FC2ブログ
イーディス・ネズビットの魔法世界
 昨年末から集中的に、イーディス・ネズビット(1858-1924)の作品を読んでいました。ネズビットはイギリスの作家。児童文学・ファンタジーの祖ともいうべき作家で、名作をたくさん残しています。〈砂の妖精〉シリーズ三部作の『砂の妖精』『火の鳥と魔法のじゅうたん』『魔よけ物語』とタイムトラベル二部作『アーデン城の宝物』『ディッキーの幸運』、長篇『魔法の城』に関しては既にこのブログでも紹介していますので、その他の邦訳作品をまとめて紹介しておきたいと思います。


mahoumahoumahou.jpg
イーディス・ネズビット『魔法!魔法!魔法! ネズビット短編集』(八木田 宜子訳 講談社青い鳥文庫)

 「魔法と恋」をテーマにした作品を集めたファンタジー短篇集です。
 職業紹介所で紹介されて王様になる少年を描いた「キング、募集中」、日曜日だけ美人になる呪いをかけられたプリンセスを描く「日曜日だけ美人」、プリンセスのための寄宿学校から誘拐事件が起こる「プリンセスたち失踪事件」、願いのかなう魔法のリンゴを手に入れた青年の物語「魔法のリンゴと白い馬」、元王族のエレベーター会社の跡取り息子がプリンセスに恋をする「エレベーター=ボーイはだれ?」、魔法使いによっておろかさを与えられたプリンスとみにくくされてしまったプリンセスが恋をするという「魔法使いの心臓」の6篇を収録しています。

 基本的には、ファンタジーの約束事を逆手にとって捻ったりおちょくったりするタイプのお話が多いです。王や女王が職業紹介所で斡旋される「キング、募集中」や、王位を追われた王が機械会社を設立してしまうという「エレベーター=ボーイはだれ?」などは、非常にモダンなファンタジーになっています。
 「エレベーター=ボーイはだれ?」では、主人公の青年が身分違いの恋をした罪で死刑を宣告されてしまいます。しかし青年は「不死身の心臓」を持っているという設定なので、何度殺そうとしても殺せない…という何ともシュールな展開で、モダンであるとともに面白い物語になっていますね。

 どの短篇にもユーモアがあふれているのも特徴ですね。「日曜日だけ美人」では、日曜日だけ美人になるという呪いをかけられたヒロインが登場しますが、このヒロインのお相手が日曜日だけみにくくなる呪いをかけられたプリンスという、ユーモラスな設定です。
 収録作はモダンな印象が強いものが多いなか、古典的な印象を与えるのが「魔法のリンゴと白い馬」
 運探しの旅に出た青年が手に入れたのは、何でも願いが叶うという魔法のリンゴ。しかしそれを手に入れた青年が故郷へ戻ると、長い時間が経っており、家族も恋人も既に死んでいた…という話です。
 モダンで、時折パロディ的な要素もはさみながらも、物語の面白さはしっかり味あわせてくれるという点で、非常に面白いファンタジー作品集になっています。



ドラゴンがいっぱい! (講談社青い鳥文庫)
イーディス・ネズビット『ドラゴンがいっぱい!』(八木田宣子訳 講談社青い鳥文庫)

 魔法の本から飛び出したドラゴンを退治しようとする「本からドラゴンが…」、生きものの大きさが独自である島に邪悪な紫色のドラゴンが現れるという「紫色のドラゴン」、鍛冶屋の一家が住む廃墟になった古城の地下牢にドラゴンが現れるという「地下牢のドラゴン」、魔法使いの父親によりドラゴンによって守られた島に囚われたプリンセスを描く「うず潮の島のドラゴン」、いとこによって王国を奪われてしまったプリンセスのいる国がドラゴンに襲われるという「火をふくドラゴン」、ありとあらゆる大きさのドラゴンが国中にあふれるという「国じゅうがドラゴン」、最後のドラゴンを自分の剣術で倒したいと考えるプリンセスがドラゴンのもとに向かうという「最後のドラゴン」の7篇を収録しています。

