呉れ」<のフレーズには強烈なインパクトがありますね。

「夜風の記憶」
 港野は大阪で旧友の東川と飲みに行くことになります。学生時代にアルバイトをしていたアルサロをふと思い出した港野は、店を見つけ入店しますが、その店の店員たちはどうやら過去の人間たちのようなのです…。
 過去に入り込んだ男の物語。かっての自分の若さを悔やみながらも、それを受け入れる…という作品です。

「超能力訓練記」
 地方の出張所の所長として赴任した横山は、地元で採用した部下が皆どこか熱心さに欠けるのが気になっていました。体調もどこかしら優れないのです。本屋でたまたま手にした本の中で、超能力を訓練する組織の存在を知った横山は訓練を受けてみようとその場所を訪れますが…。
 単身赴任し意気の上がらない男が、超能力の訓練にのめり込む…という物語。平凡な男が超能力を手に入れてヒーローになるというような話かと思ったら、思いもかけない展開に。結末はホラーとも取れますね。

「エイやん」
 妻を亡くした初老の作家、浦上映生はある日ふと、少年時代に住んでいた町を訪れますが、そこで見知らぬ女に呼びかけられます。またスナックのマスターは彼のことを「エイやん」と親しげに呼びかけますが、浦上には覚えがないのです。
 マスターに事情を聞くと、「エイやん」は途中まで自分と同じ人生を送りながらも、ある時点で道を違えたもう一人の自分であるらしいのです…。
 もう一人の自分が存在する世界に入り込んでしまった男を描くパラレルワールドもの作品です。もう一人の自分「エイやん」は、男気があり皆に好かれる人気者だったというのです。あり得たかもしれない人生と、自分の歩んできた人生の再認識、哀愁あふれる作品ですね。

「芳香と変身」
 友人の石上から、ある花の芳香を嗅ぐと若返ることができるという話を聞いた岡村は、自分の体が突然突然若返っているのに気がつきます。戸籍も身寄りも失った岡村は貯金を食い潰しながら働き口を探しますが、なかなか見つけることができません。
 しかも接触する人間の人生や本質を見通してしまう能力もまた得ていたのです…。
 若返ったものの、何か新しい人生に挑んでいくという方向にはいかないところが眉村卓らしいところでしょうか。諦観に満ちながらも、生きてはいかなくてはならない、という味わい深い作品です。

「マントとマスク」
 武道をならっていた森田は仲間とともに不良に襲われていたカップルを助けます。その直後に現れた謎の老人は、彼らにマントとマスクを渡し、呼ばれたときにはそのマントとマスクをつけて正義の味方として活躍しなさいと言い残して姿を消します。
 事件が起こるたびに、彼らは現場に駆り出されますが…。
 ふとしたことからヒーローになってしまった青年たちの物語。ただそれが年齢を重ねていき、段々と体力も持たなくなっていく…という渋い展開です。主人公が過去を思い出すのも、かっての仲間の死であるというところもしみじみとしていますね。



魔性の町(駅と、その町) (講談社文庫)
眉村卓
講談社 (2020-01-10)

眉村卓『魔性の町』(講談社文庫)
 <魔性>が棲むという伝説のある立身という町を舞台に、駅周辺の時代の変遷を背景にしながら、人々の生活を描いていく「ちょっと不思議な」連作集です。
 国鉄(後のJR)側の昔ながらの商店街と、私鉄側の急速に発展する振興地、大きく二つの土地を舞台にしながら、物語が進んでいきます。一つ一つの物語は本当にかすかな不思議が起こるという静かな話が多いのですが、それらのエピソードを通して、一つの町の像がうっすら浮かんでくるという構成です。

 突如駅に現れ金儲けを始める不思議な男を描く「立身クラブ」、未来を予知する不思議な女性を描く「片割れのイヤリング」、悪人と取り違えられ拉致されてしまう男を描く「親切な人たち」、町に現れた外国人と彼が出会う魔性を描く「化身と外人」、新興の商業施設での幻想を描く「閉じていた窓」、堕落した世の中を正そうと活動する老人たちを描いた「拝金逸楽不倶戴天」、かっての幻の女性の記憶を描く「亜美子の記憶」、町の取材に訪れた記者たちが不思議な事件に遭遇する「魔性の町」の8篇を収録しています。

