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幽霊船の真実  ロビン・モーム『十一月の珊瑚礁』『ノンフィクション 幽霊船』
 作家ロビン・モームは文豪サマセット・モームの甥。実在の幽霊船事件に惹かれ、その調査内容をノンフィクションとしてまとめました。そしてその内容から、創作である長篇小説『十一月の珊瑚礁』を生み出しています。幸い、そのノンフィクションと小説とが二つともに邦訳されています。事実と創作との関係を考える上でも、非常に面白いサンプルとなる作品ではないでしょうか。以下、それぞれ紹介していきたいと思います。


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ロビン・モーム『十一月の珊瑚礁』(田中睦夫訳 新潮社)

 サモアの町アピーアから出港した改装船ジャネット号が行方不明になります。船には四人のヨーロッパ人と十四人のサモア人が乗っていました。その後、フィージー周辺で船が発見されますが、乗客の姿は誰一人として見つかりません。
 会社の依頼を受けた保険調査員のケン・ジルは、現地に派遣され詳細を調べることになります。その過程で、ケンは現地で出会った混血の娘ニーナに思いを寄せるようになります。
 船を調べたケンは、船に残された痕跡から、行方不明事件に人間の手が絡んでいることを察知します。独自に得た証拠から、ジャネット号と同じく、アピーアに向かう予定の船メアリゴールド号が同じように姿を消してしまうのではないかと考えたケンは、その船に同乗しようとしますが、船長のニールはなぜかケンが乗るのを妨害します。しかもその船にはニーナも乗船することになっていたのです…。

 保険調査員である主人公ケンが、乗客全てが行方不明になった船の調査をしているうちに、人為的な陰謀を察知し、それに巻き込まれていくという海洋冒険小説です。冒頭に提示される、船から乗客が消えてしまうという謎は合理的に明かされてしまうのですが、そこからの展開がハラハラドキドキの連続です。
 ある陰謀にはまってしまった主人公はそこから脱出することができるのか? ニーナとの恋愛は成就するのか? タイトルにもある「十一月の珊瑚礁」とは何なのか?
 影響を受けたという叔父サマセット・モーム譲りといっていいのか、登場人物のキャラクター造型にも味があります。
 主人公ケン、ヒロインのニーナ、船長ニール、後半に登場するその他のキャラクターにもそれぞれ深みがあります。とくにユニークなのはヒロインのニーナ。白人と現地人との混血であり、生活のために娼婦をしていながらも、純真さと現実主義的な面を合わせ持つキャラクターとなっています。
 それゆえ主人公との恋愛模様も一筋縄ではいかず、後半で登場するライバルとの三角関係も、この物語の魅力の一つとなっています。
 興味を削いでしまうので、後半以降の展開は紹介しにくいのですが、ロマンあふれる冒険小説であり、ある種の幻想文学といっていいテーマをも持った魅力的な作品だと思います。
 箱入りで、宇野亜喜良による装幀も魅力的。内容とも合わせ、非常に瀟洒な本ですね。



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ロビン・モーム『ノンフィクション 幽霊船』(高橋泰邦訳 月刊ペン社)

 実際に起こった「幽霊船」事件に惹かれた著者が、その事件を追ったノンフィクション作品です。小説『十一月の珊瑚礁』の発想元になっています。
 1955年、西サモア諸島のアピア港を出航したジョイタ号は、北にあるトケラウ諸島に向かいますが、出航直後に姿を消してしまいます。37日後、フィジー諸島周辺で発見されたジョイタ号の船内には一人の船員も乗客もいませんでした。乗っていた25人の行方については何もわかっていません。
 事件に興味を持ったロビン・モームは、現地で事件を調べ始めます。公式には自然災害による事故で済まされていた事件でしたが、モームはそれは事実ではないのではないかと考え、事件を再構成しようと、関係者への聞き込みや公的書類の調査などを続けます。
 自然災害による事故、潜水艦による攻撃など、様々な説が出されますが、それらに納得のいかないモームは、船そのものやそれが置かれていた経済的状況、船長や船員の性格や人間性などについても詳細に調べます。キーになるのは、やはり船長であったダスティー・ミラー。
 腕の良い船乗りであり、義理堅い男でありながら、経済的には失敗続きで、ジョイタ号による就航がおそらく最後のチャンスであったこと、彼は船を愛しており、自分から船を離れるようなことはないと、周囲の人間は口をそろえて話します。
 それでは、ジョイタ号から人が消える前には、必ず船長自身に何かがあったに違いないとモームは考えます。船長と乗員との間に何かいさかいがあったのではないか…? 船長と乗組員、同乗者たちの性格や履歴を調べたモームが、船上で何があったかを想像していくくだりは、まさに小説そこのけのイマジネーションにあふれています。
 モームによって再構成された事件が、事実と合っているのかはわかりませんが、読んでいて非常に説得力のある説になっています。
 本筋の事件の調査以外にも、類似した「幽霊船」事件や漂流事件についての記述、また叔父のサマセット・モームを知る現地人から叔父の話を聞いたり、現地では有名なスティーヴンソンの墓を訪れたりする場面も面白く読めますね。
 ちなみに、ロビン・モームはスティーヴンソンの作品では、『箱ちがい』と『引き潮』を評価しているようです。

 訳者による「付記」がつけられているのですが、これが90ページ近くある長大なもので、モーム作品の解説よりも、それ以外の記述の方が圧倒的に多いです。「マリー・セレスト号事件」を初めとする海外・日本の幽霊船事件や漂流事件、果ては海の妖怪の記述まで、海に関わる奇譚の総まとめのようで、この「付記」だけで、一冊の本を読んだぐらいの密度がありますね。
 問題となったジョイタ号をモーム本人が買い取るなど、かなり事件に入れ込んでおり、その成果は小説『十一月の珊瑚礁』にも反映されています。小説の方では実際の事件と発端こそ共通しているものの、以後の展開には小説家ならではの想像力が発揮されており、ロマネスクな冒険小説に仕上がっています。

 この『ノンフィクション 幽霊船』と長篇『十一月の珊瑚礁』、絶版になって久しい本ですが、どちらもとても面白い本です。この二冊を合本にして復刊したら、すごく面白いと思うのですが、なかなか難しいでしょうか。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

ロビン・モーム すごいレアですよね→ 以前、伯父さんのことを書いた本を読んで、それから有名な「召使」のDVDを手配→つんであります。

さっそく図書館に借りる手配しました。
→「十一月の・・・」は3つの図書館でみつけました(というか過去に読んでいるはずなんですが、まったく記憶にありません)→「幽霊船」は見つからず。今は相互貸借する元気がなくて・・・
買わない姿勢を貫く自分でした。
【2020/01/29 23:45】 URL | fontanka #- [ 編集]

>fontankaさん
ロビン・モーム、日本ではモームの甥という肩書きの方が有名ですね。サマセット・モームに関する本の他は、創作としては『十一月の珊瑚礁』ぐらいしか紹介されていないみたいです。
今では入手は難しいみたいですが、結構面白い作品でした。図書館では所蔵しているところも結構多いのでは。
【2020/01/30 20:06】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を2019年8月に刊行しました(完売しました)。
「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」、同人誌『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』を盛林堂書房さんで通信販売中です。



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