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祈りと奇跡  ラドヤード・キプリング『祈願の御堂』
祈願の御堂 (バベルの図書館 27)
 ラドヤード・キプリング『祈願の御堂』(土岐恒二、土岐知子訳 国書刊行会)は、ボルヘス選の幻想文学全集<バベルの図書館>の一冊だけあり、キプリングの幻想味の強い作品が集められています。

「祈願の御堂」
 夫を亡くした後、ミセス・アシュクロフトはハリー・モックラーに恋をしますが、母親との生活を優先するハリーは彼女の誘いを断ります。ハリーが死ぬかもしれないほどの大怪我を負ったと聞いたミセス・アシュクロフトは、雑役婦の子ソフィーから、祈れば自分がその身に病や怪我を引き受ける代わりに、祈った相手の体を直すという「祈願の御堂」の話を聞き、そこに祈ろうとします…。
 ミセス・アシュクロフトは死病にかかっているのですが、それが死病であると知っているがゆえに、愛する男性のための自己犠牲であると自分で信じ込んでいる…という解釈も可能なように書かれています。超自然的な力を持つという「祈願の御堂」は本当に存在するのか? テーマ性の強い作品ですね。

「サーヒブの戦争」
 インド出身の従卒ウムル・シンは、敬愛するカーバン・サーヒブ(コービン大佐)についてボーア戦争に参戦します。そこで大佐の死を看取ったウムル・シンは同僚のシカンダル・カーンと共に、彼の復讐をしようとしますが…。
 大佐の死とその後の奇跡を、従者が語るという物語。純朴なインド人従卒による語り口に味わいがありますね。


「塹壕のマドンナ」
 ヒステリーの発作に襲われた元軍人ストランドウィック。元軍医のキードは彼の病状は戦争体験によるものではないかと考えるのに対し、ストランドウィックは自らの経験を語ります。
 彼にショックを与えたのは、戦地における彼の上司であり古い知り合いでもあったゴッドソウ軍曹の自殺にも見える死でした。そしてその事件には、ストランドウィックの伯母であるアーミンの幻影が関係しているのだと…。
 精神的に結ばれていた恋人たちが、片方の死によりもう一人も自殺を遂げる…という物語なのですが、その事件を体験した語り手の青年が、その事件のみならず気付いていなかった二人の関係にショックを受けて精神障害に陥ってしまうという、複雑な関係性を描いた作品です。
 しかも、青年は伯母に対して無意識に女性として魅力を感じていたのではないか…という仄めかしもあったりと、読むほどにいろいろなテーマや要素が出てくるという作品です。超自然的な現象が起こらないにしても非常に複雑な作品なのですが、そこに 明確な超自然的な現象が起こることにより、さらにテーマの深化が図られている…といった印象を受けますね。

「アラーの目」
 十三世紀イングランドの僧院、ブルゴスのジョンによってアラビアからもたらされた「アラーの目」は、西洋にはない不思議な光学器械でした。しかし、その品物は高僧たちによって異端の道具ではないかと議論されます…。
 中世の迷信深い世界における科学を描いた作品、といっていいのでしょうか。ちょっとだけ、ロジャー・ベイコンが登場するのも興味深いですね。

「園丁」
 弟の遺児マイケルを大事に育ててきたヘレン・タレル。しかし戦争によってマイケルを失ってしまいます。戦死したマイケルがフランスの墓地に埋葬されたことを知らされたヘレンは、フランスへ向かいますが…。
 タイトルにもある「園丁」が、結末において奇跡を暗示するという幻想小説です。この作品、キプリングの最高傑作とする意見もあるようですね。問題となる結末を差し引いても、愛していた家族を次々と失う女性の心情が繊細に描かれており、味わい深い作品です。一見、とっつきにくい作品が多いのですが、どの短篇にも何気なく読んでいると読み飛ばしてしまうような、隠れたテーマの感じられる作品集になっています。その点、訳者の解説も非常に参考になりますね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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