いるべき場所に  ロバート・チャールズ・ウィルスン『時に架ける橋』
20060528212755.gif
時に架ける橋
ロバート・チャールズ ウィルスン Robert Charles Wilson 伊達 奎
4488706029

 過去のある時代へ戻る手段が与えられたとき、あなたはどうしますか? 自分の時代を捨てて移住しますか? しかしそれは、未来を恐れる逃避に過ぎないのではないでしょうか。ロバート・チャールズ・ウィルスン『時に架ける橋』(伊達奎訳 創元SF文庫)はそんな疑問を読者に投げかけてきます。
 1989年、離婚して仕事も失い、アル中になりかけたトム・ウィンターは、兄トニーの勧めで故郷の田舎町ベルタワーに戻ってきます。
 トムは、不動産屋ダグ・アーチャーに町はずれの一軒家を紹介されます。そこは、十年前に前の持ち主ベン・コリアーが失踪して以来、不可思議なことが起こるという噂がある、いわくつきの家。しかし、その家を気に入ったトムは、一人静かな暮らしを始めます。
 トムはその家で、早速不思議な体験をします。長年買い手がつかなかったはずなのに、トムがダグと共に訪れたとき、中はぴかぴかで埃ひとつなかったのです。住み始めた後も、奇妙な出来事は続きます。

 木曜日の夜、トムは脂汚れのついた陶器の皿を三枚、ステンレスのシンクの横のカウンターに置きっぱなしにして眠りについた。
 朝、皿は前夜置いたままになっていたが、光学レンズのように曇り一つなく磨きあげられていた。


 なんと、食べ終わった食器をそのままにしておくと、いつの間にか綺麗に片づいているのです!
 その後、トムは不思議な虫の群を目撃します。どうやらある種の精密機械らしい虫たちは、やがてトムにメッセージを伝え始めるのです。「われわれを助けてくれ」と。家に何か秘密が隠されていると考えたトムは、捜索の結果、地下に謎のトンネルがあることを発見します。そのトンネルをくぐり抜けると、そこは…

 およそ考えられない方法で、およそ考えられない場所にたどりついた。その現実がいま目の前にあるのだ。魔法だ! が一方、その興奮とせめぎあうように、未知の世界に対する本能的な恐怖も湧き上がってきた。