 商店街や商売をしている人の視点から描かれるエピソードが多く、地に足の着いたような生活風景がメインで描かれています。それだけに、かすかな規模で起きる超自然現象が引き立っていますね。派手な展開がないだけに地味な作品ではありますが、これはこれで味わいのある作品ではないでしょうか。



二次会のあと (講談社文庫)
眉村卓
講談社 (2019-12-20)

眉村卓『二次会のあと』(講談社文庫)

 他人への親切行為を目撃された男がそれを示すバッジをもらうという「バッジ」、一緒に遊び回っている別の女性が他人の目からは自分の妻に見えているという「監視」、食糧危機のセミナーに出席した男が修了後に人が変わったようになるという「資格魔」、衝動的に会社を辞めた男が次々と人生を変えるような出来事に出会うという「乗りかえた日」、日常的な言動が突然反道徳的に受け取られてしまうようになる「梅雨」、仕事のために部屋を借りた男が同室の異様な人間たちに遭遇するという「同室の連中」、突如発生し始めた叫ぶ草を描いた「叫ぶ草」、異様に安い賃貸マンションに入居した夫婦の物語「根なし花」、別の世界から調査に来たと称する若い女性を描く「協定」、新居に何者かの気配がするという「同居者」、確実に楽しい夢が見られる機械を開発した企業の物語「冬眠の前」、中年男性が若い頃の時間に入り込むという「顔」、客もママも妙な人間が集まった不思議なスナックを描く「吹きだまり」、二次会の席で争いになった同級生たちが見知らぬ男に小さくされ競わされるという「二次会のあと」を収録しています。

 どれも面白く読めますが、一番印象に残るのは巻末の「二次会のあと」です。
 二次会に集まった同級生たちは、皆いろいろな企業で出世したものばかりでした。互いに自分たちが上だと喧嘩寸前になったところで、見知らぬ男から彼らの中で一番を決める絶好の手段があると話します。
 男の口車に乗って言われるままにホテルの部屋を訪れた同級生たちは、何らかの薬品で体を小さくされてしまいます。絨毯に埋もれるほどの小ささになった彼らは、部屋に隠された、元に戻るための薬をめぐって競争させられることになりますが…。
 体を小さくさせられてしまった男たちが、元に戻るためのゲームをさせられるという作品です。無闇に薬を探すのではなく、主人公がいろいろと戦略を練って動く、という部分に面白みがありますね。



奇妙な妻 (角川文庫 緑 357-15)
眉村 卓
KADOKAWA (1978-05)

眉村卓『奇妙な妻』(角川文庫)
 1960~1970年の間に書かれた、ショート・ショート中心の作品集です。ショート・ショート集とはいいながら、ちょっと長めの短篇といっていい作品も入っています。

 会社が倒産した夫が妻から謎の勤め先を紹介される「奇妙な妻」、猫と飼い主の奇妙な関係を描く「ピーや」、ミュータントを殺し続ける男を描く「人類が大変」、寒さに身をすくめる夫婦を描くシュールな「さむい」、突然針を刺されてしまう男を描いた「針」、セールスマン・トーナメントに出る男を描く「セールスマン」、山奥の観測所に一人勤めることになった男の体験を描く「サルがいる」、突然犬が話し出す社会にまぎれこんでしまう「犬」、ロボットを死んだ息子の代わりとして育てる夫婦の物語「隣りの子」、宇宙人をかくまう男の独白「世界は生きているの?」、タイムマシンに乗り人生を何度も繰り返すという「くり返し」、蛙と一体化してしまった男の物語「ふくれてくる」、周りの人間がやる気を失ってしまうという「やめたくなった」、堅物の青年にまとわりつく蝶の物語「蝶」、事務所で雇った女の子の秘密を描いた「できすぎた子」、あくどい行為をするたびにむかでが発生するという「むかで」、飲むと過去の戦争体験が再現され周囲を巻き込んでしまうという「酔えば戦場」、デジャブに襲われ続ける男を描いた「風が吹きます」、日常生活がだんだんとずれていくという「交替の季節」、自分に仕える奴隷を念じた結果生まれた男にまとわり続けられるという「仕事ください」、岡山に研修に送られた青年の世界が次々とおかしくなるという「信じていたい」を収録しています。

