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魔法と子どもたち  イーディス・ネズビット<砂の妖精>三部作
 イギリスの児童文学の先駆者であり、ファンタジーの名作を数多く残した作家イーディス・ネズビット(1858-1924)。彼女の代表作とも言えるのが『砂の妖精』『火の鳥と魔法のじゅうたん』『魔よけ物語』から成るファンタジー三部作です。
 どの作品でも、願い事を叶えてくれる「魔法」がテーマになっていますが、その「魔法」が、別世界ではなく現実世界において展開されるところが特徴です。魔法の効果が主人公たち以外の事物や大人にも影響し、その軋轢が物語を牽引していくという点で、SF小説の先駆的な面も感じられますね。


砂の妖精 (福音館文庫 古典童話)
『砂の妖精』(石井桃子訳 福音館文庫)

 家族と共にロンドンの家から田舎のケント地方に引っ越してきたシリル 、アンシア、ロバート、ジェイン、坊や(ヒラリー)の五人の子どもたち。両親の留守中に、家の庭にある砂利掘り場で遊んでいたところ、砂の中から奇妙な生き物を発見します。言葉を話し出した生き物は、サミアドと名乗ります。
 サミアドは何千年も生きる砂の妖精であり、自分を見つけ出した人間の願いを何でも叶えてくれるというのです。子供たちはいろいろな願いを叶えてもらいますが、その度にトラブルが起こってしまいます…。

 願いを叶えてくれる砂の妖精を見つけた子どもたちが、様々な願いを叶えてもらうのと同時にトラブルに巻き込まれるという、スラップスティックなファンタジー作品です。
 願いそのものは大部分叶うものの、その実現の仕方が変な方向に行ってしまうため、毎回トラブルに巻き込まれてしまいます。
 「きれいになりたい」と言ったためにきれいになりすぎて別人になってしまったり、金貨の山を手に入れたものの、古すぎる金貨のため誰も本物の金貨だと思ってくれなかったり、インディアンがいたらいいなと願って本物のインディアンに襲われたりと、なかなか上手く願いを叶えることができません。
 そもそも妖精であるサミアド自体、願いを不精不精願いを叶えるのに加え、割と意地が悪く、願いを杓子定規に叶えることもあって、子どもたちの意図通りにはいかないところがユーモラスですね。
 魔法の効果にも条件があったり、途中で子どもたちが付けた条件が魔法を拘束したりと、後半ではなかなか複雑な展開にもなっていきます。例えば、ねえやであるマーサには魔法が見えないという条件をつけているため、魔法で城が建ったり、インディアンが現れても彼女にはそれが全く見えないのです。
 家がお城になってしまい周りを敵兵に囲まれてしまうという「お城と敵兵」のエピソードでは、敵が襲ってくる中で、マーサは普通に調理しており、魔法の城で上書きされて見えなくなった食べ物を子どもたちが、手探りで食べる、なんて面白いシーンもあります。
 どれも面白いエピソードがつまっていますが、末っ子の坊や(ヒラリー)が文字通りの成人男性になってしまうというエピソード「おとなになって」は特に抱腹絶倒。子守りに飽き飽きした子どもたちが、早く大人になってほしいと願ったため、突然大人になってしまうのです。
 町のクラブに行こうとするのを自転車をパンクさせて止めたり、若い女性に声をかけようとするのを邪魔したりと、彼を行かせまいとするきょうだいたちの活躍が描かれます。
 魔法といっても、別世界に行ったりするわけではなく、あくまで周りの大人や社会を含めた現実世界で魔法が実現されるわけで、それによって不自然な状態が起こったり、魔法の効果が切れた後の後処理に困ったりと、魔法と現実の相互影響が描かれる、というのが興味深いですね。
 砂の妖精サミアドの造形も独特です。カタツムリのように伸びる目、コウモリのような耳、体にはクモのような毛が生えていて、手足は猿のよう、という日本の鵺みたいなキャラクターです(本の表紙で描かれている生き物がサミアドです)。
 100年以上前の物語ですが、今でもその面白さは失われていません。児童文学史に残る名作といっていいのではないでしょうか。



火の鳥と魔法のじゅうたん (岩波少年文庫 (2096))
『火の鳥と魔法のじゅうたん』(猪熊葉子訳 岩波少年文庫)

