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幻想の犬たち  フィリパ・ピアス『まぼろしの小さい犬』
まぼろしの小さい犬 (岩波少年文庫)
 フィリパ・ピアスの長篇『まぼろしの小さい犬』(猪熊葉子訳 岩波少年文庫)は、空想上の犬を飼うことになった少年を描くファンタスティックな作品です。

 少年ベンの望みは犬を飼うこと。しかしロンドンに住むベンには、その願いは叶いません。祖父母のもとで彼らが飼う犬ティリーとの生活を経験してからはその思いは募るばかりでした。祖父からの犬のプレゼントを期待していたベンに届いたのは、亡くなったおじが祖母に送った南米の土産物の犬の刺繍であり、ベンは落胆してしまいます。
 犬への思いが膨らんだベンは空想の中で犬と戯れるようになります。やがて目を閉じるとすぐにも犬の姿が見えるようになったベンは、四六時中、目を瞑って過ごすようになりますが…。

 犬を飼いたいという欲求が高じたあまり、空想の中で犬を飼ってしまうようになった少年を描く物語です。
 五人きょうだいのちょうど真ん中であり、姉二人と弟二人がそれぞれ非常に仲が良いのに対し、孤立しがちなベン。友人も特におらず、他のきょうだいに比べ家族に構ってもらう機会も少ないのです。
 家にあまり経済的に余裕もなく、両親、特に父親は犬を飼うことに反対しています。日常的に鬱々としたものを抱えている少年ベンのキャラクターは印象的です。
 現実の犬が飼えないことに落胆したベンは、空想上の犬に夢中になります。刺繍の絵の裏に書かれていた言葉からチキチトと名付けた空想の犬と戯れるベンでしたが、空想に耽るあまりに、日常生活に支障を来すまでになっていきます。

 後半、本物の犬を飼える機会を得たベンですが、それまで空想で作り上げてきたイメージの犬との違いに戸惑うことになります。「理想の犬」などはどこにもいない。手に届くものを大事にすべき、というようなテーマも見え隠れしますね。
 主人公の犬に対する執着は強烈で、物語を牽引するのは全て犬との関わりです。贈り物だった刺繍の犬、そこから生まれた空想の犬、そして本物の犬…。多様な犬のイメージが移り変わっていくという、見事な構成の作品になっています。

 この作品、「ファンタジー小説」ではなく「リアリズム小説」に分類されているようです。確かに主人公ベンのキャラクターやその家庭の描写は非常にリアルです。ベン自身だけでなく、その家族や社会の描写には閉塞感が感じられ、その意味ではリアルなのですが全体としての印象は良質なファンタジーのそれです。テーマ性の強い作品でもあり、子どもだけでなく大人が読んでも、充分に読み応えのある作品ではないでしょうか。

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を2019年8月に刊行しました(完売しました)。
「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」、同人誌『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』を盛林堂書房さんで通信販売中です。



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