 非常にレベルの高いショート・ショート集です。中でも飛びぬけて完成度が高いのは「ピーや」「仕事ください」でしょうか。どちらも「想像」によって現実を変容させる、というテーマの幻想小説で、傑作だと思います。
 ドタバタ風で始まりながら、全宇宙を消滅させてしまう結果になるという「仕事ください」の展開はすごいですね。
 あと、印象に残るのは「サルがる」「蝶」「酔えば戦場」「信じていたい」といった作品。

 「サルがいる」は、山奥の観測所に一人で勤めることになった男が主人公。そこには野生のサルが大量に住んでいました。しかし男の知らぬ間に下界では何かが起こったらしく連絡がつながらなくなります。ほかの人間を探しに行った男は、サルが立って人間の言葉を話すのを目にしますが…。
 何かが起こったらしい下界、人間のようになったサル…。全く情報が明かされないまま終わってしまうという恐怖小説風の作品なのですが、これは後を引きますね。

 「蝶」は、純真ながら融通のきかない堅物の青年が主人公。彼はある日帰りに黄色い蝶にまとわりつかれ、そのまま連れ帰ります。その夜、青年は蝶になった夢を見ますが…
 まるで「胡蝶の夢」を思わせるファンタジー。結末のイメージが素晴らしいです。

「酔えば戦場」
 落ちぶれた先輩社員、清水氏と一緒に飲みに行くことになった「僕」。彼は戦争帰りの人間だと言います。清水氏が深酔いした頃、突然自分を含め周りの人間は清水氏とともに銃弾の飛び交う戦場にいることに気がつきます…。
 酔うと戦争の戦場の記憶を再生し、周囲を巻き込んで別空間を作り出してしまうという能力を持つ男の物語です。撃たれても、当の本人以外は傷が残らない…という設定がユニークですね。ちなみにこのテーマ、ロバート・R・マキャモンの短篇「ミミズ小隊」と設定が似ていますね。

 「信じていたい」は、パラレルワールドもの。婚約者の美津子を置いて単身岡山県にある勤め先の工場に研修に行くことになった「僕」。休日に会いにいくはずだった美津子が自分の元に来たことに驚く「僕」でしたが、翌日に待っていたがなぜ来なかったのかという美津子の電話がかかってきます。
 飲み会で飲みつぶれた「僕」は美津子に電話をかけますが、なぜかその番号はつながりません。実際に美津子の家を訪れた「僕」は、母親から美津子はすでに結婚して子供もいる、と聞かされますが…。
 自分が過ごす可能性があった平行世界が入り混じり、世界が滅茶苦茶になってしまった青年を描く物語です。別の世界の自分と出会ったりと、ドッペルゲンガーものの趣もありますね。世界がどんどん変わってゆくという目くるめくような展開が魅力的な作品です。


強いられた変身 (角川文庫)
眉村 卓
角川書店 (1988-01)

眉村卓『強いられた変身』(角川文庫)
 7篇を収める短篇集です。

「長い夢」
 調査官クラは、別の太陽系惑星を巡る宇宙船に同乗することになります。彼はかって宇宙飛行士を志したことがあったものの、現役の飛行士たちの態度に失望し、コースを変えたという経歴がありました。クラの任務は、飛行士たちに反乱のきざしがないか確認するというものでした。
 3人1組勤務制をロボットと組む2人制に変更することを反対する飛行士たちの様子を探る必要があるのです。彼らが理由として挙げるのは、飛行中に彼らが見るという「幻夢」だというのですが…。
 どこか冷めた宇宙飛行士たちの態度の原因とは何なのか? 短いページ数に様々なテーマを入れ込んだ宇宙SF作品です。結末の諦観はこの著者ならではでしょうか。

「気楽なところ」
 出張のため泊まったビジネスホテルで地震に遭遇した古橋は、あわてて逃げ出しますが建物は倒壊してしまいます。しかし金属パイプのようなものをつかんだ古橋は、その先に見えない梯子のようなものがあるのに気が付きます。
 そのまま上に上がると、青空のもと、巨大なドームが立っていました。そこは複数の次元の侵略センターであり、それが廃棄された後、たまたま迷い込んだ人間たちが住み着いているというのです…。
 仕事に追われるビジネスマンが偶然入り込んだ異世界。気楽に過ごせるのではないかと考えたものの、そこにも争いの種があった…という物語です。