 収録作すべてがドラゴンをテーマにした作品なのですが、それぞれ一捻りがされており、どれ一つとして単なるドラゴン退治のお話になっていないところが凄いですね。
 なかでも面白いのは「紫色のドラゴン」「うず潮の島のドラゴン」「国じゅうがドラゴン」などでしょうか。

 「紫色のドラゴン」は、ロタンディアという島国が舞台。この島ができたときの影響で、この国で生まれる動物は、ほかの国とは違った大きさで育つのです。モルモットはゾウぐらいの大きさ、ゾウは逆にモルモットぐらいの大きさ、ウサギはサイぐらいの大きさ、という具合。
 ここに紫色のドラゴンが現れるのですが、邪悪なドラゴンを利用しようと考えたプリンセスのおじは、プリンセスをドラゴンの生贄にしようと考えます…。
 物語序盤に、この島国の由来や動物の大きさがなぜ他の国と違うかが語られます。単なるファンタジー的な舞台設定だと思って読み進むと、後半とんでもない展開に。ものすごい伏線であるのみならず、奇想に満ちたアイディアで唖然としてしまいます。

 「うず潮の島のドラゴン」では、魔法使いである父親により島に幽閉されてしまったプリンセスが描かれます。彼女はドラゴンとグリフィンに守られており、彼女を救い出せる男が現れるまで、年をとらないというのです。勇敢な少年ナイジャルはプリンセスを救い出そうと考えますが…。
 少年ナイジャルは非常に賢いという設定なのですが、プリンセスを救い出すためには数学的な問題を解く必要があるというユニークな展開です。
 「もし、うず潮がとまり、潮が引くのが二十四時間に五分間で、それが二十四時間ごとに五分間ずつ早くなり、また、ドラゴンが毎日五分間ずつねむり、それが毎日三分間ずつ遅くなるとすると、いったい何日めに、そしててその日の何時に、潮が引くのがドラゴンがねむるより三分間早くなるか?」
 読んでいて笑ってしまうような展開で、しかも少年が賢いといってもそれほどではないという描写があるのが楽しいですね。

 「国じゅうがドラゴン」では、突然国中に大小さまざまなドラゴンが現れ、人々に害をなします。少女エフィーと兄のハリーは、ドラゴンを倒してもらおうと、英雄セント=ジョージを復活させようとしますが…。
 とんでもない設定のドラゴン小説です。何しろ冒頭でヒロインの目の中に虫が入ったと思ったらそれがドラゴンだった…という始末なのです。つぶされたドラゴンの死体が積まれている描写があるなど、ドラゴンがほとんど害虫のような扱い。主人公の兄妹が英雄を起こそうとするものの上手くいかず、災害を止めるために新たな手段を探すことになるのですが、ここも非常にナンセンスな展開で開いた口がふさがりません。
 100年近く前の物語とは思えないほど、モダンでナンセンスな物語が多く、児童向けの本ではありますが、大人にもお薦めしたい作品集になっています。



メリサンド姫: むてきの算数! (おはなしメリーゴーラウンド)
イーディス・ネズビット『メリサンド姫 むてきの算数!』(灰島かり訳 高桑幸次絵 小峰書店)

 妖精に呪いをかけられることを恐れた王とおきさきは、娘のメリサンド姫の誕生祝いの会を開かないことにしますが、逆に妖精にうらまれて、いじわるな妖精ワルボラに呪いをかけられてしまいます。それは姫が一生、つるつるのはげ頭になるようにとの呪いでした。美しく成長した姫でしたが、やはり髪は生えてきません。王は、かって自分が名付け親の妖精からもらった、願い事が一つだけかなう魔法の小箱を使おうと考えます。おきさきの言葉通りに姫がかなえた願いは、一メートルの長さの金色の髪が生え、毎日三センチ伸び、切るたびに倍の長さになるように、との願いでした。皆は姫に髪が生えたのを喜びますが、その髪は際限なく伸びていました…。

