赦されざる罪  グレアム・グリーン『第十の男』
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第十の男
グレアム・グリーン
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 今回紹介するのは、グレアム・グリーン『第十の男』(宇野利泰訳 早川書房)。タイトルから『第三の男』を思い浮かべる人もいるでしょうが、とくに関係はありません。本書は、グレアム・グリーンが戦前に映画会社のために書き、お蔵入りになっていたというシナリオの梗概三編を収めています。
 『ジム・ブラッドンと戦争犯罪人』は、まじめなセールスマンである主人公ジム・ブラッドンが、飛行機事故で記憶を失ったことから、顔の似ているナチスの政治犯と取り違えられる、という話。政治犯を逃がそうとする組織の兄妹に助けられたブラッドンはその妹と恋仲になるのですが…。ごく短い要約ながら、娯楽味たっぷりで面白そうです。
 『だれの罪にもあらず』は、スパイもの。平凡な会社員である主人公トリップの裏の顔は、イギリスのスパイ。エストニアに駐在する彼は、架空のスパイ網を組織したと称して、経費をかすめ取っていました。しかしロンドン本部は彼を信頼のおける諜報員と信じきっています。あるときトリップの送った架空の報告に驚いた本部は、彼のもとに別の諜報員を送ります。なんとかごまかしたトリップは、次にエストニアの人気女優を自分の愛人兼スパイにしたと、報告を送ります。もちろん嘘です。しかしその女優はドイツ政府のためにはたらくスパイでした…。
 後に『ハバナの男』に生かされたという作品。金をだまし取る悪徳スパイが、やることなすこと全てうまくいってしまうという皮肉なコメディです。
 そして本書で一番長く、小説としても読み応えのあるのが『第十の男』です。
 ドイツ軍占領下のフランス。レジスタンス活動の容疑で人々は、収容所に収容されます。ドイツ軍関係者に死傷者が出たことから、報復と称して、収容所の人々から十人に一人の割合で、処刑を行うとの報告がなされます。
 その収容所からは、総計三人の処刑者を出すという決定が下されます。囚人たちは、くじ引きで公平に決めようと考えますが、くじを引いてしまった富裕な弁護士シャヴェルは泣きわめき、だれか自分と代わってくれと懇願します。代わってくれれば自分の財産を全て与えるから、と。
 だが誰も自分の命と引き替えにはしようとしません。諦めかけたシャヴェルでしたが、そのとき、ある青年が申し出ます。

 そのとき、声があった。「もう少し具体的な条件を聞かせてもらおうか。なんだったら、ぼくが引き受けてもいい」声の主は、ジャンヴィユであった。

 それは貧しい青年ジャンヴィユでした。彼は母親と妹のための財産を手に入れるために、シャヴェルの代わりに処刑されます。
 戦後、尾羽うち枯らしたシャヴェルは、かっての自宅を訪れますが、そこには既にジャンヴィユの家族が住んでいました。正直に名乗る勇気が出せない彼は、ジャン・ルイ・シャルロと名乗ります。彼は、ジャンヴィユの妹テレーズに、自分はあなたの兄と同じ収容所にいたと話します。
 ふとしたことから、テレーズはシャヴェルに、行くところがないならここで働かないかと誘います。やがてテレーズに愛情を抱くようになったシャヴェルはしかし、彼女が兄を殺した男として自分を憎悪しているのを実感し、悩み苦しみます。
 そんな状態のある夜、彼らの家のベルを鳴らす音が聞こえるのです。

 シャルロが、「だれだ?」と訊くと、戸外の男は、なぜか理由はわからぬが聞き覚えのある声で「ジャン=ルイ・シャヴェルだ」と言った。

 シャヴェルを名乗る男の正体とは? シャヴェルは真実を打ち明けられるのでしょうか? そしてテレーズとの恋の行方は?
 シナリオとして書かれただけあって、余計な描写がなく、キビキビとした文体になっています。それがシリアスな作品の内容と相まって、実にリアリスティックな雰囲気を醸し出しているのです。
 作品の大部分は、もとの自分の家に雑役夫として住み込んだシャヴェルとテレーズとの交流に割かれます。彼女を愛しながらも、真実を打ち明けられないシャヴェルの苦悩が、強烈なインパクトを与えてくれます。彼女の憎しみに対し、ことあるごとに自分を弁護するシャヴェル。その対話の繰り返しの中に「赦し」とはなにか?「誇り」とは何か?というグリーン独自の倫理的な問いが浮かび上がってくる構成になっています。
 もちろんストーリー上の展開もスピーディーで、娯楽小説として読んでも充分面白い作品です。シナリオだけに、もうちょっと膨らみを持たせてほしいと思うようなシーンもままあるのですが、これはこれで完成された作品と言うべきでしょう。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
この本の思い出
 目次もなにもなくて、いきなり「序にかえて」から始まり、
「第十の男」も突然、「第一部」と記されたページから入っちゃうんでしたね・・・。
最初、「第十の男」ただ一篇だけが収録されている本だと思い込んで買ったので、
えらく驚いたものでした。

私は、カトリック系の学校に通っていたので「宗教」という授業があり、
そこで、コルベ神父の話を習ったものです。
http://max1130.hp.infoseek.co.jp/page007.html

グリーンのこのプロットを読んだ時には、初めは「あ、これはそこからインスパイアされたな」とにやり。
しかし、実はコルベ神父の話のほうが後、なところが、グリーンの想像力の凄いところだと
震え上がりましたっけ。
【2006/05/29 19:40】 URL | ねこでら #17ClnxRY [ 編集]

こんな話があったんですか
コルベ神父の話は全然知りませんでした。これ、本当にグリーンの作品そっくりですね。コルベ神父の方は純粋に愛他精神から来ていますが、グリーンの方は単純にそうとも言えないところが興味深いです。
グリーンの作品の方が先だというところも、すごいです。まさに「現実は虚構を模倣する」といった感じですね。
『第十の男』だけでなく、他の二つの梗概の方もすごく面白くて、ぜひ小説化してほしかったです。それにしても、グリーンは人を惹きつける設定が、ものすごく上手いと再認識させられた作品でした。
【2006/05/29 21:34】 URL | kazuou #- [ 編集]

カトリック作家!
ディケンズ-モーム-グリーンと続くイギリス小説の系譜を愛する私ですが、不覚にもこの作品は未読。早速読まなければ。
キリスト教はとても興味深く、"萌え"感覚でその周辺を楽しんでいますが、プロテスタントはあまりにも明快すぎて文学的感興が今ひとつ。カトリックは屈折して、過剰で、人間的で小説の題材としておもしろい。
その意味でカトリック作家としてのグリーンを愛読しています。
【2006/05/29 22:34】 URL | 迷跡 #- [ 編集]


グリーンにも時々、難解な宗教的作品がありますが、衣はどうあれ、物語として楽しませてくれるストーリーテラーなので、たいていは安心して読めます。
キリスト教といえば、真っ先に思い浮かぶのが、E・F・ベンスン『アルフレッド・ワダムの絞首刑』ですね。殺人犯から犯行を打ち明けられたものの、宗教的な義務からそれを口にできず、無実の人間を死刑にしてしまった神父が霊に悩まされる…という話。ロアルド・ダールがこれをオムニバスドラマ・シリーズのパイロット版として作ったものの、宗教的な反対から番組自体がつぶれてしまったという、いわくつきの作品です。やっぱりあちらでは、いろいろと宗教的な配慮が要求されるようですね。
【2006/05/29 23:19】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
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