 願いを叶えてくれた砂の妖精サミアッド(サミアド)との別れ以来、退屈な日常を送っていたシリル、アンシア、ロバート、ジェインのきょうだいたち。いたずらでぼろぼろになってしまった子供部屋のじゅうたんの代わりに両親が購入したじゅうたんの中には、なぜか不思議なたまごが入っていました。
 ふとしたことからロバートが暖炉に落としてしまったたまごは、その火の力によって中に入っていた不死鳥を蘇らせます。不死鳥の話から、購入したじゅうたんは願いを叶えてくれる魔法のじゅうたんだと知った子どもたちは、その力を使って冒険を繰り広げることになりますが…。

 『砂の妖精』の続編です。前作に引き続き、子どもたちが、不死鳥と願いを叶えてくれる魔法のじゅうたんを手に入れて、冒険を繰り広げるという物語です。前作『砂の妖精』では、願いをかなえてくれる砂の妖精サミアッド(サミアド)の力で魔法を使っていましたが、今作ではそれはじゅうたんの力によるものとなっています。
 対して、不死鳥は賢さを持つ魔法の生物ではありますが、彼自身に願いを叶える力はなく、もっぱら子どもたちへのアドバイスや、冒険に同行して子どもたちをたしなめるなど、お目付役的な役目を果たすことになります。サミアドに比べ、仲間的な要素の強いキャラクターになっていますね。
 その一方、そのプライドの高さや思い込みが強い性格が災いして、トラブルに巻き込まれてしまうことも。火災保険会社を自分のための神殿だと勘違いする「不死鳥保険会社」や、興奮した不死鳥のせいで劇場が火事になってしまう「おわりのはじまり」などのエピソードは楽しいですね。
 『砂の妖精』同様、今作の魔法のアイテムであるじゅうたんにも、1日三回まで、効力に制限があったりなど、使用条件があります。ふとしたことで回数を使い切ってしまったり、願いが上手くいかなかったりするなど、様々なトラブルが子どもたちを待ち受けます。うるさい料理番の娘を南の島に送ったところ、その島の女王になってしまうという「女王になった料理番」、じゅうたんが数百匹の猫を持ち帰ってきてしまう「ペルシャネコそうどう」などは、抱腹絶倒ですね。
 「ペルシャネコそうどう」で増えてしまった大量の猫を、たまたま忍び込んだ初犯のどろぼうに同情し、売り物としてあげてしまった結果、どろぼうが捕まってしまい、彼を脱獄させて、南の島(前に料理番が女王になったところ!)に送ってしまうなど、エピソード間のつなぎも非常に上手いです。
 不死鳥だけでなく、じゅうたん自身にも「意思」があるらしい描写もあるのが面白いところ。話すことはできないものの、その行動が妙にユーモラスで人間味を感じさせるところも味わいがあります。
 もともと古びていたじゅうたんが、子どもたちが使いまくることによって、どんどんほつれたり、穴が空いていってしまいます。繕ってはみるものの、魔法の力があるのは元の布の部分だけらしいのです。やがて、じゅうたんとの別れもやってくることになります。 他人を助けるためであるとか、母親のプレゼントを用意するためであるとか、善行が目的の願いもありますが、今作では、もっぱら子どもたちが冒険して楽しむための願いが多くなっています。それゆえ、前作よりも更にスラップスティックで楽しい物語になっていますね
 前作に登場したサミアッド(サミアド)は直接的には姿を見せませんが、困ったときに不死鳥が願いを頼みに行くという形で、間接的に数回程度言及されています。
 基本的には独立した物語なので、前作『砂の妖精』を読んでいなくても、単独で楽しめる作品です。



魔よけ物語〈上〉―続・砂の妖精 (講談社青い鳥文庫)
『魔よけ物語』(八木田宣子訳 講談社青い鳥文庫)