 髪の伸びるのが止まらなくなった姫を描く、ユーモアたっぷりのファンタジー作品です。最初はちょこちょこ切っていた髪ですが、やがて収拾がつかなくなっていきます。髪の毛を国民の服「姫さま肌着」にしたり、それでも余った髪を他国へ輸出したりするようになるのです。
 やがて智恵と勇気をもった王子が現れ、メリサンド姫の髪を伸ばさない方法を考え出しますが、それによって新たな困難が持ち上がります。

 ネズビットのファンタジーは、魔法によって起こった事件のエスカレートの仕方が面白いのですが、本作品のそれもスケール感が豊かです。
 タイトル通り、髪の毛が切るたびに倍々になっていってしまう展開は抱腹絶倒。いろいろな製品に加工したり、輸出品になってしまうという展開は非常に楽しいです。髪を伸ばさない方法を見つけたと思ったら(その方法自体もナンセンスなのですが)、また別のトラブルが発生してしまいます。

 有名な古典童話作品、例えば「ラプンツェル」だとか「ガリヴァー旅行記」などのエッセンスがところどころにパロディ的に使われているのも楽しいですね。ほぼ毎ページに挿絵が入っており、こちらもユーモラスかつキュートなタッチで楽しいです。
 ナンセンスなユーモア・ファンタジー童話作品で、大人が読んでも充分に楽しい作品です。



kuniwosukuttakodomotati.jpg
イディス・ネズビット作、リスベート・ツヴェルガー絵『国をすくった子どもたち』(猪熊葉子訳 太平社)

 小さな女の子エフィは、目のなかにゴミが入ったことに気がつき、医者である父親にゴミを取ってもらいます。しかしそのゴミはよく見ると小さな竜だったのです。その日から、虫のようなサイズに始まり、人間を食べてしまうような大きなサイズのものまで、竜が国中にあふれてしまうようになります。
 エフィと兄のハリーは、伝説の聖ジョージならば竜を退治できるのではないかと考え、聖ジョージ教会に向かいますが…。

 竜をモチーフにしたネズビットの短篇童話にツヴェルガーが絵をつけた絵本です。
 竜が大量に発生するという作品なのですが、ここでの竜はロマンティックなものではありません。目のなかに入ってきたり、スープに混入したりと、ほとんど害虫扱いなのです。大きいサイズのものでも、知能はあまりないようで、人に害を与える一方。退治するといっても、すさまじい数の竜が発生しているのです。子どもたちは竜を退治できるのでしょうか?

 聖ジョージに願いをしにいくあたりまでは、普通の童話のフォーマットなのですが、その後の展開が何ともナンセンス。ホラ話すれすれの味わいで、楽しい作品になっています。ツヴェルガーの挿絵も繊細ながらユーモラスなタッチになっています。ネズビットの作中で「竜」というよりは「トカゲ」的なイメージが強いのを考慮したものか、絵に描かれた竜も、爬虫類感が強いですね。

 このお話、「国じゅうがドラゴン」のタイトルで『ドラゴンがいっぱい!』(八木田宣子訳 講談社青い鳥文庫)という短篇集にも収録されています。



midorinokuninowaraidori.jpg
イディス・ネスビット『緑の国のわらい鳥』(猪熊葉子訳 大日本図書)

 原著の1901年刊の童話集『九つのありそうもない話』から二篇を翻訳した本です。ファンタスティックな味わいの強い作品集になっています。

「緑の国のわらい鳥」
 ばあやのプリッドモアと共に、大嫌いなウイロビー大おばの元を訪問することになったマチルダは、ふくれっつらになっていました。乗り込む馬車を間違えてしまった二人は、見たこともない国に辿りつきます。そこは緑にあふれ、親切な王さまのいる国でしたが、いろいろとおかしな点があるのです。そして、ばあやは突然自動販売機になってしまいます。王さまが言うには、姫が可愛がっている鳥オオムハシが笑うたびに、国や人に何か不思議なことが起こるというのです。マチルダは王さまに協力して、鳥の笑いの秘密を探ろうとしますが…。
 魔法の力を持つ鳥によって国が滅茶苦茶になってしまうという不条理ファンタジー。鳥自身も何が起こるか分からず、ばあやが自動販売機になったり、総理大臣が小さくなったり、王様が肉屋になったりしてしまいます。
 たまたま鳥の力によって賢くなったヒロインが、頭が働くうちに対策を立てようとするのも可笑しいです。

