FC2ブログ
混沌と恐怖  ヴィクター・ラヴァル『ブラック・トムのバラード』
ブラック・トムのバラード (はじめて出逢う世界のおはなし―アメリカ編)
 ヴィクター・ラヴァル『ブラック・トムのバラード』(藤井光訳 東宣出版)は、H・P・ラヴクラフトの作品「レッド・フックの恐怖」を黒人青年の視点から語りなおしたというホラー作品です。

 体の衰えた父親を養うために働いていた息子のトミー・テスターは、自身の愛する音楽だけでは食べていけず、人には言えないような仕事にも手を出し始めていました。ある日、地元の資産家であるサイダムという老人に、高額の報酬と引き換えに、家に来て演奏してほしいと頼まれたトミーでしたが、そこで目にしたのは、サイダムの恐るべき力と秘密でした…。

 ラヴクラフトの短篇「レッド・フックの恐怖」を視点を変えて語りなおした上で、オリジナルな要素を付け加えた作品です。
 原作の「レッド・フックの恐怖」は次のような話。街で誘拐事件が相次ぐなか、オカルトの研究家として知られた資産家サイダム老人を追っていたマロウン刑事が、サイダムが恐るべき秘儀を計画していることを知り、その現場に踏み込みますが、そこには地獄絵図が広がっていた…という物語です。
 クライマックスのヴィジョンがすさまじく、ラヴクラフトの傑作のひとつといっていい作品ではないかと思います。

 『ブラック・トムのバラード』では、貧しい黒人青年トミー・テスターを視点人物として、彼がサイダムの導きにより、邪悪な力を手に入れるという物語になっています。トミーははったり稼業に手を染めているとはいえ、頭が良く父親思いの青年なのですが、世の中の黒人に対する不条理な仕打ちや、父親に対するある事件をきっかけに、邪悪な行為に手を染めてしまうのです。もともと「レッド・フックの恐怖」自体、サイダムが黒人やアジア系の人種などの非白人たちを集めているという設定があり、そちらの人々の視点を代弁する形で描かれた作品といえるでしょうか。

 「レッド・フックの恐怖」では、集められた非白人たちの描写がすでにして「おぞましさ」を表しているようなのですが、逆の視点から描かれた『ブラック・トムのバラード』では、そういう風には描かれてはいません。
 猥雑さはあるものの、エネルギッシュな黒人社会の一端が描かれていたりもするのです。それゆえ、ラヴクラフト作品に比べると、怪奇小説としては「雰囲気」が弱い、と感じる面もないではありません。
 ただ、ラヴクラフト作品からこうしたテーマ性の強い作品を生み出した視点は非常に面白く、それでいてホラー小説として十分に面白いのは、作者の手腕というべきでしょうか。ラヴクラフト作品を読んでいると楽しめるのはもちろんですが、ラヴクラフト作品や「クトゥルー神話」作品を読んだことがなくても、単体で十分に面白さの味わえる作品だと思います。

 ちなみに、解説には作者ラヴァルの少年時代の愛読作家として、スティーヴン・キング、シャーリイ・ジャクスン、クライヴ・バーカー、ラヴクラフトが挙げられています。クライマックスの情景の視覚的な描写を読んでいてバーカーを思い出したのですが、なるほど、という感じです。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kimyo.blog50.fc2.com/tb.php/1039-936e0b6d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する