 シリル、アンシア、ロバート、ジェインのきょうだいたちは、ひまつぶしに訪れたペットショップで、かって自分たちの願いを叶えてくれた砂の妖精サミアッドが捕まっているのを発見し救出します。お礼にサミアッドが教えてくれたのは、不思議な力を持つ魔よけの存在でした。
 しかし魔よけは半分に分割されており、もう半分がなければ本来の力を発揮できないといいます。魔よけ自身が語るところによれば、過去に戻れば完全な状態の魔よけを見つけることができるといいます。さらに今現在の半分の状態の力だけでも、子供たちを過去に送ることは可能だというのです。
 父親は従軍、母親と末っ子は療養のため、子どもたちとは離れ離れになっていました。家族一緒に暮らしたいという願いのため、子どもたちは魔よけの残り半分を求めて、様々な過去の時代を訪れることになります…。

 三部作の最終巻、魔法の力を持つ魔よけの片割れを求めて、子供たちが様々な時代を経巡るというファンタジー大作です。『砂の妖精』の最後で別れた砂の妖精サミアッドと再会した子どもたちが、不完全な魔よけの残りを求めて過去の時代に旅するというタイム・トラベル・ファンタジーになっています。著者のネズビットが親しくしていたというH・G・ウェルズの『タイム・マシン』の影響があるとか。
 実際、この『魔よけ物語』のエピソード中にも、明らかに意図的につけたと思われる「ウェルズ」という名の少年が登場します。ネズビットの他作品『魔法の城』(冨山房)には透明になれる指輪が登場するのですが、これもウェルズの『透明人間』の影響があるということです。
 魔よけの力によって、子どもたちは過去のいろいろな時代を訪れることになります。古代エジプト、バビロン、ローマ侵略直前のブリテン、アトランティスなど。魔法の力によって、現地の人々と言葉は通じるようになっているのですが、それ以外に子どもたちに何か力があるわけではありません。
 妖精サミアッドも同行するものの、以前の契約により、子どもたちの願いを叶えることはできません。魔よけのルーツの関係上、訪れる時代はほぼ時間の離れた古代ということもあり、文化や風習の違いからトラブルを引き起こしてしまいます。しかも襲撃されたり、牢屋に入れられたり、津波に襲われたりと命に関わるレベルの冒険が多くなっています。作中で子どもたちも自ら話すシーンもあるように、今作では冒険が「遊び」というよりも「使命」に近い感覚になっています。それゆえ三部作の前二作に比べ、全体にシリアス色の濃いファンタジーになっているといえるでしょうか。
 とはいえ、ところどころにこの著者らしいユーモラスなシーンが散りばめられています。サミアッドの願いにより、間違って現代ロンドンに来てしまったバビロンの女王が引き起こすトラブルを描いたエピソード「ロンドンに来た女王」などはその最たるものですね。今回は、副主人公的なポジションのキャラクターとして、古代を研究している学者の「先生」なる人物が登場します。子どもたちにいろいろ話をしてくれる好人物なのですが、魔よけの呪文を解読してくれたことを皮切りに、様々な面で子どもたちの手助けをしてくれます。
 やがて子どもたちと共に、過去の旅にも出ることになります。本人はその冒険を「夢」と解釈するのですが、その冒険から得られた知識で彼は成功することになるのです。結末での彼の重要な役目には驚いてしまうかも。
 タイム・トラベルを扱っているものの、行くのはもっぱら過去なのですが、途中で登場する未来への旅行にはちょっとびっくりします。未来に行けば、その瞬間に魔よけを手に入れた記憶が再構成され、その記憶を持ち帰ればいいのではないか?という大胆な発想です。1906年の作品としては、かなり先駆的なアイディアなのではないかなと思います。
 やがて完全な魔よけを手に入れることになる子どもたちですが、それとともに神秘的な結末が待ち構えています。子どもたちの願いは叶うのか? 「先生」を待ち受けている事態とは…?
 当時のきな臭い世界情勢が反映されているものか、父親が戦争に従軍するなど、物語自体にも前二作にはあまり見られなかった不穏な気配が見られます。そして子どもたちの目的も今回は真摯なものであり真剣さが伴っています。ただ、ところどころに挟まれるユーモアはやはり物語を和らげてくれています。特に「先生」がからむエピソードには微笑ましいものが多くなっていますね。
 前作『火の鳥と魔法のじゅうたん』が主に「空間」を移動していたのに対して、今作では「時間」移動がモチーフになっています。歴史的事実が子どもたちの行為が発端になって起こっていたりすることが分かるなど、「時間物語」特有の面白さもあり、三部作の最終作にふさわしい、スケールの大きな作品だと言えますね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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