「図書室のなかの町のなかの図書室のなかの町」
 家の図書室で留守番をしているロザマンドとフェービアンは、母親が出かける際に開けてはいけないといいつかったビューローの引き出しが気になってしまい、とうとう開けてしまいます。ビューローの上につみ木やブロック、本などでお城を作った二人は、自分たちがいつの間にかお城の中の町に入ってしまったことに気がつきます。その町の中にも自分たちの家を同じような家があり、そこに入っていった二人はその家の図書室にも同じようなお城があることに気がつきます。更にそのお城の中に入っていく二人でしたが…。
 幼い兄妹が、自分たちの作ったおもちゃのお城の町に入ると、その中に同じような家があり、更にその中に入っていってしまうという、入れ子状(空間的に)の物語です。どんどん深い層に入っていってしまい、そこから抜け出すことができるのか、というハラハラドキドキ感もありますね。
 人間の大きさが加速度的に小さくなるに従って、周りの世界は大きくなり…。眩暈がしてくるようなファンタスティックな作りで、これは実に魅惑的なお話です。



ネズビットきみのいきたいところ159
イーディズ・ネズビット『きみのいきたいところ』(吉田新一訳 学習研究社)

 原著『九つのありそうもない話』から二篇、同じく『まほうのせかい』から一篇、ネズビットのファンタジー短篇を収録しています。

「きみのいきたいところ」
 嫌いなおじさんとおばさんがやってきて、退屈していたセリムとトマシナのきょうだい。彼らに突然話しかけてきた赤と緑のゴムまりのあとをついていくと、そこは世界中でいちばん楽しい「きみのいきたいところ」でした。
 しかし、きょうだいが不満を抱くたびに、「きみのいきたいところ」の環境は悪くなっていきます…。
 ゴムまりに導かれ訪れた別世界は子どもの理想の場所でしたが、その環境にだんだんと満足できなくなってしまうという物語。序盤からおとぎ話的な雰囲気の濃い作品なのですが、クライマックスでは結構残酷なシーンもありますね。

「青い山」
 気みじかで色黒な人間ばかりが住む国アンテオケ。そこに住む少年トニーは、祖父である同名のトニー同様、穏やかな性格ゆえにその国では浮いていました。ある日亡き魔術師バーベックの墓石に予言が書かれているのを見つけたトニーは、王にそれを報告します。
 予言には「トニー」が青い山のミルクを飲むと巨人となり国を支配すると書いてありました。ミルクを入れた茶碗を持った巨人の少女を見つけたトニーは、そのミルクこそ予言のものと考え、それを手に入れようとしますが…。
 何やら思わせぶりな特徴を持つ国で、不思議な出来事が起こるのですが、この国や、後に登場する巨人の少女の意味合いが判明するシーンは見事ですね。
 少年が体験した出来事は、夢だったのか現実だったのかわからなくなるという結末にも味わいがあります。
 中国の有名な古典物語「南柯郡太守の物語」(李公佐)にすごくよく似たモチーフの物語です。直接の影響関係があるのかはわかりませんが、東西で似た発想の作品が書かれたのだとすると興味深いですね。

「さかなになった少年」
 いとこたちの家に遊びに来た少年ケネスは、いとこの一人アリスンが持ち出した姉エセルの指輪を無くしたことを自分のせいにされ、おばに叱られてしまいます。指輪を探しにボートに乗りながら「魚になりたい」と考えていたケネスは、自分がいつの間にか魚になっていることに気がつきます…。
 魚になってしまった少年を描く作品です。最初は喜んだ少年でしたが、池の中に閉じ込められてしまったことに気がつき、脱出方法を考えることになります。
 すべてが夢だったとも取れるのですが、最後にさらっとそれが夢ではなかった…という要素を入れているところが洒落ています。



宝さがしの子どもたち (福音館古典童話シリーズ)
イーディス・ネズビット『宝さがしの子どもたち』(吉田新一訳 福音館書店)