 そこは、なんと1960年代のニューヨーク! 地下のトンネルは過去と未来をつなぐタイムトンネルだったのです。
 元の時代に失望していたトムは、この時代に安心感を覚え、ここで暮らし始めます。やがて女子学生ジョイスと恋仲になったトムは、仕事を見つけ、この時代にとけこもうとし始めます。
 一方、トンネルを発見した近未来からの脱走兵ビリー・ガーガロは、トンネルの番人を殺し、1950年代へと逃走します。管理人を装って密かに隠れ住んでいたビリーですが、軍で神経組織に埋め込まれた生体兵器〈甲冑〉は、ビリーに一定間隔で殺人衝動を起こさせるのです。時が経ち、やがてビリーの時代はトムのいる時代と重なります。トンネルが使われた形跡を発見したビリーは、トムを殺すべく追跡を開始するのですが…。
 トムはビリーから逃れられるのでしょうか。そして自分のいるべき場所を見つけることができるのでしょうか?
 タイムトラベルを扱った作品です。厳密に言えば、タイムトンネルなのですが、このトンネル、入り口と出口が決まっているというのがミソ。どこでも行けるわけではありません。そのため複雑なパラドックスの発生の余地はないので、その点物足りないかも知れません。むしろ、この作品でのタイムトラベルは、主人公トムにとっての逃避の手段といった感が強いのです。
 トムは、自分の時代において妻や仕事を失い、絶望している男です。元の妻と別れた原因は性格の不一致によるところが大きいのですが、妻が自然保護運動に積極的に参加するような、理想家肌の人物であるのに対して、トムは現実的で諦観に満ちた性格を与えられています。彼は、自分一人では何をしようが何も変わらないという達観した考えの持ち主です。未来に不安を覚えるトムは、それゆえ未来が判明している1960年代の世界に非常な安心感を覚えるのです。
 しかし、トムが時間旅行者であることを知ったジョイスは、トムに否をつきつけます。過去に行けるのなら行ってみたい、しかしそこに住むというのは、元の時代からの逃避、言い換えれば自殺の一手段ではないかと厳しく問うのです。
 いくらとけ込もうとしても、結局この時代にとって自分は異邦人にすぎない…、内的な葛藤に加えて、彼を殺そうとするビリーの外的な脅威が、逃げ続けていたトムの人生観の変革を迫ります。その意味でこの作品、時間旅行そのものがテーマというよりは、時間旅行に関わる人間の成長を描く物語といえます。
 トムはもちろん、ジョイスもまたトムとともに未来に行くか、自分の時代にとどまるかの判断を迫られます。そして選んだ決断とは…。ほろ苦い結末には感銘を受けることでしょう。
 本書は、タイムトラベルを扱っているといっても、ハードSF的な難解さは全くありません。全体の印象としては、SFよりファンタジーに近いといえましょう。
 特筆すべきは、タイムトンネルの描写です。上にも述べたように、複雑なタイムパラドックスは起こりませんが、このトンネルの存在自体がけっこうユニークなのです。例えばタイムトンネル内に出没する〈タイム・ゴースト〉なる怪物の存在が挙げられます。この〈タイム・ゴースト〉、人類には理解不能だとして詳しい説明は一切述べられないという、不可解な存在。何やらラヴクラフトを思わせます。タイムトンネル内も、謎の多い異空間として描写されています。くわえて、そもそも誰がこのトンネルを作ったのか? 番人の役目とは何なのか? など序盤で提出される謎も、物語を引っぱる魅力となっています。
 人物造形もしっかりしており、物語として読ませます。ジャンル小説が苦手な人にこそ読んでもらいたいSFファンタジーの逸品です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
年の差カップル?
その昔、アメリカのテレビ・シリーズの「タイム・トンネル」が放映されていました。原理的に必要だったのかどうかはともかく、トンネルを抜けて過去にいくという設定はそれなりに説得力があったような‥
この作品の場合もトンネルで時に”橋”を架けているんですね(原題はわかりませんが)。いかにも未知(既知?)の世界に旅立つ道具立てではあります。腰に巻くだけのタイム・マシーンなんかつまらない。せっかくのタイム・マシーン、そのデザインにもこだわりたいですね。将来は、タイム・マシーン・デザイナーなる職業が人気だったりして。
ところで、ジョイスもトムも”逃避”しないで結ばれるためには、それぞれ自分の時間を生きながら出会うしかありません。結果、相当年齢差の大きいカップル誕生?


【2006/06/02 22:43】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

そんな感じです
SFの普及の結果といえばいいのか、タイムトラベル自体がメジャーになってしまったので、これはタイムトラベルですよ、といえば、とくに面倒な手続きや説明を省いても大丈夫になってしまってるんですよね。その点で本作は、タイムトラベルをする必然性というのが丁寧に描かれていて、好感が持てました。
現代のSFでは、タイムマシンはチップであるとかカードであるとか、とにかく小型化の傾向にあるようですね。これもデザインの洗練というべきなのかどうか。
年の差カップル! まあ、ご想像のつくようなラストではありました。でも結末での再会は感動ものですよ。
【2006/06/02 23:06】 URL | kazuou #- [ 編集]


こんにちは、この本を読んだとき
映画にしてもイイのではと思いました。

タイトルもそれっぽいし、メカ的なものも出てくるし
そしてラストはあんな感じで(^^)
好きな作品の一つです。

【2006/06/04 22:32】 URL | ユキノ #1x4BA832 [ 編集]

さわやかな読後感
そうそう、映画化しても、なかなかいい作品だとは思いました。
主人公の立ち直りを描く成長物語として、さわやかな読後感がいいですよね。最後も安易にハッピーエンドにするのではなくて、少しほろ苦さを残したところも好感触でした。
【2006/06/04 22:59】 URL | kazuou #- [ 編集]


この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kimyo.blog50.fc2.com/tb.php/105-49f8b9d9
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する