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絶望とトラウマ  頭木弘樹編のアンソロジーを読む
 「絶望」をテーマに執筆を続けている頭木弘樹。編者としても、また様々な「絶望」の形を題材にした優れたアンソロジーを編んでいます。以下、紹介していきましょう。




頭木弘樹編『絶望図書館 立ち直れそうもないとき、心に寄り添ってくれる12の物語』(ちくま文庫)

 絶望したときに寄り添ってくれる物語、というコンセプトで集められたアンソロジーで、非常に読み応えのある作品集です。
 収録作品はバラエティに富んでいます。作家は日本作家と海外作家、ジャンル的にも児童文学、SF、ミステリ、エッセイ、現代文学など、様々な作品が収録されています。読んだことのある作品もあったのですが、このアンソロジーの中の一篇として読み直してみると、また違った味わいが感じられますね。

 父親が増えてしまうという、巻頭の「おとうさんがいっぱい」(三田村信行)からして強烈な作品なのですが、後に続く作品もインパクトの強い作品が多いです。集中でもとりわけ印象に残るのが「瞳の奥の殺人」(ウィリアム・アイリッシュ)と「虫の話」(李清俊)の二つでしょうか。

 「瞳の奥の殺人」は、全身不随の初老の女性が主人公。息子の嫁が愛人と共が息子の殺人を企てていることを知りながら何も出来ない…という物語。アイリッシュには、有名な「裏窓」を始め、ハンディキャップのために思うように動けない…という作品がよく見られますが、これはその中でも強烈な一篇です。

 李清俊「虫の話」は、息子を殺された母親が犯人に対して憎悪を抱きますが、やがて宗教的な影響から犯人を赦そうとする…という物語。
「赦し」に至るまでの母親の感情の動きが強烈に描かれており、しかもそれも破綻してしまう…という結末は衝撃的です。

 絶望的な状況に陥ったことがあるかないかは別として、この本を読みながら、日常的にこんな状況があり得る、あったことがある…という具体的な想像が浮かんできます。いい意味で「身につまされる」とでもいいましょうか。これは実にいいアンソロジーだと思います。



絶望書店: 夢をあきらめた9人が出会った物語
山田太一, 藤子・F・不二雄, BUMP OF CHICKEN, ベートーヴェン, 連城三紀彦, ナサニエル・ホーソン, ダーチャ・マライーニ, ハインリヒ・マン, 豊福晋, クォン・ヨソン, 頭木弘樹, 岡上容士, 品川亮, 斎藤真理子, 香川真澄
河出書房新社 (2019-01-23)

頭木弘樹編『絶望書店 夢をあきらめた9人が出会った物語』(河出書房新社)

 「夢をあきらめる気持ちに寄り添ってくれる物語を集めたアンソロジー」とのことで、かなりピンポイントなところをついてくるアンソロジーです。

 最初に収録されている山田太一「断念するということ」が別のアンソロジーの序文だそうで意表を突かれます。また小説だけでなく、ベートーヴェンが難聴について友人に語った手紙、藤子・F・不二雄の漫画作品、サッカーを題材にしたノンフィクションまで収録されており、バラエティに富んだ作品集です。

 演出家に無理難題を要求される女優を描いた「マクベス夫人の血塗られた両手」(ダーチャ・マライーニ)、少年の絶望を描いた「打ち砕かれたバイオリン」(ハインリヒ・マン)、喉の病気のために新しい言葉を生み出すという「アジの味」(クォンヨソン)なども面白いですが、特に印象に残ったのは、「人生に隠された秘密の一ページ」(ナサニエル・ホーソン)、「紅き唇」(連城三紀彦)、「肉屋の消えない憂鬱」(豊福晋)、「パラレル同窓会」(藤子・F・不二雄)などでしょうか。

 「人生に隠された秘密の一ページ」(ナサニエル・ホーソン)は、青年が眠り込んでいるうちに、様々な幸福や不幸が彼の目の前を通り過ぎていく…という寓話性の強い作品。主人公の青年はそれらの出来事に全く気付かない…というのが面白いですね。

 「紅き唇」(連城三紀彦)は、結婚してすぐに妻を亡くした男が義母と奇妙な同居生活を送る…という物語。
男も義母も不運な生涯を送ってきており、二人の間に不思議な絆が生まれるという面白い作品。結末で隠された人間性が明かされるというタイプの作品でもあり、ミステリ的な興味からも面白いですね。

 「パラレル同窓会」(藤子・F・不二雄)は、出世して社長になった男がある日、様々なパラレルワールドから来た自分たちと「同窓会」を行うというSFコミック。そこには成功しなかった自分、テロリストや殺人犯となった自分までもいるのです。自分のありえた可能性を見させられる…という作品です。

 「肉屋の消えない憂鬱」(豊福晋)は、サッカーをめぐるノンフィクション。少年時代にサッカーで将来を期待され、クラブではメッシと一緒にプレーもしたというかってのスター選手が、将来をいかにあきらめたのか…という内容です。事実だけに、このアンソロジー中でもインパクトが強いですね。
 実際に成功したスター選手でさえ、日々のプレッシャーはなくならない…ということにはなるほどと頷きました。サッカーの事例ではありますが、読んでいてわが身にひきつけて考えさせられるところのある作品です。

 テーマが絞り込まれている分、読む人にとって、いい意味でも悪い意味でも精神的に来るものがあるアンソロジーではないでしょうか。特に「肉屋の消えない憂鬱」はかなりシビアな話で、こういうノンフィクションだけのアンソロジーもできたら面白そうですね(かなり暗い内容になってしまいそうですが)。