 経済的に苦しいバスタブル家の子どもたちが、知恵を出し合って「宝さがし」をし、幸福を手に入れるという物語です。
 かって豊かだったバスタブル家は、母親を亡くし、父親は取引相手に騙され経済的な苦境に陥ってしまいます。六人の子どもたちは、自分たちでお金を儲けて家を建て直そうと、いろいろな活動をすることになります。しかしそれらはなかなか成功せず、成功してもすぐにその成果は無くなってしまいます…。

 子どもたちが父親や家を助けようと「宝さがし」をするという物語です。この場合の「宝さがし」は文字通りの、土を掘り返す宝さがしだけでなく、何か商品を作って売ったり、新聞を発行して売ったり、金持ちの人間を助けて謝礼をもらったりと、広い意味での経済活動なのです。
 あの手この手でお金を稼ごうとする子どもたちですが、その幼さゆえに、思い込みで動いたり、知識が足りなかったりと、様々な原因で失敗してしまうことが多くなっています。しかし、子供たちは失敗を繰り返してもあきらめず、互いにきょうだいに対して思いやりを忘れません。また「宝さがし」をしていく中で成長し、また親切な大人と出会ったりと、人脈を広げていくことにも成功します。

 子どもたちも、それぞれ個性豊かに描かれています。長女でしっかり者のドラ、寛大で男気のある長男オズワルド、几帳面な次男ディッキー、病気がちながら詩人肌の三男ノエル、正義感に厚い二女アリス、茶目っ気のある末っ子H・O。
 特に、リーダー的存在のオズワルド、感受性が豊かで作中でもたびたび詩を作る詩人肌のノエルのキャラクターは際立っていますね。

 ファンタジー系統の作品に比べ、かなり現実がシビアに描かれる物語です。著者ネズビットは、経済的に苦しんだ時期が長かったとのことですが、そのあたりの現実感覚が反映されているのでしょうか。ただ、心温まる楽しいエピソードが多いので、あまりペシミスティックな感じにはなりません。
 子供たちが自分たちで新聞を作って売ろうと考える「新聞の編集をする」、父親の友人を泥棒と勘違いしてしまい、捕まえた直後に本物の泥棒が侵入してしまうという「どろぼうとこそどろ」などのエピソードなどは楽しいですね。
 「詩人」のノエルだけでなく、子どもたちは皆本が好きなようで、たびたび本や作家に関する記述も表れます。ネズビット自身の好みでもあるのか、キプリングは優れた作家として言及されていますね。

 子どもたちが行う「宝さがし」は、「お金」が目的ではあり、その行為自体も現実的ではありながら、どこかファンタジーにあふれています。やがて子どもたちの純真さが、バスタブル家に幸福を呼び込むことにもなるのです。
 作中での「現実」と「空想」のバランスが非常に上手くとれており、日常の中の「ファンタジー」を描いた作品として、児童文学の名作といってよいのではないでしょうか。



yoikorennmei.jpg
イーディス・ネズビット『よい子連盟』(酒井邦彦訳 国土社)

 インド帰りで母親の親戚である資産家のおじさんの屋敷に、父親ともども世話になることになったバスタブル家の子どもたち、オズワルド、ドラ、ディッキー、アリス、ノエル、H・O。経済的な問題が解決しても、彼らの遊びとそれに伴ういたずらは収まりません。
 「罰」として、彼らは田舎の家に預けられることになります。家族の友人である、アルバートのおじさんの監督のもと、子どもたちは田舎の掘割屋敷で過ごすことになります。父親の知り合いの子ども、デージーとデニーも加わり、彼らは、よい子になるために「いつかよい子連盟」を結成しますが…。

 児童文学の名作『宝さがしの子どもたち』の続編です。前作に引き続き、バスタブル家の子どもたちの冒険(といたずら)が描かれていきます。
 前作では、父親や家を助けるために、経済的にお金を稼ぐという方向で活動していた子どもたち。今作ではその経済的な心配がなくなったため、彼らの活動はより「遊戯的」な性格が強くなっています。それに伴い、いたずらの結果(被害)もかなり強烈になっています。
 川をせきとめたり、家が水浸しになったり、橋が燃えたりと、経済的な損失も大きくなっています。子どもたち自身も怪我をしたり、ひるに吸い付かれたりと、ある種やりたい放題。前作よりも純粋に冒険小説な要素が濃くなっていますね。