「セリョーナ」
 泥酔した加賀は頭を打ち付けたショックでおかしな夢を見ます。そこは宇宙船のブリッジで、「セリョーナ」という言葉が頭に残っていました。過去にも山の中で一度気を失った経験がある加賀は、友人の医師米山に催眠術をかけてもらい過去の記憶を引き出そうとしますが…。
 いわゆる侵略SFなのですが、その侵略が完全に終結してしまった時点で語られるという、面白い構成の作品です。その意味でサスペンスはあまりないのですが、逆にしみじみとした味わいがあるのが面白いところです。

「古い録感」
 若い社員は、商品として使えるものがないかどうか、古い録感テープの缶を十数個出してきます。中に当時の作家が録感したものがあり、年配の社員は試しにそれを受感してみます。それは作家が数十年ぶりに故郷を訪れ、子ども時代を思い返すという内容でした。
 懐かしさを覚えるかと思いきや、思い出から引き出されてきたのは、少年時代の自分がいかに残酷で無神経だったかということでした…。
 未来の人間が、過去の人間の感慨を吹き込んだ記録媒体を見てみるものの、その心性のギャップに戸惑う…という物語です。過去の作家自身が過去と現在の自分の心のありようのギャップを認識し、更に未来の人間がその作家自身とのギャップを認識するという二重の構造になっています。

「代ってくれ」
 昼食時に「僕」の目の前に座った男はサングラスとマスクをしていましたが、その顔は「僕」とそっくりでした。彼は平行世界から来た「僕」であり、元の世界では「生活監視官」というエリート職についているというのです。
 しかしその職務に精神的に耐えられなくなり、ある組織の力を借り、別次元の人間である「僕」とその場所を交換してもらうためにやってきたというのですが…。
 パラレルワールドの自分が入れ替わるためにやってくるというお話。エリートと入れ替われるという提案に対しての「僕」の怒りが激しいのが印象に残ります。矜持を示しておきながら、結末ではその決断を後悔するというのも面白いですね。

「真面目族」
 その生真面目さから、周りから疎まれている風もある吉岡誠。同じく真面目一辺倒の先輩社員臼田から声をかけられて、真面目さを強化するセミナーに参加することになりますが…。
 生真面目さから生きにくさを感じていた青年が、同じく真面目さを信奉する集団に取り込まれてしまうという物語。普遍的な集団の力学がわかりやすい形で描かれたような作品ですね。

「オレンジの旗」
 経理マンの相川は妻子とともに遊園地で、コースターの席からオレンジの旗を振る奇矯な人物を目撃します。子供によれば彼は「オレンジマン」だというのです。出張の列車の中で「オレンジマン」と出会った相川は彼から話を聞きます。
 彼は別世界から来た宇宙船のパイロットであり、元の世界に帰るために自ら危険な状況に身を置いているのだと…。
 派手なパフォーマンスを繰り返す男が実は異世界人だった…という物語。彼の存在から影響を受けて自らも自分の世界を広げようと考える主人公が登場するなど、妙にポジティブな展開になるのが面白いですね。

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
昭和のSF
眉村卓は、最近「司政官」シリーズをまとめて読みました(「引き潮のとき」を除く)。
未来世界を舞台にしているのに「昭和」の匂いがプンプンしました。
司政官たちが高度成長期のサラリーマンと重なります。
とても面白かったですが。
【2020/04/08 21:53】 URL | 木曽のあばら屋 #GHYvW2h6 [ 編集]

>木曽のあばら屋さん
眉村作品、「司政官」シリーズは未読です。評価も高いみたいなので、いずれ読みたいなとは思っています。とりあえず短篇を先に読みたいということで、短篇集優先で読み進めています。
短篇を読む限り、未来や異世界が舞台でも「サラリーマン」風の描写が出てくることが多いのですが、今読むと逆に味わいがありますよね。
【2020/04/09 17:51】 URL | kazuou #- [ 編集]


「異郷変化」を手に入れましたので読んでいます。
スーッと物語世界に入っていけるのが素晴らしいと感じました。
個人的には「須磨の女」が印象に残りました。
いつも素敵な本を紹介していただき、ありがとうございます。
【2020/05/17 12:29】 URL | マルケス #rO1fTtJQ [ 編集]

> マルケスさん
『異郷変化』、眉村作品の中でも流麗で読みやすい作品だと思います。「須磨の女」も良いですね。
眉村作品、他にも魅力的な作品がありますので、気に入ったら他のものもぜひ。
【2020/05/17 19:23】 URL | kazuou #- [ 編集]


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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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