 以前必要があって、ある病気に関する本を読みました。様々な人の体験記が載っているのが売りの本だったのですが、そこに載っていたのは病気を克服した人か、コントロールができている人の体験記ばかりで、上手くいっていない人の事例は載っていませんでした(当然なのかもしれませんが)。
 そういう上手くいっていない人の体験記ばかりを集めた本があってもいいのかもしれないな…というようなことを、このアンソロジーを読みながら考えました。



トラウマ文学館 (ちくま文庫)
直野 祥子, 原 民喜, 李 清俊, フィリック・K・ディック, 筒井 康隆, 大江 健三郎, 深沢 七郎, フラナリー・オコナー, ドストエフスキー, 白土 三平, 夏目 漱石, ソルジェニーツィン, 頭木 弘樹, 斎藤 真理子, 品川 亮, 秋草 俊一郎
筑摩書房 (2019-02-08)

頭木弘樹編『トラウマ文学館 ひどすぎるけど無視できない12の物語』(ちくま文庫)

 トラウマになりそうな「ひどい話」を集めたユニークなアンソロジーです。

 家族旅行中にアイロンをかけっぱなしにしたことを思い出す少女の不安を描く「はじめての家族旅行」(直野祥子)、仲間の前で一人気分が悪くなる人形を描いたメルヘン「気絶人形」(原民喜)、テレビの登録を頑ななまでに拒む父親とその家族を描いた「テレビの受信料とパンツ」(李清俊)、異星人によって作られた偽者のロボットと疑われた男を描くサスペンスSF「なりかわり」(フィリップ・K.ディック)、相撲取りに命を狙われるという不条理作品「走る取的」(筒井康隆)、仔牛の肉を密かに運搬する二人組が野犬に襲われるという「運搬」(大江健三郎)、義足の女性と青年の奇妙な交流を描く「田舎の善人」(フラナリー・オコナー)、窃盗犯の父の影響から完全犯罪を起こそうと殺人を行う少年を描いた「絢爛の椅子」(深沢七郎)、殺人の告白をしたもののその不安に怯える男を描いた「不思議な客」(ドストエフスキー)、少年に拾われながらもその野生は抜けない犬を描いた「野犬」(白土三平)、首をつりたくなる松の木を描いた「首懸の松」(夏目漱石)、たき火に巣をかけられたアリを描く掌編「たき火とアリ」(ソルジェニーツィン)を収録しています。

 その程度は様々ながら、どれも「ひどい話」が沢山集められています。中でも印象に残るのは、「はじめての家族旅行」(直野祥子)、「テレビの受信料とパンツ」(李清俊)、「絢爛の椅子」(深沢七郎)などでしょうか。

 「はじめての家族旅行」は少女漫画誌に載った短篇マンガ作品。研究者の父親が妻子を連れて家族旅行に出かけます。娘は家を出る直前にアイロンの電気をかけっぱなしにしたことに思い当たり不安になりますが、船中で出会った老人の話を聞き、楽観的に考えるようになる…という物語。
 1971年発表ですが、今読んでもぐっと来るものがありますね。クーラーをつけっぱなしで出かけてしまうとか、レンタルビデオを返すのを忘れていたとか、似たような事例を思い起こさせるような、普遍的な不安を描いた秀作です。
 読後、個人的には、ディーノ・ブッツァーティ作品を思い出しました。例えば「忘れられた女の子」とか「バリヴェルナ荘の崩壊」とか、読んだことのある人には何となく伝わると思うのですが。

 「テレビの受信料とパンツ」は、テレビの登録を頑なに拒む父親とその家族を描く作品。それなりの社会的地位と収入もある父親が、なぜ大したことのない登録料をけちり、放送公社から来る人間を追い返すのか?
 父親の人間像と彼の心理を慮る家族の心情が描かれていて、しみじみとした味わいがあります。

 「絢爛の椅子」では、ささいな窃盗を繰り返し前科を重ねる父親の卑小な姿を目撃した少年が、完全犯罪を目指して殺人をする姿が描かれます。いわゆるプライドのための犯罪なのですが、面白いのはこの少年がそれほど賢いように描かれていないこと。
 一旦「完全犯罪」に成功するものの、自分の存在を認識させようと社会に対して宣伝してしまい、結局捕まってしまうのです。
 知的エリートが自らの存在を証明するために犯罪を行う…というような話はよくありますが、この作品では、ある種「普通」の少年が頭で考えた犯罪を実行に移して失敗してしまうという、非常にリアルな展開が描かれていますね。

 「なりかわり」(フィリップ・K.ディック)も、結構嫌な話です。ディック作品では、ある人間が「にせもの」ではないかとか、「現実」が虚構なのではないかとか、そうしたテーマに基づく不安が描かれたものが多いですね。その結果、バッドエンドになる話も多く、自然と「ひどい話」も多い印象です。

 有名作ではありながら、なかなか手の伸びないであろう、夏目漱石やドストエフスキーの作品の抜粋を入れているのも面白い試みですね。「首懸の松」(夏目漱石)は『吾輩は猫である』の抜粋、「不思議な客」(ドストエフスキー)は『カラマーゾフの兄弟』の抜粋になっています。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
今こそ読むべき本かも。
図書館が5月半ばまで休館で絶望してますが、こんな命に別状のない絶望なんざ消し飛ばすような絶望のオンパレード。肉屋さんを継いだサッカー選手の話は切ないですがお父さんが理解のある方で良かった。これが息子に夢を押し付けたり金銭をタカったりするような人間だったら本当に絶望です。あとアイロンの漫画は本当にトラウマで、実際にアイロンをかけ終わったらコンセントを即座に抜いて何度も確認するようになってしまいました。
【2020/04/01 21:02】 URL | 奈良の亀母 #- [ 編集]


テーマがテーマだけに、今読むべき本かもしれませんね。
【2020/04/02 21:28】 URL | kazuou #- [ 編集]


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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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