 よい子になるはずの「いつかよい子連盟」が全く守られず、結局解散してしまう、という流れも非常に楽しいです。前作の「宝さがし」のような、作品全体を通してのテーマはないのですが、今作では後半に、アルバートのおじさんの縁結びというテーマが登場します。
 その顛末も、子どもたちならではの早とちりと思い込みでユーモラスなものになっています。子どもたちは、おじさんを結婚させることができるのか?

 今作の子どもたちの冒険は遊びの要素が強いので、前作のように、子どもたちが大人の商売に手を出してそのギャップが面白おかしく描かれるわけではなく、純粋に子ども目線で子どもの遊びが詳細に描かれる…という感じになっています。
 大人が読んでも充分に面白いのですが、子どもの頃に読むほうがもっと楽しめる感じがする作品ではありますね。



鉄道きょうだい
イーディス・ネズビット『鉄道きょうだい』(中村妙子訳 教文館)

 ボビー、ピーター、フィリスの三人のきょうだいは父母とともに幸せに暮らしていましたが、ある日父親は警察に連れていかれ帰ってこなくなってしまいます。母親とともに田舎に引っ越した子どもたちは貧乏な生活を余儀なくされますが、現地の鉄道やその職員、周囲の人間たちと仲良くなります。知り合いが増えるにしたがって、彼ら家族の生活も明るくなっていきますが…。

 父親がいなくなり、母親と共に田舎で貧しい生活を送ることになった三人の子どもたちが、鉄道やその職員たちと友達になり力強く生きる…という作品です。
 聡明で明るい子どもたちが、現実の苦難にも負けず強く生きていく…という児童文学の王道的な作品ではあるのですが、そこはネズビット、そうした厳しい生活の中にも明るさとユーモアたっぷりのエピソードが詰め込まれており、非常に読み心地のよい作品になっています。

 近くを通っている鉄道に夢中になり、その職員や周辺の人々と仲良くなっていく子どもたち。子どもたちがたまたま行った人助けにより、有力者と知り合いになり、それが彼らの生活を助けることにもなります。ファンタジー要素はないので、ネズビットの他作品ほど破天荒な展開はないものの、子どもたちが出会う冒険や事件には、やはりわくわくさせる要素があります。鉄道事故を未然に防いだり、火事から赤ん坊を救ったり、トンネル内で怪我をした子どもを救出したりすることになるのです。
 子どもたちが勇敢で聡明なのは、他作品のそれと同様ですが、本作では、子どもたちの手先が器用であること、彼らが行う対策がわりと現実的であることから、ネズビット作品特有の「ドタバタ感」は薄めです。ただ、子どもたちが常時家族を含めて、利他的な精神で動くので、周囲の人々を幸せにし、自分たちも幸せになってゆくという、後味の良い作品になっています。

 後半では、消えてしまった父親の秘密が明らかになります。子どもたちは父親と再会することができるのか? それまでの子どもたちの善意が実を結ぶ結末には、ある種の感動があります。特に鉄道を使ったクライマックスの視覚的なシーンにはインパクトがありますね。児童文学の名作といってよい作品だと思います。

 この『鉄道きょうだい』、かって『若草の祈り』(1970)というタイトルで映画化されています。その際に同名タイトルで邦訳もされているようです。本書は新訳ですが、訳文も読みやすいです。
 訳者解説によると、本書の父親をめぐる陰謀については、当時世間を騒がせた「ドレフュス事件」の影響もあるのではないかとのことです。


以下、アンソロジーや雑誌に収録された、ネズビットの大人向け怪奇短篇もいくつか紹介しておきますね。


E・ネスビット「あずまや」(佐藤ひろみ訳『ミステリマガジン1986年8月号』早川書房 収録)

 資産家のフレドリックが伯母と暮らすドリコート館を訪れた平凡で地味な娘アミーリア。フレドリックの友人セシジャーに思いを寄せるアミーリアでしたが、彼は美しい娘アーニスティンに夢中でした。
 アーニスティンをめぐって、館のあずまやでの肝試しを主張したセシジャーとフレドリックは一夜をその小屋で過ごすことになります。家に古くから伝わる本によれば、あずまやで何人も死者が出ているというのですが…。
 吸血鬼物語のバリエーション作品なのですが、男女四名の「恋の鞘当て」的な心理描写が秀逸です。一人だけ蚊帳の外に置かれた感のあるヒロインの行動が物語を動かすのですが、淋しげな結末にも味がありますね。


イーディス・ネズビット「影」(BOOKS桜鈴堂訳『夜のささやき 闇のざわめき』Amazon kindle 収録)

 舞踏会の後の夜に「私」を始めとした若い女の子が三人集まって、幽霊話に興じていました。そんな折、ふとドアを叩いたのは、家事を取り仕切っているイーストウィックさんでした。無口な性質のイーストウィックさんでしたが、たまたま彼女を知らない年下の子から促されて、自分の体験したという怖い話を始めます。それは彼女の友人夫婦に関する話でした。
 友人のメイベルとその夫が暮らしていたのは新築の綺麗な家でした。しかし夫はその家に不気味なものを感じるというのです。やがてイーストウィックさん自身も戸棚から不気味な「影」が現れるのを目撃します…。
 不気味な手触りの怪奇小説です。直接描写はされないのですが、過去に友人夫婦とイーストウィックさんとの間に何かがあったこと、おそらく夫婦の夫(作中では「あの人」と呼ばれます)とイーストウィックさんは、かって恋人だったのではないかということが仄めかされています。怪異現象として現れる「影」も幽霊や妖怪というよりは、イーストウィックさんから発した「生霊」のような解釈もできそうな感じです。ただ、直接関係のない夫婦の娘にまで「影」が影響を及ぼしているという展開はかなり怖いですね。
 語り手たちが「機械」のように扱っていたというイーストウィックさんにも感情があり、彼女自身の過去の事件の語りを通して、その情念を感じさせる…という部分も興味深いです。非常にモダンな怪奇小説でありました。


イーデス・ネスビット「ハーストコート城のハースト」(南田幸子訳『安らかに眠りたまえ 英米文学短編集』海苑社 収録)

 尊大な態度から男性には嫌われているものの、女性には何故か絶大な魅力を及ぼす男ハースト。黒魔術の研究書を出版したハーストは一躍人気作家になります。村一番の美女と言われるケイトと結婚したハーストは、一族の城、ハーストコート城を相続します。学生時代からの親友で医者である「僕」は、ハーストに招かれ、ハーストコート城を訪れます。そこで見たのは、更なる美しさを重ねたケイトと、かってとは別人のように好人物となったハーストでした。
 愛し合うハースト夫妻を好ましく思う「僕」でしたが、ある時を境にケイトが病に陥り、重態に陥ります。しかも倒れる直前に、彼女はハーストについての懸念を「僕」に打ち明けていました…。
 古城で展開されるゴシック・ロマンス風味の強い怪奇幻想作品です。かって黒魔術に凝っていた夫は、妻に対して何を行ったのか? ポオの有名な短篇作品と同じアイディアが使われていますが、こちらの作品ではそれが夫婦の愛情の絆を表すものとして使われています。名作といっていい作品では。


以下の作品レビューも参考までに載せておきますね。
『砂の妖精』『火の鳥と魔法のじゅうたん』『魔よけ物語』
http://kimyo.blog50.fc2.com/blog-entry-1037.html
『アーデン城の宝物』『ディッキーの幸運』
http://kimyo.blog50.fc2.com/blog-entry-1041.html
『魔法の城』
http://kimyo.blog50.fc2.com/blog-entry-1040.html

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kimyo.blog50.fc2.com/tb.php/1049-f89d9c78
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を2019年8月に刊行しました(完売しました)。
「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」、同人誌『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』を盛林堂書房さんで通信販売中です。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する